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マラリアと人類の長い闘いの歴史 クレオパトラも平清盛も感染?気候変動が根絶の壁に

World Now 更新日: 公開日:
マラリアを媒介するハマダラカ。尻を高く上げて止まるのが特徴だ
マラリアを媒介するハマダラカ。尻を高く上げて止まるのが特徴だ=2008年2月21日、ケニア・ビタ、飯塚晋一撮影

マラリアは、マラリア原虫をもった蚊(ハマダラカ属)に刺されることで感染する病気だ。高熱や寒気、頭痛、嘔吐といった症状が出て、重症化すると脳症や腎不全などを併発し、死に至ることもある。エイズ、結核とともに、3大感染症と呼ばれる。

「貧困の病」とも呼ばれ、感染者の9割近くが経済発展が遅れているアフリカをはじめ、アジアや中南米などの地域に集中している。

世界保健機関(WHO)の推計によると、2022年には世界の85カ国・地域で2億4900万人が感染し、60万8000人が亡くなった。

とりわけ状況が悪化しているのは、パキスタン、エチオピア、ナイジェリア、ウガンダ、パプアニューギニアの5カ国だ。紛争や治安の悪化で、必要な保健サービスが提供できなかったり、流行地から人が移動したりしていることも課題となっている。

日本でも、流行国から帰国した人が発症したケースが報告されている。

WHOは2030年までにマラリアの罹患(りかん)率と死亡率を少なくとも90%削減することを目標としている。しかし、現在の進み具合が今後も続くと、達成はきわめて難しいとみられる。

主な感染予防策としては、①殺虫剤処理された蚊帳の使用②屋内での殺虫剤噴霧③予防薬の投与④ワクチン接種などがある。感染者に対しては、抗マラリア薬のアルテミシニンを基本とした薬剤治療が実施される。最近は薬剤に耐性を持つマラリア原虫が確認されており、治療を難しくしている。

クレオパトラが悩まされた「悪い空気」

マラリアの語源はイタリア語の「悪い空気(mal-aria)」にある。かつて、汚れた空気によって感染すると信じられていたからだという。蚊が媒介していることが研究で明らかになったのは19世紀末のことだ。

ツタンカーメン王の黄金のマスク
ツタンカーメン王の黄金のマスク=1965年撮影

人間との関わりは紀元前にさかのぼるとされる。例えば、古代エジプトの王、ツタンカーメンや、女王クレオパトラが感染したといわれる。

クレオパトラの場合、発掘されたレリーフに「『悪い空気』に悩まされた」と書かれているという。

マラリアは決して熱帯地域だけの病気ではなく、20世紀初頭には北極圏に近いフィンランドでも数千人単位で罹患したほか、アメリカでも1930年代まで毎年10万人が感染していた。

日本でも、古くから「瘧(おこり)」や「瘧病(わらわやみ)」と呼ばれ、平清盛らがマラリアとみられる病気で亡くなったとされる。ただ、清盛の頃は高熱が出ても加持祈禱(きとう)くらいしかできなかった。

重要文化財 伝平清盛坐像(鎌倉時代・13世紀)
重要文化財 伝平清盛坐像(鎌倉時代・13世紀)=京都・六波羅蜜寺蔵

また「源氏物語」の「若紫」では、主人公の光源氏が「わらわやみ」に苦しんでいた様子が描かれている。

近代に入ると、マラリアという病名が日本でも使われるようになった。明治から昭和初期にかけては、北海道から沖縄まで全国各地で流行し、多い年には20万人の患者がいた。

第2次世界大戦期は南方戦線で多くの日本兵がマラリアに苦しんだ。「ゲゲゲの鬼太郎」などの作者として知られる漫画家の水木しげるさんも、ラバウル(現在のパプアニューギニア)出征中に感染した。

手記や戦争体験について思いを語る水木しげるさん
手記や戦争体験について思いを語る水木しげるさん=2015年6月4日、東京都調布市、時津剛撮影

戦争末期の沖縄・八重山諸島では、日本軍がマラリア流行地域に住民を強制的に疎開させ、約3万人の住民の半数以上が感染し、3600人以上が死亡した。波照間島に至っては、患者は住民の99%、死者は3割に上る。いわゆる「戦争マラリア」の犠牲者だ。

戦後も流行は続いたが、本土では1959年に滋賀県の感染例を最後に収束。一方、米軍統治下の沖縄でも感染対策が徹底され、1962年に根絶を達成した。以来、日本国内では、海外で感染し、帰国後に発症するケースが年数十件報告されている。

気候変動で広がるリスク

マラリアを巡っては、気候変動を背景に、温暖化で蚊の生息域が広がっていることに加え、洪水の発生により理想的な繁殖地が増えていることが指摘される。

流行は主に農村部に集中するが、最近は都市部でもマラリア原虫を媒介する蚊が繁殖し、感染者が増えている。気温上昇に加え、降雨量やパターンの変化が蚊の生態に影響し、感染地域や時期の拡大につながっている。

米国のNGO「マラリア・ノーモア」のマーティン・エドルンドCEOは、マラリアや、同じく蚊を媒介に感染するデング熱は「気候変動に最も敏感に影響を受ける感染症だ」という。

2023年には、米国(テキサス州やフロリダ州など)や韓国(京畿道や仁川、ソウルなど)で、海外渡航歴のない人のマラリア感染が相次いで報告された。米国で土着マラリアの感染が起きたのは20年ぶりだという。

エドルンドさんは「ただちに気候変動の影響とは言い切れない」としつつ、流行に結びつく条件が整えば、今後、マラリア感染とは無縁と思われた先進国にも広がる可能性は否定できないとする。「媒介するハマダラカは日本を含め、世界各地にいるからです」

今後、日本や欧州などで国内に由来するマラリアの感染が広がることはあるのか。

アフリカやアジアなどの流行地域との往来がさらに増え、感染者が原虫を持ち込む可能性が高まり、温暖化によって蚊の繁殖が進むというシナリオが考えられる。ただ、現時点では、仮に感染源が増えても、媒介蚊と接触する機会が増えない限り、自然感染が広がることは想定しにくいというのが専門家の一致した見方だ。

一方、マラリア媒介蚊とは異なり、主に都市部に生息するデング熱の媒介蚊(ヒトスジシマカ)の活動が活発になることで、欧米や日本などの先進国でもデング熱が広がる懸念はある。

 実際、2014年には日本で、2023年にはフランスやイタリア、スペインでの国内感染例が報告されている。先進国では、検査が必ずしも定着していないため、未報告事例も一定数あると見られている。(マラリアの歴史については、橋本雅一著「世界史の中のマラリア」や内閣府のウェブサイトなどを参照しました)