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メンタルヘルス

「閉鎖環境」試験で宇宙飛行士を選んだ人たち~原点は「南極越冬隊」







左から村井さん、井上さん、阿部さん=閉鎖環境訓練設備の内部で/photo:Hamada Yotaro

数年前に風邪を引いて寝込んだとき、人気漫画「宇宙兄弟」を一気読みしたことがある。その時、強烈に印象に残ったのが、3巻から4巻にかけて描かれた宇宙飛行士の最終選抜試験の光景だった。主人公の南波六太(ムッタ)を含む最終候補生たちが5人ずつ3班にわかれ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が実際に所有する閉鎖環境訓練設備を模した「閉鎖ボックスM-8」で2週間を過ごす。その間、一歩も外に出ずに様々な課題をこなしていく様子を、管制室に詰める試験官たちは監視カメラでじっくり観察するのだ。


課題は、真っ白なジグソーパズルをやったり、意味のない文字の羅列をひたすらパソコンに打ち込んだりする単純作業のほか、同じグループのメンバー同士を疑心暗鬼に陥らせ、精神的な負荷を高める仕掛けも用意されていて、試す側と試される側の心理戦の趣だ。


いったい、誰がこんなスゴくてコワイ試験を考案し、実施したのか。それを取材すべく、年明け早々、JAXAに足を運んだ。


出迎えてくれたのは、有人宇宙ミッション本部の村井正さん(56)、井上夏彦さん(46)、阿部貴宏さん(47)。いずれも、宇宙飛行士の選抜や宇宙ステーション滞在時の支援で中心的な役割を担ってきた面々である。


実は、閉鎖環境を使った宇宙飛行士選抜は日本のオリジナルだ。考案したのは、医師の村井さん。きっかけは、30年前に南極越冬隊に参加したときの経験だった。出発から帰国までの1年4カ月、けがや病気にならない予防とともに、メンタル面のケアの大切さを痛感した。


「昭和基地での暮らしは、外に出られないわけではないが、固定化された人間関係とか、情報があまり入ってこないという点では国際宇宙ステーションでの暮らしと似ている」。村井さんは、そう考えた。




カメラでごまかし監視


特集記事「宇宙飛行士もうつになる?」で書いた通り、閉鎖環境が試験に導入されたのは、1999年に星出彰彦、山崎直子、古川聡の各宇宙飛行士を選抜した時から。日本の宇宙開発が、スペースシャトルでの短期ミッションが中心から、宇宙ステーションでの長期滞在に移行するのに伴い、メンタルの安定性、協調性やユーモアのセンスといった資質がより求められるという判断が背景にある。


では、そうした資質を、それをどうやって見るのか。


「候補者たちの地に触れたかったんですよね」と話すのは、宇宙飛行士運用グループ長の阿部さんだ。前回2009年の選抜では事務局長役を務めた。


千人近い応募者の中から10人まで絞り込まれた候補者たちに、いくら30分~1時間の面接をしても、本当の姿を隠したまま乗り切ってしまえるだろう。でも、トイレと浴室、狭いベッドにいる間を除いて四六時中、5台のカメラに監視されて1週間も過ごせば、きっと素顔が出てくるに違いない……。


「後から本人たちに聞くと、自分の動きをカメラが追っているのを体感して『これはだませないな』と思ってくれたようだ」と阿部さん。


知恵を絞ったのは、閉鎖設備で過ごす1週間、候補者たちにどんな課題をさせるか。試験官が、活動の様子をみて、評価したい特性がきちんと観察できなければならない。


その一つが、「レゴ・マインドストーム」を使った共同作業だ。走ったり、回ったりするモーターに、距離や色、音、接触を感知するセンサーなどを組み合わせて、コンピュータープログラムで制御する。昔からあったプラスチックのブロックを組み合わせるレゴ遊びが、大進化を遂げ、学校や企業研修の場で活用されている。

