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アンジェリーナ・ジョリーが撮った戦時下の性暴力 『最愛の大地』

Cinema Critiques 映画クロスレビュー 更新日: 公開日:

[Review 01] 金原由佳 評価…★★★(満点は★4つ、▲は★半分)

彼女のようなスーパーウーマンは出てこない

アンジェリーナ・ジョリーほどスクリーンの中で屈強な男を殺(あや)め、殴られ蹴られても損なわれず、人気を得た女優はいない。しかし、自ら初監督に挑んだ『最愛の大地』には、スーパーウーマンは出てこない。逆に、男性たちの性暴力になすすべもなく曝(さら)される女性たちの無力さが描かれる。

かねてUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の特使として活動する彼女が選んだ舞台は、1992年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争。セルビア兵に急襲されたムスリム女性たちの受難は、1人が同胞たちの前でレイプされる場面から始まる。ただ、露骨な見せ方は避けている。印象深いのは凍りついた大勢の女性たちの表情の方だ。出演者の多くが紛争を生き延びた人たち。撮影中に過去を詳細に語る人が多く、アンジェリーナはできる限り演出に取り入れたという。

劇中の女たちは着の身着のまま。1年、2年経ってもそれが変わることはない。薄汚れていく服は彼女たちの傷つけられた自尊心の表れである。

ヒロインのアイラだけは、かつて恋人だったセルビア将校に守られるが、2人の関係にも恩讐(おんしゅう)の歴史が忍び込む。抗(あらが)いのドラマにおいて、将校の葛藤に比べてアイラの心の変遷が弱いのは、アンジェリーナが女性の恋心を描くことに固執したためか。ただ、ラストはワンショットで壮絶な暴力の全てを見せる。それは彼女が演じてきた、どの暴力シーンよりも重く、厳しく、あっけない。

[Review 02] ドン・モートン 評価…★★▲

レイプは武器と同じである。監督・脚本・プロデューサーのアンジェリーナ・ジョリーは、このメッセージを心をかき乱されるようなリアルな描写で訴えた。力強く、抑圧的な雰囲気を巧みにつくり上げた腕前は、才能を感じさせる。

戦時下の女性に対するひどい仕打ちに、世界の関心を集めようという彼女の人道上の目的も達成された。だが、それは、いい映画を作ることとは別の話だ。

「メッセージを送りたいなら電報会社へ」。米国の映画黄金期をつくったプロデューサーが語った有名な言葉だ。啓発したいという彼女の強い思いが、物語を破綻(はたん)させてしまった。よかれと思ってつくられたものの、多くの人にとって、この映画は崇高で、気の重くなる作品なのではないだろうか。