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ケニアの女性たちに良質な医療と保健サービスを、「人への投資」に日本の援助も一役

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コンテナを改装したキベラスラム内リンディ地区のクリニック
コンテナを改装したキベラスラム内リンディ地区のクリニック=2024年5月24日、ケニア・ナイロビ近郊、筆者撮影

アフリカにおける日本政府の途上国援助(ODA)の最大の恩恵国のひとつ、ケニア。東アフリカのゲートウェーであり、地域経済の要でもある。日本の二国間ODAは、道路や港湾、発電所など経済インフラの整備が主で、ジェンダー平等やセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(自分の性や身体のこと、子どもを持つかもたないか、いつ持つかを自分で決めることを含む性と生殖の健康と権利のこと。最近は英語の頭文字をとって「SRHR」とも略される)に関する開発支援は、プロジェクトの件数も、関わる人の数も、資金面でも、非常に限られている。

そんな中で、実際にコミュニティーに暮らす人たちに日本の援助はどのように響いているのだろうか。後編は国際協力NGOである公益財団法人ジョイセフのコミュニティーにおける女性への支援を取り上げる。

ケニアの地図=GLOBE+編集部作成
ケニアの地図=GLOBE+編集部作成

人に寄り添う支援、コミュニティーに根を張る

ケニアの首都ナイロビの、高級ホテルのある一角から車で15分ほどのところに、都市スラムであるキベラスラムがある。2009年の国勢調査によれば人口は約17万人とのことだが、国連ハビタット(人間居住計画)の推計では25万人(2020年)とも見積もられている。

驚くのはスラムが、街の中心街からわずか7キロほどの距離にあることだ。ホテルからあまりにも近いので、こんな所にスラムがあることが最初は信じられなかった。スラムからは高層ビルが見え、すぐ横にある取り残された地域と発展する都市との差に愕然とする。

首都ナイロビ近郊のキベラスラム内の通路
首都ナイロビ近郊のキベラスラム内の通路=2024年5月24日、ケニア・ナイロビ、筆者撮影

キベラスラムは、そのアクセスの良さから、各国のNGOが様々な支援を行っている。筆者の古巣でもあり、長年アフリカで活動を続ける公益財団法人ジョイセフも、キベラスラムで若者や保健ボランティアの育成やクリニックへの支援を行い、避妊や出産、子宮頸(けい)がん検査を含むセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスサービスの向上に取り組んでいる。

筆者が訪れた2024年5月24日、キベラスラムがある、キベラサブカウンティにある19のクリニックの一つ、リンディ地区のクリニックでは、ちょうどジョイセフが支援する子宮頸がん検診を行っていた。

クリニックはコンテナを改造して建てられているため、中は細長く、一つひとつの部屋も狭い。検診のためのベッドの周りには大人が3人入れるかどうかという広さだが、ベッドは清潔だ。プライバシーも保たれている。訪れた女性たちは一人ずつ部屋に通される。

コンテナを改装しているため細長い構造のキベラスラム内リンディ地区のクリニック
コンテナを改装しているため細長い構造のキベラスラム内リンディ地区のクリニック=2024年5月24日、ケニア・ナイロビ近郊、筆者撮影
 

30歳になるキャロラインさんは、この日初めて子宮頸がん検診を受診するためにクリニックにやってきた。

WHO(世界保健機関)によれば、2019年に子宮頸がんで亡くなった人の数はケニアでは3400人。子宮頸がんはケニアの女性の間で2番目に多いがんで、罹患率に対する死亡率が0.61と高い(2020年、日本は0.33)。それにもかかわらず、30~49歳の女性のうち、過去5年間に検査を受けた人の割合は10人に1人と極めて少ない(日本は10人に6人)という。 

子宮頸がん検診は、費用は無料にもかかわらず、抵抗がある女性が多い。たとえ医療行為とわかっていても、知らない人の前で下着を取り、性器を見せることへの抵抗感は、世界中どこに行っても変わらない。そのため検診に二の足を踏む人が多いのが実態だ。

この抵抗感を払拭するために活動しているのが、地域で各家庭に働きかける地域保健推進員(コミュニティー・ヘルス・プロモーター、CHP)たちだ。

キャロラインさんなど、検診に来る人たちは、推進員に説得されて来る人が多い。検診の結果、「ネガティブ(異常なし)」と伝えられると、キャロラインさんはほっとした表情になった。「クリニックの人たちはよく知っている。今は家族のようなものなので、受診も怖くなかった」とほほ笑んだ。

