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[第200回]失われし故郷への相聞歌@パリ

浅野素女 ライター


次に紹介する二冊の作品は、どちらも殺人事件で幕を開ける。しかし、スリラーや探偵物ではない。日常の歯車がわずかに狂うことで、取り返しのつかない悲劇が起こる。その過程をそれぞれちがった手法で追求した作品だ。


レイラ・スリマニの『やさしい歌(Chanson douce)』は、ベビーシッターがふたりの子どもを殺害したという、アメリカで実際に起こった事件に着想を得たという。作者はまだ35歳の女性で、この作品で昨年のゴンクール賞を射止めた。


舞台はパリ。子どもふたりを産んだ後、弁護士の仕事に復帰しようと決意したミリアムは、理想的なベビーシッター、ルイーズに出会う。ルイーズは完璧に家事をこなし、どんなに遅く帰宅しても文句など言わず、子どもたちをしっかり見守ってくれる。ほとんどの女性が働くフランスで、週日はベビーシッターが、親より多くの時間を子どもたちと過ごす、こうした家庭は決して珍しくない。


ルイーズなくして、ミリアムの家庭は回らなくなる。ルイーズのおかげで、ミリアムと夫は存分に仕事に打ち込める。一方、ルイーズは夫に先立たれ、娘は、ぐれて蒸発してしまった身の上。 底なしの孤独と不安を抱える彼女にとっても、雇われた先の家庭はなくてはならないものになってゆく。


しだいに、雇用する側と雇用される側、頼る側と頼られる側の関係が微妙に変質してゆく。その変質の形に、いわく言いがたい恐ろしさが潜んでいる。ベビーシッターは、単なる子どもの世話係というだけではなく、社会的成功を目指すカップルの野心と家庭への愛情、そのふたつの間の桎梏(しっこく)や矛盾を体現するがゆえに、危険な存在ともなり得るのだ。



(次ページへ続く)
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