レゴ・マインドストームの実物/photo:Hamada Yotaro




ストレスで出る人間の「地」


いま販売されているのは第3世代だが、98年に販売された初代の広告を筑波大産業精神医学・宇宙医学グループの松崎一葉教授が見つけ、99年の選考から導入された。前回の候補者たちに与えられた課題は、「宇宙ステーションに暮らす宇宙飛行士の心を癒やすロボットをつくれ」だった。


アイディアを出して実際に制作するまで、それぞれの場面で、リーダー役とそれを支えるフォロワー役がうまく作業を分担し、時には役割を入れ替えながら、チームがうまく機能していくかを見る。その様子は、09年3月に放映されたNHKスペシャル「宇宙飛行士はこうして生まれた 密着・最終選抜試験」(「宇宙飛行士選抜試験」として光文社新書から書籍化)に詳しい。


この課題の山場は最終盤にやってくる。2チームが、3日間かけて制作したロボットのプレゼンで、試験官たちは「まともに動かないじゃないか」とか「全然、おもしろくない」といって、ケチョンケチョンにけなし、難クセをつけた上で、「あと1時間で作りなおせ」という理不尽な指令を出したのだ。


考え込んでしまったメンバーの中で、「できることとできないことを整理して、対策を考えよう」と呼びかけ、リーダーシップを発揮したのが油井亀美也さん(航空自衛隊のパイロット)、適切な改良を進言してフォロワーシップを実践したのが大西卓哉さん(全日空副操縦士)だった。この二人は、最終的に宇宙飛行士に選ばれている。


「宇宙で何か不具合が発生したら、限られた時間内に、手持ちの部品や道具だけで対処しなくちゃいけない。そのとき、あわてず騒がず、状況を冷静に分析・判断し、仲間たちと協力して対応できるか。実際に宇宙飛行士が直面しそうな場面を想定して、ストレスをかけているのです」と話すのは、心理学博士号を持つ井上さんだ。「閉鎖環境にいるというだけで、普段よりストレスがかかっている。そうして底上げされたストレスのうえに、さらにストレスが加わると、より人間の『地』が出やすくなる」




問われるのは協調性


では、どんな資質が重要なのか。異文化・多文化環境への柔軟性、状況に応じて自分の役割を把握する能力(シチュエーショナル・アウェアネス=situational awareness)、仲違いが起きた時の収め方(コンフリクト・マネジメント=conflict management)だという。選抜でこうした能力を持つ人材かどうかを見極め、選んだ宇宙飛行士については、さらにそれを伸ばしていく。極寒などの過酷な環境を、チームが協力しながら乗り越える訓練が組み込まれているゆえんだ。


1990年代に米国とロシアが行ったシャトル・ミール計画では、宇宙ステーション内の火災発生という異常事態への対処をめぐり、もともと我が強く一匹狼的な米国人とロシア人の飛行士や地上管制官の間で何度も衝突や軋轢が起きている。その様子を克明に描いた「ドラゴンフライ ミール宇宙ステーション悪夢の真実」(ブライアン・バロー著、筑摩書房)を読めば、その後、協調性が重視されるようになった理由がよくわかる。宇宙開発にかかわる人間の必読書らしく、JAXAの村井さんは「あれでよく飛んでたな、生きてたなって思うよね」と漏らしていた。


漫画「宇宙兄弟」では、閉鎖環境試験で、管制官から個別の候補者に「グリーンカード」という秘密の指令が伝達される。他のメンバーが眠っているときにアラームを鳴らせ、唯一の時計を壊せ、トイレの水をあふれさせろ、といった事件をバレないようにして起こせというのだ。閉鎖環境だから、他の候補生が「犯人」なのは間違いないが、誰かはわからない。そんな相互不信や疑心暗鬼を募らせる状況をわざとつくり、ストレスをかける。高度な心理サスペンスのドラマのようで実に興味深い。


だが、井上さんは笑いながら言った。「実際は、これやってないんですよ」




(浜田陽太郎)









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