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日本人と火山

World Now 更新日: 公開日:


羽田空港を発った朝日新聞社の小型ジェット機「あすか」は30分ほどで宮城・山形県境の蔵王山に。そこから福島、栃木、群馬へと南下した。安達太良、磐梯、榛名と数分おきに火山が壮麗な姿を見せる。ここが、世界有数の火山密集地であることを実感する。

「日本に火山が集まっているのも、地震が多いのも、4枚ものプレートが集中しているからです。とくに太平洋プレートは沈み込みが速く、マグマが大量にできる。噴火したマグマが積み重なるだけでなく、噴火しなかったマグマも地下で冷えて固まり、地殻が盛り上がることによって、山がちな地形ができたのです」

海水を含んだプレートが沈み込み、深さ100キロほどに達すると熱と水分の作用で周りの岩石が溶けてマグマができる。これが浮力で上昇し、浅い地下に噴火の元となる直径数キロほどのマグマだまりができると考えられている。

「急峻な地形のせいで、川は速く流れて海に注ぐ。途中でカルシウムやマグネシウムを含む時間がなく、水は軟水になります。昆布やカツオのだしは軟水だとうまみ成分を取り出しやすい。和食の発達は、火山が多いことと関係があります。欧州では川がゆっくり流れて硬水になり、獣肉食と相性が良いのです」

これぞ活火山という富士山頂の見た目

6月に小規模噴火を起こした浅間山は落ち着いているように見えた。昨年9月の噴火で死者・行方不明60人以上という戦後最悪の火山災害を起こした御嶽山は雲に隠れていた。そこから富士山、箱根へ。富士山頂は、切り立った火口に、ごつごつと赤茶けた岩肌。裾野のラインが雲の下に隠れており、普段イメージする優美な姿とは、まったく別だ。

「赤茶けているのは溶岩が酸化したせいでしょう。火口の形がきれいに保たれ、これぞ活火山という見た目ですね」

箱根の大涌谷からは、いくつもの噴煙が確認できる。芦ノ湖を含むカルデラの底に、住宅や旅館、観光施設が立ち並んでいるのが見える。

「大涌谷を越えて木が倒れて赤くなっていたのが気になります。しかし、あそこは火口なのだから不思議ではありません。かつて巨大噴火を起こしたカルデラに住むのは、それなりに覚悟がいることです」

伊豆から南に火山が連なる。八丈島から1時間ほどで、一昨年に噴火し、面積を広げ続ける西之島が姿を現した。島全体を黒々とした溶岩流が覆い、火口は小高い丘に成長していた。

新たな地殻の誕生

「だいぶ火山らしくなってきました。海底から見ればこのあたりの島々は富士山より高い4000メートル級の大型火山です。島の下には十分なマグマがあると考えられます。地球創世のドラマと同じで、いままさに、新たな地殻が生まれているのです。遠い将来、西之島は本州にくっつき、大陸を成長させていきます」

日没後、硫黄島から再び西之島を目指すと、まったく別の姿があった。火口の中でマグマが煮えたぎっているのがうかがえる。山腹から太い溶岩流が2、3本、赤く光りながら流れている。

「これはすごい。火口にたまったマグマが山腹の割れ目から横漏れしているように見えます。火口近くと海岸間際は赤くなっていますが、その間の黒い部分は表面が固まって中をどろどろの溶岩が流れているのだと思います」

この数年間、西之島に限らず、日本列島の火山活動が活発になっているように感じられる。東日本大震災を機に、日本が「活動期」に入ったとの見方もある。

「今ぐらいの火山活動は、昔から当たり前のように繰り返されてきたことです。火山はいつ噴いてもおかしくない。九州で超巨大カルデラ噴火が起きたら、日本の存続すら危ういでしょう。その認識を持って、火山と向き合っていかなければならないのです」
(構成・江渕崇)