子宮頸がん検診を受診し、裏側に「異常なし」と記載された健診カードを持って微笑むキャロラインさん
子宮頸がん検診を受診し、裏側に「異常なし」と記載された健診カードを持って微笑むキャロラインさん=2024年5月24日、ナイロビ近郊リンディ地区のクリニック、筆者撮影

ジョイセフは、キベラスラムで、製薬会社の第一三共による支援を受け子宮頸がんを予防する啓発及びサービス提供の事業を行っている。スラムでは、子宮頸がんについての正しい知識や性感染症についての正しい知識や情報が不足し、予防や検査の重要性が理解されていない。ジョイセフは保健医療従事者への子宮頸がん検査・治療の研修、治療のための医療器具の供与と併せ、地域の保健推進員(CHP)を通して地域住民にアプローチすることで、子宮頸がん検査やHPVワクチンの受診率改善を目指している。

実際、保健推進員の活動がなければ、スラムの人たちは、クリニックに来ようとしないのが実情だ。

この日、ベテラン保健推進員に連れて行ってもらったスラムの家には、孫と一緒に住んでいるという検診対象年齢の女性がいたが、孫のためにクリニックに行くことはあっても、自分のために子宮頸がん検査を受けようという気にはならないと言う。保健推進員の方を見て「この人にいつも言われているんだけどね」と恥ずかしそうに言い訳をした。

このような支援の現場では、計画通りにことが進むことは、まれだ。ジョイセフは活動の中で、家族計画や子どもの予防接種などで診療所や保健センターに来ている女性たちに、子宮頸がんの検査について周知できていない状況が分ったため、待ち時間を使って子宮頸がん検査を実施していることを説明し、一人でも多くの女性が検査を受けるように働きかけるための戦略を、施設ごとに作ったそうだ。

期待される成果を達成するためには、常に試行錯誤しつつ、効果的なプロジェクト実施のため工夫を凝らしていくマインドが求められることを実感した。

地方都市ニエリのスラムで活躍する地域保健推進員

首都ナイロビからケニア中央部に位置する地方都市ニエリまでは北へ約150キロ。車で約2時間半。舗装された道路が続き、思ったよりもスムーズに移動できる。途中の道は、どこか日本のよくある高速道路の風景にも見えるが、近代的なガソリンスタンドの横には、バラックが立ち並び、道路に沿って人々が果物や野菜などの露店を出しており、貧困という現実に引き戻される。

地方都市ニエリのスラムの様子
地方都市ニエリのスラムの様子=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

ニエリのスラムは、ナイロビのキベラスラムと異なり、土地がひらけたところにあり、村の集落という感じだ。水へのアクセスも、キベラでは水タンクだったが、上水道が整備され、スラムの中にある蛇口から水をくむことができるため、コレラなどの心配はナイロビほど高くないという。ただやはり治安の面で危険性は変わらず、周りを地元のスタッフに囲まれながら歩く。

ここニエリでも、地域保健推進員(CHP)の活動に同行させてもらうことができた。

スラムの中の広場に土から突き出ている水道の蛇口
スラムの中の広場に土から突き出ている水道の蛇口=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

スラムを案内してくれたのは、この日の取材のためにスーツで現れたフランシス・ムルガさん。教会で牧師をしつつ、もう14年も地域保健推進員として活動しているという。

彼とともに訪れたのは、5カ月になる赤ちゃんを育てるルースさんの一家。ルースさんは24歳。夫とともにこのニエリに越してきたばかりだ。知り合いも少ない中、保健推進員による訪問はありがたいと語る。

保健推進員のフランシスさんとスラムに住むルースさん一家
保健推進員のフランシスさんとスラムに住むルースさん一家=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

この日、話を聞いて引き上げようとした時、ルースさんに呼び止められた。再び家の中に入ると、ルースさんがスカートをたくしあげて、太ももを見て下さいという。見ると黒ずんだイボのような小石ほどの大きさのできものが右の太もも全体に広がっている。思わず目をそらしたくなるほどひどい。ルースさんは、夜、寝られないほど痛むが、医療保険に入ってないため病院の検査代を出せるめどが立たず、痛みに耐えていると涙をこぼした。

