パウエルFBR議長とトランプ大統領、衝突の可能性も
元FRB副議長のアラン・ブラインダー氏は黒田総裁の金融政策をどうみているのか。就任したばかりのパウエルFRB新議長についてもたずねた。
―続投が固まった黒田総裁ですが、これまでの任期で2%の物価目標を達成できていません。2%の物価目標を変えるべきだと思いますか。
「そうは思わない。日銀はこれまで2%の物価目標を達成しておらず、1%に達したのも2014年4月に一時的に超えただけだ。そのため、もし日銀が1%の物価目標を掲げていたとしても、金融政策は今と大きく変わっていないだろう」
「黒田総裁が2013年に物価目標と異次元緩和を打ち出した時、大きな政策変更だと思った。まさに日本がやるべきことだったと。達成できるか私は半信半疑だったが、黒田総裁の日銀はいちかばちか挑戦した。(物価目標を達成できず)日銀はそのために信頼性を少し失った。とはいえ、信頼性を失うより悪いことは、間違った金融政策をやることだ。日銀は1%に物価目標を下げるべきかと聞かれたら、答えはノーだ。もし1%に目標を下げれば、世間は『ゲームに勝てなかったから日銀はルールを変えたんだ』という印象を持ってしまうからだ」
―量的緩和など非伝統的金融政策の副作用に懸念を示す傾向が、日本では米国よりも強いように思います。なぜだと思いますか。
「日米には多くの違いがある。一つ目に米国の景気はリーマン・ショック以降、非常に良くなった。日本の景気も悪いとは言えないが、米国のほうがもっと良い。二つ目に、米国も日本も2%の物価目標には達していないが、(物価上昇率が1%未満で推移している)日本と違い、米国は2%にわずかに及ばない程度で、目標達成は目前だ。三つ目の違いは、量的緩和策を通じた資産の購入だ。両国とも国内総生産(GDP)対比で莫大な量を購入しているが、日銀はFRBよりも多くの種類の資産を購入していることだ。日銀は仮想通貨こそ買っていないものの、考えられるほとんどの資産を買っている。一方で、FRBが買っているのは、少ない種類の資産だけだ。法律により、FRBは日銀よりも非常に限られた種類の安全資産しか買えず、日銀のような自由度を持っていない。つまり、FRBは(日本のように)社債や上場投資信託(ETF)を買うことはできないということだ」
―中央銀行が幅広い資産を購入することは問題だと考えますか。
「それはプラスとマイナスの両面があるだろう。経済危機などの緊急時には、幅広い資産を持つことは良いことだ。一方で、いちど株や社債を買ってしまうと、どの資産を買うのかという多くの不快な問題に直面してしまう。それらの問題に直面しなくて済むことを、FRBは喜ばしく思っていることだろう」
―リーマン・ショック後、世界の中央銀行は非伝統的金融政策に踏み切りましたが、中央銀行は重過ぎる負担を背負わされたのでしょうか。
「『重過ぎる』の程度の問題があり答えるのは難しいが、理想的な世界でいえば、答えはおおむねイエスだ。だが、アメリカを含めて多くの国で、財政当局はへまをした。米国は2009年に大規模な財政刺激策をやったが、2010年には財政政策は逆に引き締めの方向に転じた。我々は破滅的な状況にあった。失業率が10%近くあるのに、財政は引き締めていた。その後の数年間、金融政策が『唯一の解決策』という状況になった」
―次の景気後退の局面でも、リーマン・ショック時と同様に、中央銀行が真っ先に問題に対応する存在になると思いますか。
「残念なことにそう思う。そう言及することは楽しいことではないが」
―2000年代に起きたバブルは、FRBによる過度な金融緩和によってもたらされたと批判する人もいます。中央銀行は経済を活性化させるため、バブルを醸成する必要があるとの指摘もあります。こうした批判は正しいでしょうか。
「おおむねそうは思わないが、若干の真実はある。景気を刺激するために中央銀行が採る方法のひとつが、富を増やすことだ。金利が下がれば株価は上がり、定義上、債券価格も上がる。株価などが大きく上がると、人々はバブルと呼び始める。ただ、バブルは崩壊するまでは、バブルと気付くのは非常に難しいものだ」
―パウエル新議長のFRBとホワイトハウスの関係はどのようになると思いますか。
「パウエル氏は最初の任期中に、(利上げなど)トランプ大統領が好まないことをするだろう。トランプ氏に口汚くツイートされるかもしれない」
「クリントン政権までは、政権とFRBの間の衝突はよくあることだった。ホワイトハウスがFRBを批判するのは何十年もの間、ごく普通のことだった。だが、当時のルービン財務長官らの助言に基づいて、クリントン大統領はFRBについては『コメントしない』という方針を採用した。次のブッシュ政権、オバマ政権もそれにならった。当時ホワイトハウスにいた私は、クリントン氏が怒りにまかせてランプを投げつけるところは見たことはないが、彼はとても怒っていた。前任者がやろうとしなかった大規模な赤字削減策に政治生命をかけようとしていた時に、FRBが利上げしたわけだから。ただ、彼はその怒りを自分の中だけにとどめ、公に出すことはなかった。私たちはクリントン氏に、FRBを怒鳴ることが良い方法ではないと説明し、彼は聡明だったから理解できた」
―パウエル新議長の下、FRBはどのような政策をとると思いますか。
「もし経済が順調に進むなら、金融政策は変更されないだろう。金融政策が変更されるかという問いかけは、現在進んでいる道から経済の状態が外れたら生じる。経済成長が早すぎれば、利上げの加速がより現実のものとなり得る。そうなれば経済は停滞し、失業率は上がるだろう。パウエル氏の4年の任期のうちに十分に起こり得る。どう対応するか興味深いし、重要なことだ。イエレン体制とは異なるやり方をとりうる」
―2012年9月にFRBが量的緩和を決めた際、イエレン氏が緩和を支持した一方で、FRB理事だったパウエル氏は金融が不安定になることへの懸念を示していました。パウエル体制は、イエレン氏の時代よりも利上げに積極的な「タカ派」になると思いますか。
「なり得る。一つは現在、(4人が)空席の理事のポストに誰がつくかだ。誰がつくかはわからないが、一部には(金融引き締めに積極的な)タカ派的な人間が噂されている。一方で、12の地区連銀の総裁、2018年と2012年の12連銀トップの顔ぶれをみると、その多くは変わっていないものの、全体として12年の時よりタカ派ではなくなっている。この二つのことが影響する」
「パウエル氏は12年当時、FRBにきたばかりで金融政策を十分に知らなかった。いま彼は、より多くのことを理解している。彼の考えはイエレン氏に近くなっていると思う」
アラン・ブラインダー
1945年生まれ。82年からプリンストン大学教授、93年大統領経済諮問委員会の委員としてクリントン政権入り。94年6月連邦準備制度理事会(FRB)副議長に就任。96年1月にFRB副議長を辞任し、プリンストン大学教授に復帰。
\n\n