たつみ・よしゆき 1954年生まれ。専門はマグマ学、地球科学。著書に「地震と噴火は必ず起こる」「和食はなぜ美味しい」など。

photo:Kuroswa Tairiku

鹿児島市街を見下ろす城山は西南戦争の決戦地としても知られる。展望台からは、桜島や鹿児島湾が望める。

この山は、鹿児島湾北部や桜島を形成する姶良(あいら)カルデラの巨大噴火で噴き出した火砕流が堆積してできた。シラス台地と呼ばれるこうした地形は、九州南部に広く分布している。

日本では7000年に1回くらい巨大噴火が起きてきた。北海道まで15センチを超える火山灰を積もらせた阿蘇カルデラ、加久藤カルデラ、北海道の洞爺湖カルデラなどだ。箱根山の6万年前の巨大噴火では、火砕流は横浜付近まで達し、関東を火山灰で埋めた。

こうした巨大噴火は、日本では九州南方沖数十キロにある鬼界カルデラの7300年前が最後だ。九州の縄文文化はこの噴火で滅んだと言われる。カルデラ噴火に詳しい日本大学教授の高橋正樹は「巨大噴火は何千、何万年に一度と確率は低いが、いつか必ず起きる。現代科学が経験したことがなく、前兆を判断できるデータがない」と話す。

巨大噴火の研究進まず

噴火すれば何が起きるのか。姶良カルデラで2万6000~2万9000年前に起きた噴火が再来したら、九州南部は火砕流で覆われ、東日本まで大量の火山灰が降る。広い範囲で農地は壊滅的な被害を受け、北半球は寒冷化して農作物の価格は暴騰するだろう。火山灰が積もった地域では、長期間にわたり大雨のたびにラハールという土石流に悩まされ続ける。

鹿児島県危機管理防災課は、東北まで火山灰を降らせた1914年の桜島の大正噴火クラスまでを想定する。「それ以上の噴火は自治体というより国の存立にかかわる。政府や研究者が検討を進めるべきだ」との立場だ。

だが、政府もそこまでの対策は考えていない。内閣府の有識者検討会が2013年にまとめた大規模火山災害対策への提言では、桜島の大正噴火や富士山の宝永噴火クラスは具体的な課題を指摘した。しかし、巨大噴火については「メカニズムや国家存続方策の研究体制の整備に努める」にとどまり、研究も緒に就いたばかりだ。

名古屋大学教授の山岡耕春は、「気候が寒冷化して世界的に食糧が不足する。巨大噴火で経済的にも打撃を受ける日本が食糧を買うのは難しくなるだろう」と話す。何人かの火山学者に対策を尋ねたが、海外脱出に備えて英語の勉強をしておくこと、円の暴落に備えて外貨預金などをすること、だった。

活動が活発化している箱根山で6月29日、火山灰が降った。

この日の朝、火山性微動が観測され、気象庁の機動観測班が駆けつけた。観測班の車のガラスに雨に交じって火山灰のようなものが付着、観測を続けてきた神奈川県の温泉地学研究所には、ロープウェー駅の近くなどから「灰のようなものが降った」という通報も寄せられた。

火山灰は火口ができると想定されていた大涌谷から1.2キロ離れた場所にも達していた。これだけ遠くまで飛べば、火山学的には箱根山が噴火したことになる。しかし、気象庁の発表は混乱した。

午後4時25分に「降下物を確認」と発表しながら「降下物を分析しなければ噴火か判断できないが、明日以降になる」と説明。ところが、午後9時20分には、大涌谷で地滑りが起きて吹き上げられた土砂だったとして「噴火ではない」と発表した。それが翌日に一転、午後0時半に「ごく小規模な噴火が発生した」と認め、噴火警戒レベル2の火口周辺規制をレベル3の入山規制に引き上げた。

箱根山が噴火となれば、記録上は12世紀から13世紀ごろに大涌谷であった水蒸気爆発以来のこととなる。観光産業に支えられる地域への影響はきわめて大きい。箱根町は、箱根全体が危険ととられ風評被害が心配だとして、表現への配慮を要請。気象庁は警戒が必要な区域の表記を変え、箱根町のうち限られた範囲であることを示す地図を添えた。担当官は「火山学的には噴火でも、噴火と判断しないこともありえる」と話した。

