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香港にも広がる「忖度」~『十年』

『十年』より『方言』 © Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

伍監督は言う。「香港では『これからどうなる?』『将来どう変わっていく?』といった疑問や不安が渦巻いている。その疑問に、映画監督として答えようとした。香港の教育はすでに変革が進んでいる。表面的には今までと同じだが、深層のところで中国本土を崇拝させるような変化が起きている。文化大革命下の紅衛兵のような存在が登場する懸念も抱いている。とても微妙な問題だが、ありうることだ。きわめて危険な状態にある。そうした問題意識をこの作品に盛り込んだ」


『地元産の卵』に登場する書店の姿は、2015年の「銅鑼湾書店」事件とも重なる。中国共産党の批判本を扱っていた書店の店主らが相次ぎ消息を絶ち、中国当局による拘束が判明した事件だ。「こうした書店主は将来、地下に潜らざるを得ないと思っている」と伍監督は警鐘を鳴らす。

『十年』より『冬のセミ』 © Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

伍監督は撮影に際し、香港の養鶏場に取材したという。「香港の人たちは今や、水も食料も中国大陸に依存していて、養鶏業は本当に消滅寸前となっている。農場の人たちは『政府はもはや我々の産業を守ってくれない。むしろ終わりにしたいぐらいではないか』と話していた。10年後はどうなっていることかと思う」と伍監督は語った。


『地元産の卵』では、将来に希望を持てず台湾移住を決める人も出てくるが、これも現実の反映だ。「香港では今、とても多くの若者が台湾への移住を考えている。文化的にも似ているし、北京で使われている『普通語』さえ話せれば、台湾で勉強も続けられる」。2014年の「雨傘運動」後、「香港社会に無力感が広がっている」のも大きいという。「何をしても変わらない、何も起きないという空気。若い人たちが戦うのをあきらめる、それが私の最大の懸念だ」と伍監督は言う。

『十年』より『地元産の卵』 © Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

返還後、中国経済は著しく成長し、かつて金融・貿易の拠点として優位に立っていた香港経済は地盤沈下に見舞われている。ビジネス上の依存が深まり、対中関係を軽視できなくなっている人たちも増えている。このため、映画界にも「自己規制」が広がっているという。伍監督は言う。「香港にはまだ、『十年』のような作品を作る自由がある。でも今や映画産業に携わる人の多くは中国本土とも仕事をしている。その関係に影響が及ばないよう、香港の映画界は自己規制を働かせている。香港映画界がいま落ち込んでいる原因は、そこにある」


実際、今作を手がけた後、さまざまな映画の製作を持ちかけられたものの、「あの『十年』の伍監督か」と出資者が知るや、「手のひらを返したように、『今回はご遠慮願いたい』と言われたことが何度かあった」と伍監督は言う。

22日の日本公開に合わせ来日した伍嘉良監督(左)とエグゼクティブプロデューサー蔡廉明(アンドリュー・チョイ)=藤えりか撮影

伍監督にインタビューした2日後、「雨傘運動」の元リーダー、黄之鋒(ジョシュア・ウォン、20)と、ともに運動にかかわり新党立ち上げにも加わった周庭(アグネス・チョウ、20)とがそろって日本記者クラブで記者会見をした。『十年』が描く未来はどれくらい現実となりそうなのだろう? 私がそう質問すると、周は答えた。「将来の香港がどうなるかは今の香港人次第。中国政府の弾圧は厳しくなると思うけれど、私たちにはまだ、反抗する力がある。自分の未来を自分たちで決められるように、私たちはがんばらないといけない」

香港の中国返還20年を前に、民主化への支援を訴え来日した「雨傘運動」の元リーダー、黄之鋒(ジョシュア・ウォン、右)と周庭(アグネス・チョウ)=日本記者クラブ、藤えりか撮影


そのためには、無用な「忖度」などしている場合ではない、ということだろう。そして、日本も。




[最近のシネマニア・リポートなど]

『ヒトラーへの285枚の葉書』

『ボンジュール、アン』

『オクジャ/okja』

『ラスト・プリンセス―大韓帝国最後の皇女―』

『ローマ法王になる日まで』

『LOGAN/ローガン』

『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』

『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

『台北ストーリー』

『美女と野獣』

『午後8時の訪問者』

『牯嶺街少年殺人事件』

『ラ・ラ・ランド』





藤えりか(とう・えりか)

朝日新聞GLOBE記者。

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。ツイッターは@erika_asahi



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