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トランプのスピーチはなぜ受けるのか

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ランハム裕子撮影

米大統領選の共和党の候補者選びで、快進撃を続ける実業家のドナルド・トランプ。移民・難民の排斥を過激に唱えるさまはナチス・ドイツのヒトラーの台頭を思わせる、とメキシコのペニャニエト大統領らは非難している。トランプとヒトラー、スピーチとして似ているのだろうか。

ヒトラーのスピーチ約150万語を分析した高田博行・学習院大学教授に、この2人のスピーチを比較分析してもらうと、意外な答えが返ってきた。「実は、似ていないんですよ」

ヒトラーは「腐敗」「平和」といった抽象名詞を駆使して仮定法や婉曲(えんきょく)語法を巧みに使い、聴き手を説得させるための美辞麗句である「レトリック」をふんだんにスピーチに取り込んだ。古代ギリシャの昔から欧米を中心に発達した伝統的なスピーチ術に忠実だったという意味では、「オバマ米大統領ともケネディ元米大統領とも、キング牧師とも同じと言える」と高田教授は言う。

一方、トランプは、スピーチに①レトリックがない②「進歩」「理念」「愛」といった抽象名詞を使わない③日常使うような短い話し言葉をただ繰り返す、のが特徴。事前に準備した感じもないうえ、「いわゆるレトリックからははみ出している」、と高田教授は分析する。

実際、トランプは昨年6月の出馬表明の記者会見ではっきり言っている。「人々は言う。『仕事をくれよ。仕事がほしい。レトリックなんかいらないんだ』」

格差の広がりや移民の増大で、「いい仕事」を見つけるのに苦労している白人の低所得者層を中心に不満が高まり、首都ワシントンのエリート職業政治家にも矛先が向いている。彼らが使うレトリックに自ら反旗を翻したスピーチぶりだからこそ、受けたのだろう。確信犯的にやっているとしたら、「21世紀の進化型レトリック」だ。

高田博行・学習院大学教授 photo:Toh Erika

ところがそんなトランプも、最近は「普通の政治家スピーチ」へと軌道修正しているように見える。

3月下旬、「米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」の総会でスピーチした時は、「いつものトランプらしさ」が消えていた。あらかじめ用意した原稿をプロンプターでちらちら見ながら、関係代名詞も使った長い文を重ねていた。口汚くもなかった。

「彼はレトリック破りで支持者の共感を得たかもしれないのに、こんなことをしたら他の政治家と一緒。どうしていくんでしょうかねえ」。高田教授は言った。