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デザイン思考が変える

バリー・カッツ(スタンフォード大学教授)

アップルがヒューズに火をつけた


シリコンバレーはなぜデザインバレーとも呼ばれるようになったのか。200人以上のデザイナーらに取材して『MAKE IT NEW』を著し、米スタンフォード大などでも教えるバリー・カッツ氏に、米西海岸におけるデザインの歴史と今後の展望について聞きました。




photo:Takahashi Yukari


――著書の中で、シリコンバレーにおいてデザインが「ミッシング・リンク(失われた環)だ」と指摘していますね。

シリコンバレーにはイノベーションが生まれるための複合体があります。それを私は生物学的環境になぞらえ「エコシステム」と呼んでいます。構成するのは、IT企業、スタンフォード大やカリフォルニア大バークリー校などの教育機関、そしてベンチャーキャピタル、ベンチャーを支援する法体系、残る一つがデザインです。IT企業やベンチャーキャピタルについて語られた本や映画はあるのに、デザインの果たしてきた役割はこれまで軽視されてきました。しかしシリコンバレーの発展を語るのにデザインの役割は無視できない。だから私は「失われた環」と呼んでいます。


――歴史といっても、アップルが登場してからの話ではないのでしょうか。

アップルが登場するのは道の途中です。西海岸には十指に満たない数とはいえ、frog designやLunar Designなど老舗のデザイン会社がありました。それが30年のうちに世界で最もデザイナーが集まる場所になった。1980年代に「世界で重要なデザインの中心地はどこ?」と聞いたなら、「ファッションはパリ、家具ならミラノ、グラフィックはニューヨーク、エレクトロニクスは東京、エンターテインメントはロサンゼルス、商品デザインはロンドン」という答えが返ってきたでしょう。「サンフランシスコ、ベイエリアは?」と聞いても、デザインの地図上になかったんです。しかし、素地はあり、アップルがヒューズに火をつけました。アップルの仕事を請け負ったIDEOやfrog、Lunarなどのデザインコンサルが、実験室内の概念を市場に持ち込むことを助けました。

バリー・カッツが描いたミッシングリンク
photo:Takahashi Yukari



――西海岸のヒッピー文化も影響していますか。

そうでしょう。IT関連の集まる場所には、少なからず反体制文化がある。シリコンバレーの気候や歴史も影響しているでしょう。スタンフォード大学の研究施設にも、とてもワイルドで政治的には左で、文化的にはとてもオープンな人たちがいます。ヒッピーというと、ドラッグや音楽だけを思い浮かべるかもしれませんが、不服従というのが大きな要素なのです。IDEOにはこんな不文律があります。「やっていいか聞いたり返事を待ったりするな、ただやるのだ」


――シリコンバレーでは挑戦の多くが失敗に終わる。それでも挑戦し続けることとデザイン思考には関連があるのでしょうか。

グーグルやアマゾンのように億万長者になれるチャンスがあるけれど、10のベンチャー企業のうち9は失敗する。それでもなぜ挑戦を続けるのか。ニューヨークではもしあなたが事業に失敗したら、それはあなたのキャリアの終わりを意味する。でもここでは、一度会社を失う経験をしていなければ、投資家は話すらしてくれない。なぜなら、失敗しているということはあなたに相応の勇気と自信があるということを意味するから。もちろん、現実にはもし事業に失敗したら会社や家を失い、妻や子どもたちはあなたと話をしてくれなくなるのだから、ロマンチックに考えすぎないようにしていますがね。

スタンフォード大学で
photo:Takahashi Yukari


――シリコンバレーはデザイン思考の発祥の地ということになるのでしょうか。

半分そうで、半分そうではない。デザイン思考の起源は、1960年代の英国やパリなどのデザインの中心地にさかのぼる。ですが、アップルは大きなプレーヤーであり、デザインによりエンジンがかけられた会社は信じられないような成功を収める、ということを世に知らしめた。アマゾンやグーグル、フェイスブック、配車サービスのウーバー……。19世紀、人々はカリフォルニアに金を求めてきたけれど、今はアプリを求めに押し寄せている。デザイン思考を教える学校としてスタンフォード大のd.schoolにも目を向けるようになりました。ここはデザインを教えないデザイン学校で、文系、理系、様々な分野から生徒が集まります。


――日本でも授業にデザイン思考を取り入れる学校が増えてきました。

いかにデザインが経済的成功を加速させるか、人々が気づき始めたのです。デザイン思考が生かせる分野がどこにあるかを人々は考えています。興味深いことに、いまシリコンバレーに次々といろいろな産業が移動してきています。ここ10年では、自動車産業が研究施設を次々につくりました。彼らはいかに車をつくるかを知るためではなく、いかにブレークスルーを起こせるかを探しに来ている。その産業の将来を理解するという目的もあります。


誰かが後ろから忍び寄っていることを自覚しなければなりません。ウーバーの出現は自動車業界にとって衝撃でしたし、民泊サイトAirbnb(エアビーアンドビー)の評価額は大手ホテルチェーンより大きいのです。1部屋も所有していないのに。良い悪いは別にして、新しいモデルなんです。Airbnbは美大でデザインを学んだ2人が卒業後につくりました。


――デザインを学んだ人材は引っ張りだこでしょうね。

デザインを学んだ学生全てがよい仕事に就けるわけではありません。出来不出来はある。しかしデザイナーへの需要は、これまででもっとも高いといえるでしょう。企業はデザインを、付加価値ではなく必要なものと見るようになった。若いデザイナーたちには以前よりずっとチャンスがあります。また、デザイン会社の買収や合併も始まっています。


――企業の中でのデザイナーの地位も高くなっているのでしょうか。

はい。過去にはデザイナーたちにはエンジニアからの許可が必要だった。しかし、電気自動車の米テスラではデザイン部門のトップが会社全体の品質部門のトップを務める。自転車の車輪のハブのように各部門をつなぐ役割です。アップルのチーフ・デザイン・オフィサーであるジョナサン・アイブやテスラでシニア・デザイン・エグゼクティブを務めるフランツ・フォン・ホルツハウゼンなど、世界で最も革新的な企業はデザイナーをかつてない地位に置いている。デザイナーだけでなく、他の社員もデザイン思考の実践者にしようとしている。


1970年代には、「クリエーティブ・エンジニアリング」というはやり言葉がありました。工学を芸術的、創造的な活動ととらえる考え方で、後のデザイン思考につながるものでした。今はデザイン思考という言葉がファッションになっています。人々がこのはやりに飽きたとき――すでにそれは少しずつ始まっていますが――新しいものに関心が移るでしょう。「デザイン思考」という言い方はいつか消える。ただそれでも、考え方や方法論は革新的なビジネスの一部として永遠に残ると思います。


(聞き手・高橋友佳理)


Barry M.Katz

1951年生まれ。スタンフォード大でデザイン部門のコンサルティングプロフェサー、カリフォルニア美術大で工業・インタラクションデザイン教授、IDEOでフェローを務める。『MAKE IT NEW』は今年1月、『世界を変える「デザイン」の誕生 シリコンバレーと工業デザインの歴史』(CCCメディアハウス)として邦訳が出版された。





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