スラムに住むルースさんが痛みを訴えた太ももの病変
スラムに住むルースさんが痛みを訴えた太ももの病変=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

1人100軒ほど受け持つフランシスさんら保健推進員が各家庭を訪問するのは、だいたい月に1度。彼女はきっとこの機会をじっと待っていたのだろう。彼女の話を聞いたフランシスさんと費用を工面する相談をし、さっそく翌日、病院に行ってもらうことになった。

フランシスさんによれば、このようなことは初めでではなく、必要な時にはタクシー代など病院までの交通費を立て替えることもあるという。

なぜボランティアでこのようなことを続けられるのかと尋ねると、彼は自分が生まれ育ったコミュニティーの人々が、みな健康で過ごせるようにすることに幸せを感じるから、とそれが当たり前のことのように答えた。

5カ月になる赤ちゃんを抱いたスラムに住むルースさん
5カ月になる赤ちゃんを抱いたスラムに住むルースさん=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

ケニア政府は、2020年にSDGsの達成期限である2030年までのUHC政策を策定。UHCとは「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の略で、「全ての人が、効果的で良質な保健医療サービスを負担可能な費用で受けられること」(ODA白書、2023年版)を指す。SDGsのターゲット3.8にも掲げられている。

地域保健推進員(CHP)は、ケニアでUHCを進める上で医療施設とコミュニティーを結ぶ重要な役割を果たしている。推進員はコミュニティーの各家庭を周り、さまざまな健康問題に対する啓発活動を行うとともに、栄養指導、血圧や血糖値の定期的な測定や、危険な症状があると判断した際には最寄りの医療施設につなげる役割を担う。

ケニアのルト大統領は、UHC推進の一環で10万人以上の地域保健推進員にタブレットやスマートフォンを支給。保健推進員は自らの訪問する家庭をデジタル管理できるようになった。今年に入り、給付金も値上げされた。しかし、つい最近まで推進員(プロモーター)ではなくコミュニティー・ヘルス・ボランティアと呼んでいたように、基本的には保健推進員の人々のボランティア精神によっているところが大きい。ただし、ルースさんのようにスラムで暮らす人々にとって、保健推進員の活動は生命線だ。

ジョイセフは、この生命線の地域保健推進員にセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の知識や情報、周産期女性や新生児のケア、コミュニティーに対する啓発のやり方など、さまざまな研修を行い、スラムで暮らす人々の健康と医療サービスへのアクセス向上のための支援を行ってきた。

政府が進めるUHC。だがスラムに住む人たちに実際に手を伸ばすのは、地域保健推進員であり、ジョイセフのようなNGOの取り組みだ。

新たな産科棟がUHCに果たす役割

日本政府は、国際社会においてUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)達成に向けたリーダーシップをとってきた。ケニアにおいても、UHC達成に向け人材育成支援とともに円借款などで政策の後押しをしている。

そんな日本政府の支援を受けて、ニエリで、ジョイセフは、2023年9月に産科棟を建設した。ニエリには総合病院はあったが、常に満杯。ベッドを何人もと共有せざるを得ないこともあったという。

日本政府の支援も受けて、ジョイセフが2023年9月に建設した産科棟
日本政府の支援も受けて、ジョイセフが2023年9月に建設した産科棟=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

またスラムからも遠く、スラムの女性は自宅分娩するケースが多かった。そこで、スラムに近接している保健センターの敷地に、分娩室、産前産後健診や予防接種、外来対応などを提供する産科棟を建て、貧困層が利用しやすく、アクセスも良く、かつ質の高い母子保健医療サービスの提供を目指すことになった。

開所から8カ月たった今、産科棟の稼働率は109%。1日に30人から40人の母親が診療に訪れる。筆者が訪問した日も、明るい待合室に多くの母親が乳幼児を連れてきていた。出産病棟のベッドも非常に清潔で、数多く用意されている。今日はそれほど出産した人がいないらしく、空きベッドが多いのが少し寂しく見えるくらいだ。

日本政府の支援も受けて、ジョイセフが2023年9月に建設した産科棟
日本政府の支援も受けて、ジョイセフが2023年9月に建設した産科棟=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

