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「イギリス人は紅茶」は古い? コーヒーにその座を奪われたのか、業界巻き込み論争中

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
コーヒーと紅茶の老舗販売店「カーデューズ」のショーウィンドーに並ぶ品々
コーヒーと紅茶の老舗販売店「カーデューズ」のショーウィンドーに並ぶ品々=2023年9月1日、オックスフォード、Gabriella Demczuk/©The New York Times

「私の心は、紅茶とともにある。でも、コーヒーなしには生きていけない」。英オックスフォードの老舗「グランド・カフェ(Grand Cafe)」の金色に塗られた天井の下で、リズ・コールマン(31)はいすに深々と沈みながらこういった。

アーモンドミルクのカフェラテをすすりながら、カフェインへの渇きを満たしていた。2023年9月、近くであった会議の休憩時間でのことだった。ペルシャの血を引く英国人女性であり、日々の家庭での暮らしでは紅茶が圧倒的に幅をきかせている。でも、ひとたび外に出れば、それがコーヒーにとって代わる、とコールマンは話す。

紅茶は英国の文化に、深く根付いている。オランダの商人が中国から欧州に持ち帰り、それが1650年代にこの国にたどり着いたとされる。何世紀もの伝統に支えられて、国民的なホットドリンクの代名詞にまでなった。

でも、その地位が長年のライバルでもあったコーヒーにおびやかされるようになり、ごく最近のある調査ではついに紅茶はトップの座から蹴落とされてしまった。いずれの飲み物の業界もこぞって自己を擁護し、統計数字をめぐる「熱い戦い」が始まった。

では、コーヒーは本当に英国人の新しい国民的な飲み物になったのだろうか。

ここオックスフォードは、歴史家によると、最初期の「コーヒーハウス」(訳注=コーヒーを出すレストラン。社交場を兼ねた英国独特の食文化でもある)のいくつかができた場所だという。しかも、近年は、最先端のコーヒー文化が爆発的に広まっている。そんな土地柄にいる常連客をもってしても、この論争は一筋縄にはいきそうもない。

冒頭のグランド・カフェは、1650年にできたコーヒーハウスの跡地にある。この店のオーナー、ハム・ラズ(51)は最近のある朝、こんな皮肉な現象が起きていると語った。「観光客はよく(訳注=ティーバッグではなく)茶葉でいれるリーフティーを注文し、店のサンドイッチやスコーン、ケーキを食べる。一方の英国人客は、だいたいはコーヒーを頼む」

The Grand Café, which is said to be one of the oldest coffeehouses in England, in Oxford on Sept. 1, 2023. On a recent morning, the cafe's owner, Ham Raz, explained that tourists often ordered loose-leaf tea with their sandwiches, scones and cakes, but that British customers typically had coffee. (Gabriella Demczuk/The New York Times)
英国で最も古いコーヒーハウスの一つとされるオックスフォードの「グランド・カフェ」の店構え=2023年9月1日、Gabriella Demczuk/©The New York Times

ラズが30年前にオックスフォードに初めて来たときは、「英国人はあまり(訳注=コーヒーを飲むような)リスクを冒そうとはしなかった」。それが、「今はだれもが『コーヒー』。人間の好みって、変わるもんだ」。

最近のコーヒーブームは、1990年代の終わりから2000年代の初めごろに端を発しているようだ。英コスタコーヒーやスターバックスなどの米国の大手コーヒーチェーンが、この国でエスプレッソブームに火を付けた時期だ。

英国人が自分の財布を開いて習慣として飲むもので、勢いがあるのはどれか。その動きを探るには、オックスフォードの新しいコーヒーハウスを見た方がよいのかもしれない。その常連客は、高級かつ卓越した職人技を駆使したコーヒーを求めており、店側はこれに応えようとしているからだ。

その一つ、「ミッシング・ビーン(Missing Bean)」カフェでは、この街生まれのトラベルライター、リズ・フレイザー(48)がノートに走り書きをしながら、ダブルショットのコルタード(訳注=少量の温かいミルクで薄めたエスプレッソ)を味わっていた。最初に「まっとうな」コーヒーと出合ったときのことを、今も鮮明に覚えている。

Customers sitting outside the Missing Bean in Oxford, England on Sept. 1, 2023. The Missing Bean has grown to include five cafes — some outside Oxford — a roastery, a bakery and an online shop that ships across Britain. (Gabriella Demczuk/The New York Times)
オックスフォードのカフェ「ミッシング・ビーン」の屋外コーナー=2023年9月1日、Gabriella Demczuk/©The New York Times

「1998年に英国で飲んだ初めてのカプチーノ。長女を産んで、すぐのことだった」とフレイザー。「まるで、異国に足を踏み入れたような気がした」。それまでは、インスタントコーヒーしか知らなかった。

今も、英国の世帯の80%は家庭での消費用にインスタントコーヒーを買っている。とくに、65歳以上にその傾向が強い(英コーヒー協会調べ)。もっとも、ひいたコーヒー豆とポッドコーヒー(訳注=ドリップ式の機械で手軽に本格的な味を楽しめる)の人気も高まっており、とくに若い世代の間ではやっている。英国では、毎日9800万杯のコーヒーが飲まれているとされる(訳注=英国の人口は6700万超)。

ミッシング・ビーンでは、温かいコーヒーを2009年(訳注=開店した年)から出している。以来、本格的なコーヒー文化が、街角のいたるところにあるチェーン店に代わるものとして大人気となった、と設立者の一人、オリ・ハルプは話す。

「開店当時は、『いいコーヒー』を出すのはうちだけだったと胸を張っていえる。それが、今は素晴らしいコーヒーを出す店が市内に10カ所はある。これだけ選択肢が増えたというのは、すごいことだと思う」

