今、世界は大きく揺れています。
イギリスのEU脱退決定に続いて、昨年11月にはトランプ氏の米大統領当選。さらにフランスをはじめとするヨーロッパ各国で極右の大統領が誕生するのではないかと危惧されています。原因はグローバリゼーションであるとか、貧富の差の拡大であるとか、あるいは先進国における中産階級の没落であるなどと言われています。確かにその通りなのですが、根本的な原因はシリコンバレーのオタクたちがおっぱじめた「IT革命」にあるのです。
現在進行中のIT革命は、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズといったオタクたちが「クールだ!」「こんなことできるはず!」と、好奇心に駆られて始めたことが受け継がれ、発達してきた結果なのです。民主的に決められたわけでも、人類の未来を考えて設計されたわけでもありません。今日もシリコンバレーには「エンジニア」という名のオタクたちが集結し、明日の暮らし、政治システム、ビジネスの在り方を根本から変えてしまうような発明にいそしんでいます。そして僕らには、彼らの好奇心から逃れる手はありません。
オタクたちの暮らしぶり
シリコンバレーには一獲千金を求めて世界中から優秀なエンジニアが集まってきます。僕が住むシリコンバレーのど真ん中のクパチーノ市は、人口の6割以上がアジア系の住民で占められています。僕の自宅の右隣にはインド人、左にはイラン人、向かいには台湾人が住んでいます。大半の住人はテック系企業に勤務しています。
彼らは基本的に高収入です。日本では年収が1000万円を超えれば勝ち組といった感じですが、シリコンバレーで1000万円程度だと低所得者です。テック企業各社が魅力的な給与で常時人材を募集しているため、エンジニアの流入が絶えないからです。そのため慢性的な住宅不足で家賃が高騰し、月に30万〜40万円ほどもします。保育園に子供を預ければさらに月20万円は出ていきます。失職すれば生活が立ち行かなくなりますから、みんなよく働きます。そして大成功すれば数十億、小成功でも億単位の金が手に入ります。少なからぬ人々が1億〜2億円以上する家に住み、会社の駐車場にはポルシェやテスラやベンツといった高級車が並んでいます。そして、彼らの子供たちは学費が年間500万円もかかるようなアイビーリーグ名門校へと進学していきます。
オタクたちは何を信じて生きているのか?
この地では、優れたプログラムコードを書く者が誰よりも尊敬されます。毎日会社でコードを書いているのに、週末にも自宅でコードを書いて試作品を作ってくる人も少なくありません。面白いアイデアや優れたコードはすぐに採用され、製品化されていきます。製品が大当たりすれば株価が上昇し、ストックオプションで億万長者です。これが一番わかりやすい、シリコンバレーでの錬金術なのです。
このような環境ですから白人特権など通用しません。生産性が低ければ肌の色がなんだろうと容赦無く職を追われ、さらに優秀な者がその穴を埋めます。上司が有色人種の移民などというのもごく当たり前の風景ですし、私自身、アップル本社で勤務していた時には上司がイラン人やインド人だったこともありました。部下にもあらゆる人種がいました。肌の色で差別されないのは僕ら有色人種にとっては生きやすい環境ですが、ここまでプレイングフィールドが平らだと、これまで特権に守られて生きてきた白人たちにとっては厳しすぎるのかもしれません。その結果なのか、クパチーノ市では、1980年には人口の70パーセントを占めていた白人は、今では24.9パーセントにまで減ってしまっています。
ここはどの国の企業なのか?
またこの地で働いていると、僕はいったいどこの国に住み、どの国の企業に勤めているのだろう?と疑問に思うことさえあります。社内ではあらゆる訛りの英語が飛び交っていますし、アメリカを想起させるものといえば会社の前に立つ星条旗くらいしかありません。食堂の従業員でさえ多人種で構成されており、パスタはイタリア人がゆで、寿司コーナーには日本人です。街中にも日本、インド、韓国、タイ料理など、あらゆる国のレストランが立ち並んでおり、英語がろくに通じないお店も少なくありません。
信じるのはコードだけ
「われわれは王も大統領も投票も拒否する。信じるのは大まかな合意と動くコードだけだ」
これは、インターネットの生みの親と称される科学者デービッド・ダナ・クラーク氏の言葉ですが、シリコンバレーのオタクたちの間で広く共有される意識そのものです。この地がアメリカであってアメリカでなくなってしまったのも、オタクたちが世界を揺り動かすのも、この「動くコード至上主義」による必然なのかもしれません。
「宇宙を凹ましてやろう」はスティーブ・ジョブズの決まり文句でしたが、このセリフもまた、オタクたちの琴線に触れる言葉なのです。