その日の朝、男の子を産んだばかりのモーリーンさんは「良い評判を聞いて来てみたが、とても清潔でよかった。次の子どもを産むときも、またここに来たい」と話してくれた。

利用者アンケートでも、出産は満足度100%。産前健診は混みすぎて待たせるのが悩みなくらい混雑しているという。この産科棟がケニアのUHCの課題である妊産婦と新生児死亡の減少、そしてスラムの人々の医療アクセスにすでに大きく貢献していることを感じた。

出産を終えたばかりの27歳のモーリーン・ケムントさん(右)と助産師のテレサ・ワンボイさん
出産を終えたばかりの27歳のモーリーン・ケムントさん(右)と助産師のテレサ・ワンボイさん=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

日本式「カイゼン」研修も導入、持続する支援の力

ジョイセフは、産科棟の建設とともに、保健センターに従事するスタッフに能力強化研修として、「5Sカイゼン」研修を実施したという。

「カイゼン」とは日本の製造業で発達した職場環境改善と品質管理の手法だ。日本語がそのまま海外でも使われている。カイゼンを実行することで、組織の全員が常に高い次元の品質や生産性を追求する姿勢が培われるという特徴がある。この手法は、開発援助でも広く使われている。それは保健医療分野も同様だ。

医療サービスの質の向上や病院運営でよく用いられるのは、5S(ゴ・エス)という方法だ。「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「習慣」の頭文字の「S」をとったもので、英語も 「Sort」「 Set」「 Shine」「Standardize」「Sustain」と合わせてある。JICAなど様々な援助機関が5Sを医療施設に導入している。 ジョイセフがニエリタウン保健センターで行ったのもこの5Sカイゼン研修である。

その「5Sカイゼン」研修を受けたスタッフが、誇らしそうにニエリタウン保健センターの待合室に筆者たちを案内した。「5S」の一環で、天井の戸袋に重なって積まれていた資料を整理したら、空気が流れるようになって、待合室が快適になったのだとうれしそうに報告してくれた。

待合室だけではない。あらゆる部屋の書類がきれいに分類されていて、どこに何があるかすぐに取り出せるようになったという。新しく建てられた産科棟も埃一つ落ちておらず、病室も廊下も清潔に保たれていることに驚いたが、これも5Sカイゼン研修の効果で常時見直しが行われているからなのだろう。

「5Sカイゼン」研修後、継続して整頓されているニエリタウン保健センターの棚
「5Sカイゼン」研修後、継続して整頓されているニエリタウン保健センターの棚=2024年5月、筆者撮影

建物を建てるだけに終わらず、現地のパートナーと施設運営に取り組むと共に、周辺地域のコミュニティーでは人に寄り添う支援で根を張り、地域が一体となってセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツの向上に貢献していく。そんなジョイセフの取り組みは、ガーナでは、10年越しで無医村地区に医師を呼び込む成果につながったという。

人への投資が未来を創る

スラムで会ったグレースさんは、ジョイセフの支援を受けピア・エデュケーターやアクティビストの役割を担う「ユース・チャンピオン」として若い世代の支援活動を行っている。

彼女は、10代で母親となった少女や女性たちを集め、毎週会合を開き、お互いの経験共有や収入創出活動、活動の継続のための補助金応募など忙しく活躍している。ジョイセフは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスの知識や研修の機会を与えてくれ、ユースの活動を通じチームワークの大切さも教えてくれて感謝しているという。

10代の母親を助けるNGOを作りたいと夢を語るグレースさん
10代の母親を助けるNGOを作りたいと夢を語るグレースさん=2024年5月27日、ケニア中央部ニエリ、筆者撮影

いま24歳のグレースさんに、将来の夢はと聞くと、10代で母親となった少女や女性たちを助けるNGOを作りたいと力強く語った。

日本が得意とする道路や港湾などの経済インフラなどへの支援は、確かに目に見え、地域に大きな変化をもたらすように見える。その一方で、巨額を使わずとも、コミュニティーで暮らす人々とともに支援活動を進めることで、活動が終わってもその地に残る援助もある。人に寄り添う支援は、その地域で、人に寄り添う人を作っていく。そしてその支援の輪は、人々の意識や習慣を、社会を変えていく力となるのではないだろうか。

ケニアの取材を終え、モノだけでない、人への投資こそが、誰一人取り残さない社会を実現する鍵となるのではないかと改めて思う。