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旧東独政治家の奮闘

[第221回]美濃口坦 翻訳家兼ライター

Photo: Toyama Toshiki

『Ein Leben ist zu wenig(一度生きるだけでは十分でない)』は東ドイツ出身の左翼党政治家グレゴール・ギジの自叙伝である。いつも決まり文句しか出てこない並の政治家と異なり、著者は発言が個性的で、党派を超えた関心を集めるメディアの寵児だ。読み進むうちに、共産主義時代の東ドイツと、統一ドイツという二つの体制を生きた著者の自負心が、行間からにじみ出てくる。


ユダヤ人で共産党員だったギジの両親は、ナチを逃れてフランスに滞在するが、戦争が本格化すると党の命令でベルリンに戻り抵抗を継続。ギジは1948年に誕生、翌年に東西ドイツという分断国家が成立した。ギジにとって、ドイツ民主共和国(東独)は両親が命がけで建国に携わった国であり、父親は東独で文化相をつとめた。ギジが19歳でドイツ社会主義統一党(SED)に入党し、東独社会主義を正しいと確信していたのも当然であった。


法学を専攻したギジは「決断するのは性格に合わず、裁判官でなく弁護士になった」と振り返る。手がけた大半は、離婚や窃盗などの平凡な事件だった。そんな彼が、ベルリンの壁が崩壊した1989年の秋に突然政治の表舞台に登場、12月のSED臨時党大会で党首に選ばれた(筆者は偶然傍聴席にいた)。


こうして弁護士を辞めたギジは、「旧東独側の立場を説明し、旧西独国民の理解を得る」という新たな形の弁護活動を始める。猛烈な反共国家だった西独国民にとって、SEDは「スターリンの共産党」であった。ところがドイツ統一後もSEDは「民主社会党」とか「左翼党」とか表札を変えて解党しなかった。これは冷戦の戦勝国・統一ドイツに対する挑発とされ、党員は、敵性国家・東独の残党扱いをされた。著者のギジをはじめとする左翼党の国会議員は、2014年まで憲法擁護庁に監視され、情報が収集された。


このような圧力に抗して、元「共産党」が現在の統一ドイツで重要な野党になったのは、テレビの討論番組でもユーモアを忘れなかったギジの功績が大である。旧東独の理解に役立つ本書がベストセラーになったことは、「事実上、西独による東独の吸収合併」という当初のあり方から、「東西ドイツ真の統一」に近づいたことを意味し、著者も本望だろう。



(次ページへ続く)

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