この間、ミッシング・ビーンはカフェを5店にまで増やし(一部は市外にある)、さらにコーヒー豆の焙煎(ばいせん)所が1軒、ベーカリーが1店あり、全英に発送するオンラインショップも構えた。カフェのカウンターに立つバリスタたちは、一杯ごとに時間をかけて丁寧に仕立てる。カフェラテの仕上げには、泡立てたミルクで繊細な模様を描く。

The warehouse for Missing Bean, where coffee beans are stored and packaged, in Oxford, England on Sept. 1, 2023. The Missing Bean has grown to include five cafes — some outside Oxford — a roastery, a bakery and an online shop that ships across Britain. (Gabriella Demczuk/The New York Times)
ミッシング・ビーンの倉庫に高く積まれたコーヒー豆の袋=2023年9月1日、オックスフォード、Gabriella Demczuk/©The New York Times

「家庭ではできないことで、魔法をかけるみたいに見える」とハルプ。「ほとんどの家庭には、エスプレッソを入れる機械なんてないし、グラインダーなどの機器もない」

そのハルプも、国民的な感覚として紅茶が大きく立ちはだかっていることを認めざるをえない。「今もまだ、コーヒーよりも紅茶を飲む人が多いと思う。ただ、両者の飲まれ方が違うんだ。外で飲むコーヒーと比べて、家庭での紅茶はただみたいなものだから」

英国のコーヒー文化が、ついにトップの座から紅茶を押しのけてしまったという最近の報告を疑う人は多く、ハルプはその一人にすぎない。

2023年8月に出されたスタティスタ(訳注=世界中の統計調査データや消費動向を提供する大手プラットフォーム)の英国での調査結果は、対象者こそ2400人と少なかったが、「定期的に飲むもの」については63%が「コーヒー」と回答した。紅茶は59%だった。

すぐに、紅茶業界側が反応した。「U.K.Tea & Infusions Association(英紅茶類協会)」のCEOシャロン・ホールは声明を出し、英国人は毎日1億杯の紅茶を飲んでおり、コーヒーの推定数より200万杯多いと反論した。

コーヒーに有利な状況証拠もある。2022年8月から2023年8月までを見ると、英国人はスーパーなどで、パック数にして紅茶の2倍近くもコーヒーを買っている(ロンドンに本社がある市場調査・コンサルティング会社カンター・グループによる)。

もっとも、これには議論の余地がある。ティーバッグ200個入りのパックは、ひいてあるコーヒーが200グラム入ったパック(通常は30杯分に相当)よりはるかに長持ちするからだ。

では、消費額を基準にするとどうなのか。英国のスーパーでは、紅茶の2倍以上の額のコーヒーが購入されている。ただし、通常はコーヒーの方が紅茶より高いということも考慮せねばならない。

英国で愛飲されるホットドリンクはどれなのかを正確にたどることは、常に難しかったとジェーン・ペティグリューは語る。英ティー・アカデミー(訳注=ティーソムリエの資格付与などをする機関)の設立者の一人で、教育部門の責任者でもある。

その上で、紅茶は350年以上にもわたってこの国の文化の一部となっており、社会生活や法など多くの分野に影響を与えてきたと解説し、それが近い将来に失われてしまうことは想像もつかないと首を振る。

20世紀半ばにティーバッグが大量生産されるようになると、「紅茶を飲むロマンチックな雰囲気が失われ、自分が買って入れる紅茶とのつながりが絶たれてしまった」とペティグリューは嘆く。

一方で、高品質のリーフティーは、時代の課題にも直面している、と続ける。これは品質の高いコーヒーも同じで、生産倫理(訳注=児童労働・奴隷労働などと無縁であること)や環境に負荷をかけない製品の調達を重視する店が、英国のあちこちに出現するようになった。

「『紅茶ってつまんない』といった類いの話をよく聞く。でも、家庭では今もすごくよく飲まれている」とペティグリュー。「もう何年も、『コーヒーの方が本当に面白いし、より多く飲まれるようになった』ということを聞くけれど、とても同意はできない」

Customers at Queen's Lane Coffee House in Oxford, England on Aug. 31, 2023. Recent studies suggest coffee has stolen Britons' hearts. But for cafe patrons in a city that hosts some of the nation's oldest coffeehouses, it's complicated. (Gabriella Demczuk/The New York Times)
1654年創業とされるオックスフォードの「クイーンズ・レーン・コーヒー・ハウス」の店内=2023年8月31日、Gabriella Demczuk/©The New York Times

「焙煎(ばいせん)したてのコーヒーと最高級の紅茶をお届けする、オックスフォードで最も古い店」とうたう販売店「カーデューズ・オブ・オックスフォード(Cardews of Oxford)」では、コーヒーを買う客が増えていることを店側も認める。

しかし、観光客となると「典型的な英国のもの」を求めることが多い。

「よく尋ねられるのが、『最もこの国らしい英国の紅茶がほしい』」。そんなとき、カウンターにいた店員のアイザック・ロイド(18)は、優しくこう答えることにしている。「残念ながらここにある紅茶はどれも英国で栽培されたものではありません。でも、英国でブレンドしたものならあります」

ロイドは、客が紅茶とコーヒーのどちらを買うか、当ててみるのが好きだ。だいたいは、世代で分かれる傾向にある。

しかし、同僚のチャーリー・ジョーダン(28)が、「驚かされることもしばしばある」と口をはさんだ。「紅茶を入れるという儀式を心から楽しむ人は、かなりいるようだ。それも、年齢を問わずに」

すると、ロイドはニンマリしながら相づちを打った。「儀式というか、ほとんどの人は朝、なるべく早く目を覚まさせてくれるものが好きなだけみたいだよね」(抄訳)

(Megan Specia)©2023 The New York Times

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