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「独裁」という新常識 軍政賛美の「ブラジルのトランプ」はなぜ急浮上したか

World Now 更新日: 公開日:
ブラジルの首都ブラジリアで2016年3月、ルセフ大統領(当時)の弾劾を求めるデモに参加したジャイール・ボルソナーロ(中央)=ロイター

タブーだった時代を公然と賛美

10月下旬、南米ブラジルの首都ブラジリアの国会議員会館。自室で出前のパスタをほおばりながら、彼は真顔でこう言った。「実は、私もびっくりしているんだ」

右翼のベテラン下院議員、ジャイール・ボルソナーロ(62)。来秋の大統領選に向けた世論調査で支持率17%を獲得。2014年の前回選挙で名前すら挙がらなかった一議員が、元大統領ルラ(72)の35%に次ぐ、2位に躍り出た。

しかもルラは7月、収賄と資金洗浄の罪で有罪の一審判決を受けており、二審も有罪判決となれば出馬できない。別の世論調査は、ルラ不在なら、ボルソナーロが中道左派系の元環境相と同率首位という結果をはじき出した。

人なつこい笑顔を振りまき、自分の冗談に高らかに笑う陽気なおじさん。しかし、口を開けば、「ブラジル第一主義」「移民受け入れ制限」「少年犯罪の厳罰化」「善良な市民に銃を配れ」と、過激な主張が次々に飛び出す。中でも、主要メディアが「ブラジル民主主義の最大の脅威」と警戒するのが、公の場でもはばからない軍事政権時代への賛美だ。

ブラジルでは1964年の軍事クーデターから85年の民政移管まで、軍部が政治の中枢を握っていた。反対派への拷問で多くの死者が出た。市民は集会を禁じられ、表現の自由も制限された。

欧米の価値観からすれば、当時のブラジルは「軍事独裁政権」。国内でも軍政への支持はタブー視されている。

しかし、軍人出身のボルソナーロは、書斎に飾ってある軍政時代の大統領5人の写真を仰ぎ見て言う。「軍政下では、平和で治安もよく、雇用も守られていた。今よりもずっと進んだ国だった」

インタビューに答えるジャイール・ボルソナーロ。背後には軍政時代の歴代大統領の写真が飾られていた=2017年10月25日、ブラジリア、玉川透撮影

こうした主張は以前から続けていたが、急激な広がりを見せたのは、SNSを活用して、政治的なメッセージを毎日送るようになってから。現在、ツイッターとフェイスブックのフォロワー数の合計は国内政治家で屈指の550万以上だ。

その影響を最も強く受けているのが若年層だ。民間調査会社IBPOの最新調査では、1624歳の25%がボルソナーロを支持すると答えた。彼らの多くは中流家庭で育った高学歴の若者たちで、「ボルソミニオンズ」と呼ばれている。彼らは、SNS上でボルソナーロを「神話」「伝説」と呼んで称賛する。日本でいえば、「伝説のヒーロー」といったところか。

ブラジリアでロースクールに通うジョゼ・コスタ(19)も、ボルソミニオンズの一人。裕福な企業家の家に生まれ、5年前に両親と渡米し、ビジネス教育に強い大学で経営学を学んだ。

休暇で一時帰国した昨春、政府会計の粉飾に関わったとして当時の大統領ルセフの弾劾を求めるデモに加わった。そのとき、「ブラジルという国家こそ重要だ」と演説するボルソナーロに心を震わせた。「この国のために仕事をしてくれる政治家は彼しかいない」

それは、既存の政治家や政党に対する失望の裏返しでもあったという。

ジョゼが物心ついた2000年代、ブラジル経済は世界的な資源ブームに乗って歴史的な高成長を記録した。

だが、リオ五輪が迫る中、主要な貿易相手である中国の景気減速で資源価格が下落。政府の失策もあって、南米最大の経済大国は大打撃を受ける。国内総生産(GDP)が15年、16年と連続でマイナス成長に陥った。通貨レアルの価値も下がり、ジョゼは道半ばで帰国した。

そこに重なった、ブラジル史上最悪とされる国営石油会社をめぐる汚職スキャンダル。「政治家は政党や自分の利益しか頭にない」。そう吐き捨てるジョゼの目には、「知識」でしか知らない軍政時代の方がよほど輝いて見える。「軍政下では拷問で死者も出たし、検閲もあったけど、それは全体で大きな目標があってのこと。今ブラジルには秩序がない。軍政でも民主主義でも、国が秩序をもってコントロールされていることが重要だ」 

ボルソナーロを支持する理由を語るジョゼ・コスタ=2017年10月25日、ブラジリア、玉川透撮影

ボルソナーロ現象の根っこは何か。

大手紙エスタド・デ・サンパウロの政治記者、ジョゼ・トレド(51)は、近年の深刻な治安悪化も拍車をかけていると言う。「社会不安が増す中、主張したくても代弁者が見つけられない。そんな若者たちの心にSNSですっと入り込んだのが、ボルソナーロの過激な主張だった。この国の民主主義は大きな転換点にある」

なぜ民主主義は揺らいでいるのか

いま、世界に「強力な指導者」が次々と現れている。

米研究チームが2014年、人口100万以上の149カ国について政治体制の変遷を調べた。形式上は民主的な手続きを経ていても権限が過度に集中し、反対勢力との競合が成り立たない独裁的な政治体制は、10年時点で4割に当たる59カ国に上った。内訳を見ると、第2次世界大戦直後から最も多い「政党独裁」が減少傾向なのに対し、「個人独裁」は着々と増え、10年は「政党独裁」と並ぶ25カ国に。ロシアやトルコ、ベネズエラもここに入る。

欧米や日本の価値観からは「強権的」「独裁的」と批判されながらも、彼らの多くが国民の高い人気を誇る。その苗床といえるのが、人々の「強い不安」だ。

「経済的に不安定な人や心理的に不安を抱く人ほど、強権的な指導者を支持する」。英研究チームは今年、世界14万人以上の調査から、結論づけた。経済悪化やテロなど準備や警戒を怠らなければ避けられたかもしれない危機への「不安」が、特にそうさせるという。

北海道大学教授(比較政治)の吉田徹(42)は、「リベラル・デモクラシー(自由民主主義)は第2次大戦への反省から資本主義と民主主義の両立を試みるものだった。その結果史上初めて中間層が社会の主流となった」と説く。

だが産業構造の変化で中間層が縮小したことや、社民政党の変化、リーマン・ショック後の超緊縮財政やグローバル化で不平等が広がる中、民主主義が揺らいでいると見る。(文中敬称略)