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大人って何だろう?

[Part1]親から独り立ちすれば大人なのか?






ユタ州の「アット・ザ・クロスローズ」本部でくつろぐライアン(中央)やパトリック(右端)ら
photo:Toh Erika

赤い岩々が続く砂漠の地、米ユタ州南部セントジョージは、6月上旬にして日中の気温が35度以上もあった。ここに降り立ったのは、保守的で教育熱心な土地柄で、人生につまずいた若者を大人にするための施設が多く立地すると聞いたためだ。その一つの「アット・ザ・クロスローズ」を訪ねた。


唇や耳にピアスが光るライアン(24)はこの日、夕食の食材買い出し当番。指導役のドニー・コリンズ(30)らとスーパーに行くのに同行した。健康な暮らしを自力で送るようにするための指導の一環だ。「健康によい食材」リストを手にライアンが品定めする。「シリアル買わなきゃ」と言うと、「繊維質の豊富なタイプがいいよ」とドニーはすかさず助言した。


参加者はセラピストと面談を重ね、寮生活を送りながら暮らしの改善を進める。参加費用が月6300ドル(約77万円)と知り驚いたが、参加者と話すと、なるほど富裕層の子弟が目立つ。ただし、参加者が生活・娯楽費として持参できるのは最大600ドル。使い果たせばアルバイトを探さざるを得ない。


ロサンゼルス郊外から来たパトリック・ミッチェル(21)は名門アリゾナ大学に進学したものの、学生の多さに圧倒され、約半年で中退。親元に戻ったが、自室でゲームばかりの日々になった。心配した両親がクロスローズを見つけた。


指導を受けるうち、ホテルでベルマンのバイトに採用された。「ここで自分のペースで暮らし、お金の管理も健康な暮らしも自分でできるようになり、自信をつけた」と穏やかに話す彼は今秋、近くの大学に入り直すことが決まった。





米クラーク大学の心理学者、ジェフリー・ジェンセン・アーネットに電話で話を聞いた。「個人主義や自主独立を重んじる北米や欧州北部の人々は、高校卒業で親元を離れ、戻るのは不名誉という強い文化的信念を持ってきた」。18歳になれば「役目終了」と考える親も多い。


米国人と接する時、自立という語を頻繁に耳にする。独立宣言の流れをくむ彼らは小学校から自立を学び、多くは大学の学費も自分で払う。


2006年の米映画『恋するレシピ ?理想のオトコの作り方?』が頭をよぎる。主人公は両親と住む35歳男性。同居と知った女性にふられる連続で、親がカウンセラーに託す。原題は『Failure to Launch』。つまり「巣立ちの失敗」だ。


この映画には、当時無名の俳優ブラッドリー・クーパー(40)も親と同居する友人役で出演していた。彼は13年、米誌の取材に「2年前から母と住んでいる」と答え、現実も同じだと判明。伝統的なタブロイド紙は「マミーズボーイ!」と書き立てた。だが今や人気俳優の彼に、同居へのためらいはさほど感じられない。


親元から独り立ちすれば大人だなんて、米国でも言えなくなっているのではないのか?


「同居は不名誉、という感覚が米国でも薄らいでいる」。クラーク大学のアーネットは言う。実際、大学入学で家を出たものの、卒業後に実家に戻る「ブーメランチルドレン」が増えている。日本でいうパラサイトシングルだ。







独立宣言や西部開拓のルーツを持つ米国は第2次大戦後、若い復員兵が政府の補助で続々と大学に進み、都市の雇用も増えて多くの若者が故郷を後にした。米ピュー・リサーチ・センターによると、親などと住む25~34歳がいる世帯の割合は、好景気をへて1980年に最低の11%になった。その後反転し、特に2007年の金融危機以降に急増。10年にはほぼ倍の21.6%と、50年代以降で最高となった。「若者の失業率は高くなり、晩婚化や少子化も進む。親と住む方が経済的に見合うため、同居は不名誉ではなくなった」とセンターの担当者はみる。


サンフランシスコから東へ車で約1時間のサンラモンで、2人のブーメランチルドレンを持つ母と、その一人である娘に会った。アマンダ・メイラー(23)は昨年6月にアリゾナ州立大学を卒業後、実家に戻った。仕事が見つからなかったためだ。「今は大卒でも、正規の仕事を得るのは本当に大変。経済的には実家暮らしが一番現実的なの」と言い、IT企業の広報として働く母レネー(49)と顔を見合わせた。弟ジョーダン(22)はこの6月に大学を卒業。だが就職が決まらず、姉のアマンダ同様、実家に戻ってきた。


景気だけが原因というわけでもないようだ。アマンダは言う。「私たちはソーシャルメディアなどを通じて、米国の伝統とは違う世界の人たちの生き方を見てきた。アジアには、結婚まで実家を出ない人たちも多いでしょう? 『同居は大人じゃない』という考え方は、私たちの世代以降、変わっていくと思う」








自立を強いる社会は、時に若者に過酷な状況をももたらす。ユタの施設で最後に会った母子の話で、そう実感した。


1年間のプログラムを終え、施設を「卒業」しようとしていたコディ・ゴールド(25)を、テネシー州から母キャシー(65)が迎えに来ていた。


コディは振り返った。「一時は橋の下で寝て、物乞いまでした。冬はめちゃくちゃ寒く、人生を終わりにしたかった」。中学時代に手を染めた大麻使用がその後エスカレート、薬物中毒になった。不法使用で3度逮捕され、拘置所から出ても行き場はなく、ホームレスになった。


親元に戻ることは考えたの? そう聞くと、「そうさせてもらえなかった」とコディ。母キャシーは目に涙をあふれさせた。「リハビリ施設は短期間しか居られず、すぐ薬物使用に戻ってしまう。自宅にはとても迎えられなかった」


施設での指導の効果で、今は毎日ジムで運動し、健康的なものを食べる。薬物断ちは14カ月を超えた。シェフになるため料理学校で学位を取る計画で、いずれレストランを開くのが夢だ。


「自立」へ踏み出すためにも、まずはしばらく親元で暮らす。「家族とまた、いい関係になれた」とコディは笑顔だった。






(藤えりか)

(文中敬称略)

(次ページへ続く)



自称「自立」「大人」大国・米国に異変

親から独り立ちすれば大人なのだろうか? 自主独立を重んじる米国で、ひとりで暮らしていく力が足りない若者が増えているという(撮影:藤えりか、機材提供:「BS朝日 いま世界は」




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