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『ルージュの手紙』 「産みやすい国」とされるフランスにも、問題はある

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『ルージュの手紙』より、カトリーヌ・ドヌーヴ(左)とカトリーヌ・フロ © photo Michael Crotto This is the photo credit.

インタビューに答えるマルタン・プロヴォ監督=山本和生撮影

フランスは一般に、「子どもを産みやすい国」と言われる。だが9日公開の仏映画『ルージュの手紙』(原題: Sage femme/英題: The Midwife) (2017年)は、フランスのそんな幻想にちょっとしたくさびを打ち込む。年を重ねた女性の心の機微や変化を描きつつ、出産をめぐる問題意識を背後ににじませたマルタン・プロヴォ監督(60)に、東京でインタビューした。

『ルージュの手紙』の舞台はパリ郊外。勤勉なベテラン助産師のクレール(カトリーヌ・フロ、61)は、医学生の長男シモン(カンタン・ドルメール、23)をひとりで育てながら堅実に暮らしてきたが、ある日、30年前に姿を消した父の元妻、血のつながらない母親のベアトリス(カトリーヌ・ドヌーヴ、74)が現れる。ワインや美食、自由な恋愛と好きに生きてきた彼女だが、末期ガンとの申告を受け、「あなたのお父さんに会いたい」と戻ってきたのだ。だが父はベアトリス出奔に耐えられずピストル自殺で亡くなっていた。ベアトリスを許せないクレールは冷たい態度をとるが、彼女の実像が明らかになるにつれ、まじめで頑なだったクレールも変わっていく。

『ルージュの手紙』より、オリヴィエ・グルメ(右奥) © photo Michael Crotto This is the photo credit.

ちなみに、頑固さから解き放たれるうちにクレールが出会う男性ポールを演じるのはオリヴィエ・グルメ(54)。ベルギーの巨匠ダルデンヌ兄弟監督の作品の常連で、最近では同監督作『午後8時の訪問者』(2016年)や、黒沢清監督(62)の『ダゲレオタイプの女』(2016年)にも出演している。

助産師はフランスで、今作の原題と同じ「Sage femme」と呼ばれる。「Sage femme」は、字義としては「賢い女性」という意味だ。プロヴォ監督は「『おりこうさんな女性』『助産師』の2つの意味をタイトルに込めて、クレールという女性を表現したかった」と語る。

マルタン・プロヴォ監督=山本和生撮影

助産師という仕事を前面に据えたのは、プロヴォ監督が生まれた時に「命を救ってもらった」助産師への感謝の気持ちからだという。プロヴォ監督は大量の血液が必要な状態で生まれたものの、助産師が自ら輸血してくれたおかげで助かったそうだ。役場への出生届も、助産師が出してくれたことがわかった。そのことを最近知ったプロヴォ監督は彼女を探したが、見つからなかった。だからこそ今作を通して「助産師という職業に光を当て、敬意を捧げたかった」とプロヴォ監督は言う。

撮影の際は、助産師クレール役のフロが、ベルギーの実際の出産現場で6人の赤ちゃんを取り上げて進めたそうだ。「彼女はパリの助産師学校に行き、産婦人科で実際に出産を見学、助産師の手伝いもして学んだ」とプロヴォ監督。並行して撮影に向け、妊娠が判明したばかりの女性たちに協力を依頼。撮影に協力してくれた女性たちには映画と別に、出産時の動画を編集して記念にそれぞれ渡したという。

『ルージュの手紙』より © photo Michael Crotto This is the photo credit

フランスは一般に、「出産しやすい国」として語られる。だが今作には、出産医療が「産業」と化して効率が追い求められるようになる現状への批判や、出産をめぐる問題意識が随所ににじんでいる。そう言うと、プロヴォ監督は語った。「フランスも小さな産婦人科医院がどんどんなくなり、いわゆる『赤ちゃん工場』のような大規模な病院になりかわっている。小さな医院は設備が古いといった問題もあるが、田舎はまだ、助産師のいる医院がなければ大変なことになる。政府も、助産師の介助で産める場所を作ろうと動いているが、まだまだだ。このため助産師の団体は『私たちの職業を認めよ』『私たちが働く場所を医療機関として認めよ』と求めるストを起こしたりしている」。このため今作をフランスで公開すると、「助産師はあまり大きく取り上げられることが少ない。映画にしてくれてありがとう」と助産師から言われたという。

『ルージュの手紙』より、クレールの長男シモン役のカンタン・ドルメール(中央) © photo Michael Crotto This is the photo credit.

今作には、外科医をめざして医学部に通っていたクレールの長男シモンが突如、「医学部をやめて自分も助産師になる」と言い、母クレールがショックで取り乱す場面がある。性別による伝統的役割の打破という点でもフランスは先を行くイメージだっただけに、意外な気がした。そう言うと、プロヴォ監督は「フランスでも男性の助産師は多くなってきたけど、助産師の女性に聞くと、『女の世界に男が入ってきてほしくない』という感じだった」と答えた。そのうえでプロヴォ監督はクレールの反応を、作り手としてこう解説した。「ショックというよりも、彼女は理解できなかった。時代はものすごいスピードでどんどん変わってきているが、彼女はその変化についていけなかった。母と息子が乗る列車は違うということだ」

そんなクレールも、奔放なベアトリスと向き合うことで、さまざまな面で変わっていく。プロヴォ監督は言う。「人間はいろんな出会いを経ていろんな関係を築く。そうして絡んだ糸をほどいたり、まったく違う人間を受け入れたりしていく。そういったものを感じてもらえればと思う」

マルタン・プロヴォ監督=山本和生撮影

それにしても、年を重ねた女性が主役の映画は米国でも少し増えてきたとはいえ、70代と60代の女性2人の「成長」物語は米国でもそうはないし、日本だともっとお目にかかれない。そう言うと、プロヴォ監督は笑って言った。「そうした年齢の女性をテーマにしたら採算が合わないと考えているのではないか。若くてきれいじゃないと映画を見てもらえない、ある程度の年齢になったら恋愛はダメだといった風にね。でも映画館に足を運ぶ人の年齢はどんどん上がっている。フランスでは中年期以上の女性を描いて採算が合わないなんてことはないし、映画産業としても成り立っている」

それでも、エマニュエル・マクロン仏大統領(39)が当選した時、妻ブリジット・マクロン(64)との年齢差がフランスでも驚きをもって報じられた。そう水を向けると、プロヴォ監督はいった。「確かにフランスでも『びっくりだね』というのはあったが、すぐに『で、なんなの?』という感じになった。トランプ米大統領の妻は24歳年下。そっちの方がノーマルというなら、やっぱりおかしいよね」

筆者のインタビューに答えるマルタン・プロヴォ監督=山本和生撮影

うーむ、少なくとも女性の年齢をめぐる価値観は、全体としてやっぱりフランスにはかなわないと感じる。このあたりの日本、あるいは米国などの周回遅れ感を巻き返せる時はいつくるのだろうか、とインタビューを終えて独りごちた。