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読み継がれる必読の名文@北京

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
photo: Semba Satoru

近年、相次いで登場した若い人気作家の、ネットやドラマ、映画とのマルチな展開でヒットする小説は数あれど、「10年後、20年後も果たして読まれているだろうか」と思うものは少なくない。昨年の中国書籍市場におけるフィクションのベスト100のうち、2016年の新刊は4作品のみ。そのほかはすべて2015年以前の既刊、多くは10年、20年、それ以上のロングセラーというデータもある。なんと80年前に書かれ、今日多くの人に読まれ続けている小説もある。

『駱駝祥子(らくだのシアンツ)』はまさにそんな作品だ。林語堂らが1935年に創刊した当時注目の雑誌「宇宙風」誌上で36年から37年にかけて連載され、後に出版された。老舎は日本でも広く読まれてきた中国の文豪だが、なぜいまベストセラー?

1899年生まれの老舎は1924年にイギリスに渡り、中国語教師として生活しながら『老張的哲学(張さんの哲学)』を発表、作家としてのスタートを切った。30年に帰国し、山東省の山東大学などで教鞭を執ったが、36年に大学を離れて専業作家生活に入る。最初に執筆したのが『駱駝祥子』だ。

日本でも早くは1943年に竹中伸訳で、その後も幾度となく翻訳され、愛されてきた作品だ。岩波文庫の立間祥介の名訳を始め、大山潔訳の『戯曲 駱駝祥子』など日本語で楽しめる翻訳が現在も入手可能だ。筆者も立間訳で、今から四半世紀以上前、学生時代に読んだ忘れ難き作品だ。北京での留学準備の過程で読み、さらに北京生活の折々に、海甸(海淀)、西苑、新街口、東交民巷など実際に目にした地名が物語を思い出させ、たびたび読み返した。90年代初めには、まだ北京大学の周囲に舗装されていない道があり、馬やロバが農作物や荷物を乗せた車をひいて砂埃が舞い上がる光景を日々目にしたし、駱駝を引いている人を見かけることもあった。観光地などで、客を駱駝に乗せて写真を撮らせるという商売があったから、あるいはそこに通う駱駝だったのかもしれない。

今回、改めて原書で読み、心が震えた。

前述のように、老舎はロンドン、山東省滞在などで、中華民国時代には北平と呼ばれていた北京を離れて久しかったが、本来は生粋の北京人。それゆえに、ちゃきちゃきの江戸弁ならぬいわゆる「北京訛り」満載で、人々の声や雑踏の音が聞こえてくるような、埃っぽい空気のにおいが鼻をくすぐるような、テンポの良いいきいきとした文章にぐいぐいと引き込まれる。「これぞ、北京!」という、標準語とは違う独特の北京語の中には、長年暮らしていても耳にしたことのない、あるいは耳にしたところで聞き取れなかったであろう語彙も多い。20年以上前に北京で買った『北京土語辞典』『北京話儿化詞典』を久しぶりに引っ張り出し、楽しんだ。昨年には日本でも『老舎北京語辞典』が刊行されている。老舎作品を原書で読むには頼もしい辞典である。

『駱駝祥子』はこれまでに繰り返し、ドラマ、映画、舞台化されてきた。近年では、人民大会堂隣の国家大劇院でオペラも上演。昨年は老舎逝去から50周年ということもあり、関連書の刊行も相次ぎ、メディアもこぞって特集を組んだ。だが、読み継がれる最大の理由は、全国の高校入試や期末試験などの国語の試験問題の定番であるということだろう。

「祥子はなぜ<駱駝>というあだ名で呼ばれているのでしょうか?」「祥子は最初と後ではどのようにかわりましたか?またその原因は?」「あらすじを〇〇字以内で書きなさい」……。要するに中学生必読の、読んでいることが大前提の名文なのである。

北平で人力車を引いている祥子は、真面目に働いてコツコツと金をため、念願の自分の車を手にする。しかし、間もなく郊外に退却する兵隊に捕り、命からがら逃げだしたものの、車を失う。それでも懸命に働くが、再び事件に巻き込まれ、貯めていた金を全て失う。人力車貸しの親方の娘で、年増でがさつな虎妞の色仕掛けにハマった祥子は、虎妞と結婚して自分の車を持つが……。繰り返し不運に見舞われ、理想を抱いていた生真面目な祥子はいつしかその日暮らしの生きる屍に。いつの時代にも通じる、庶民が生きることの難しさ、人間の強さと弱さがせつなく、愛おしい。……こんなあらすじでは、試験で点数はもらえないかな。

 

北京のベストセラー(フィクション部門)
『開巻』2017年2月13~2月19日ストセラーリストより


1.老舍集:駱駝祥子 『駱駝祥子―らくだのシアンツ 』(岩波書店)
老舍
昨年は老舎の逝去から50年。中国の高校入試にも頻出する老若男女必読の書。

2.海底两万里 海底二万里
儒尔·凡尔纳 ジュール・ヴェルヌ
世紀を超えて読みつがれる冒険SF小説。

3.解憂雑貨店 『ナミヤ雑貨店の奇跡』
東野圭吾
「解憂」とは「憂いを取り除く」の意。東野作品は中国では常時何冊も平積みに。

4.紅岩 『紅岩』(新日本出版社、講談社、邦訳絶版)
羅広斌・楊益言 
過酷な獄中闘争を描いた1961年刊のロングセラー。映像化、舞台化多数。

5.斗羅大陸3竜王伝説
唐家三少
マンガやゲームなどとの連携で、爆発的な人気の中華ファンタジー小説。

6.白夜行 
東野圭吾 
映画やドラマとともに、東野作品で一番人気。

7.三生三世十里桃花          
唐七(唐七公子)
天界、人間界を超える転生ファンタジー時代劇。大ヒットドラマの原作。

8.追風筝的人 『君のためなら千回でも』
卡勒徳・胡賽尼 カーレド・ホッセイニ
映画も話題になった世界的ベストセラー『The Kite Runner』の中国語訳。


9.嫌疑人X的献身  
東野圭吾
福山雅治主演映画の原作として、中国で東野ブームを巻き起こした。


10. 摆渡人 Ferryman 
克莱儿·麦克福爾  Claire Mcfall
列車事故で唯一の生存者となった孤独な家出少女ディランは……。