物流ルートを足で開拓 国境地帯で大ピンチ @バンコク(タイ)

お客さまから預かった大事な荷物を運ぶ物流ルートは、自分の目で確かめるのが信条です。時には遠い国境へも足を運び、思いがけない体験もしました。
ジャングルのような密林が広がるマレーシアとの国境付近でのこと。道路をふさぐ倒木を動かしている集団に遭遇しました。まだ青々とした木。「少し前の台風で倒れたのだろうか」と思いながら、力を合わせる住民たちに思わずカメラを向けました。これがいけませんでした。
撮影に気づいた男たちが、怒鳴りながら近づいてきました。ただならぬ雰囲気。よく見ると、顔を布で覆い、拳銃を腰に突っこんだ者もいます。「まずい!」と思った時には、乗っていた車の周りを数十人の男たちに囲まれていました。「なぜ撮影した?」と聞かれ、カメラを取り上げられました。
同乗していた現地スタッフと、必死で物流会社の視察だと説明しました。緊張して、汗だくになりながら、「カメラはやる。データカードだけ返してくれ」と頼みました。実はカメラは私物で、家族写真も入っていた。あんな時でも、それは忘れませんでした。
説得すること30分。誤解が解けたのか、男がカメラを手に戻ってきました。写真を一緒に確認し、彼らが写っているコマを消しました。男は「悪かったな」と言ってカメラを返してくれました。
彼らは近くの天然ゴム農家で、国の農業政策に反発してストライキ中だったことがわかりました。青々とした倒木はバリケードだったようです。
国境ルートの視察は、いずれ増える国をまたいだ物流に備えるためです。ASEAN経済共同体(AEC)が発足し、東南アジア域内でのモノの動きが盛んになると言われています。鴻池運輸が得意とする、食品を低温で運ぶ技術が必要とされる機会もきっと増える。対応できる態勢を整えておくのも仕事です。
タイで現在、もう一つ力を入れているのが地域の個人経営店をつなぐ物流網づくりです。タイでは、食品や雑貨を扱う個人経営の売店「パパママ店」が庶民の生活を支えています。ある調査によると、市民の買い物の6割はパパママ店です。
ただ、パパママ店には、システム化された物流の仕組みがありません。鴻池はここに商機を見いだしました。今年から、日本の大手菓子メーカーと組んで、バンコク近郊の600のパパママ店で、アイスクリームの配送と売り上げ回収を始めました。うまくいけば、このプラットフォームを生かして、同じようにパパママ店で売りたいという日本やタイのメーカーの力になれるかもしれません。
現地のタイ人スタッフは、皆まじめでよく働いてくれます。ただ、プライドが高く、叱られ慣れていないのか、不用意に注意をすると次の日に出社しなくなることも。一つ改善点を指摘したら、三つ褒める。ここで上手に部下と接するコツでしょうか。3年半前の支社開設からの設立メンバーの多くが、今も共にビジネスに挑んでいます。
タイでの休日はたまった日本の新聞を読み、妻と一緒に買い物に出かけて過ごすことが多かった。仏像が好きなので、本当は寺院で教えてくれる仏像彫りにも挑戦したいと思っていましたが、忙しくて行けずじまいでした。息抜きにと家族とタイ国内を旅行したのが、良い思い出です。南部のクラビの美しい海を見た感動は、鮮明に記憶に残っています。
実は4月1日から久々の東京勤務になりました。山間のひなびた温泉につかりたい。でも、しばらくしたら、慣れ親しんだパクチーの効いた料理が、恋しくなりそうな気もします。
(構成 GLOBE記者 和気真也)
東南アジア屈指の大都市で、経済や交通の拠点。チャオプラヤ-川が南北を貫く。歴史的建造物が多数存在し、世界で最も観光客が多い都市の一つとしても知られる。人口約850万。
1963年、東京生まれ。東京の国際貨物部などを経て08年から鴻池クールロジスティクス(タイ)社長。4月1日付で東京の国際貨物部次長。