自治体との相談は箱根に限ったことではない。別の火山で警戒レベルを引き上げる状況になっても、気象庁は時間的余裕があればいきなり発表はせず、地元自治体と連絡を取り合う。地震火山部管理課長の土井恵治は「立ち入り規制などを速やかに進めるためには自治体との協力が欠かせないから」と話している。
(黒沢大陸)(文中敬称略)

古事記や日本書紀には、火山噴火だと解釈すればうまく説明できるストーリーがたくさんあります。国産みの神イザナミは、岩や土、風、海といった神の兄弟として火の神カグツチを産み落として死にます。これは、火山噴火で日本の国土をつくったと考えれば納得がいきます。

記紀神話のモチーフは、阿蘇に伝わる神話だと考えます。阿蘇のカルデラには外輪が欠けているところがあります。阿蘇神話は、主人公のタケイワタツノミコトが蹴破って中の水を外に流し、勢い余ってひっくり返り、阿蘇五岳をつくったと伝えます。これは約1万年前に起きた地震・洪水を正確に描写しています。

火山の神格化は、世界中でみられます。ハワイの女神ペレが西から島々を順に移動してきたとされるのも、地学的に正しい。一番東のハワイ島の噴火をみた彼らは、西側の島々が一直線に並んでいることや、岩の質が同じことに気づいた。そこから想像力を膨らませたのでしょう。自然の摂理である「神」の正体を、見事に捉えていたのです。

人々が火山に神を見るのは、火山が人類をつくったからではないでしょうか。アフリカ東部を南北に貫く大地溝帯で人類がサルから枝分かれしたのは、火山活動と深くかかわっていたと私はみています。一部の集団は温泉や熱気で食料を加熱して食べることを覚えました。生よりも栄養をとりやすく、殺菌もできるため健康・長寿になっていったと考えられます。石器に使える岩も、乾季にも湧く水も、豊かな生態系も、火山にはあります。大地溝帯が火山でなければ、人類は進化できたでしょうか。

私自身は無宗教です。それでも「神」としか言いようのない自然の持つ力は、東日本大震災を経験してもなお、十分に理解されていないと感じます。火砕流が襲ってくるような場所で原発を運転しようとする。地震の巣のような東京に、あらゆる機能を集中させる。私には、「神の道」に外れたことだと思えるのです。
(聞き手・江渕崇)



いしぐろ・あきら 
リアルな巨大噴火の描写が話題になった近未来小説「死都日本」で作家デビュー。ほかの作品に「震災列島」「富士覚醒」など。大阪市在住の医師。61歳。

取材にあたった記者

江渕崇(えぶち・たかし)
1976年生まれ。経済部などをへてGLOBE記者。太古の生命誕生も火山と関わるという。人知を超えた存在への「畏れ」を感じながら取材した。
黒沢大陸(くろさわ・たいりく)
1963年生まれ。編集委員。火山の研究で修士論文を書いた。「量は質に転化する」と言う師匠の下、岩石試料を背にふらふらになって山を歩いた。
山尾有紀恵(やまお・ゆきえ)
1979年生まれ。エルサレム支局長をへて2015年1月からローマ支局長。温泉にワインにピザ、火山の怖さより恩恵のほうにひかれてしまう。
ラファエラ・ミニコーネ(Raffaella Minicone)
1978年、ローマ生まれのジャーナリスト。2003年から朝日新聞ローマ支局助手。ポンペイが欧州の芸術・文学に与えた影響をもっと調べてみたい。

写真

迫和義(さこ・かずよし)
1958年生まれ。アエラ編集部などを経てGLOBEフォトエディター。西之島の夜間洋上撮影では、「あすか」のクルーが噴煙を避け絶妙なフライトをしてくれた。