1. HOME
  2. World Now
  3. 北朝鮮スパイの徹底した情報管理 裁判資料から分かった古典的接触手法 舞台は第三国

北朝鮮スパイの徹底した情報管理 裁判資料から分かった古典的接触手法 舞台は第三国

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

北朝鮮は、韓国のスパイたちに徹底的な秘密保持を命じた。スパイ工作を命じていた北朝鮮文化交流局を「本社」、スパイたちの地下組織を「支社」、スパイの頭を「支社長」と呼んだ。金正恩(キムジョンウン)総書記は「総会長」だった。別班員たちも外で飲食する際、陸上幕僚長を「社長」などと言い換えているという。

文書の更新がある場合、古い書類は焼却するよう徹底した。情報を隠蔽する技術「ステガノグラフィー」を使い、画像の中に指令文を隠した。労働組合のホームページに対する書き込みを装ったり、無関係のユーチューブを利用したりして、指令を暗号にして伝えたこともあった。

だが、解読が不可能と言われる量子暗号技術でもない限り、どこかで隠蔽した情報や暗号を解くための「鍵」をスパイが手に入れる必要が出てくる。

北朝鮮は、スパイの人物評価も兼ねて、しばしば、「鍵」を受け渡すために第三国でスパイと接触した。場所として選ばれるのは、北朝鮮大使館があり、距離もそれほど遠くない東南アジアが多かったようだ。

北朝鮮は2019年7月10日付指令文で、スパイに対し、8月8日午前10時にベトナムで北朝鮮の工作員と接触するよう命じた。場所はハノイにあるホアンキエム湖畔、11世紀にベトナムを独立に導いたリータイトー王の記念碑だった。

指令文は丁寧に位置を説明する。

「グーグルマップで簡単に見つけられる。検索して、タクシーの運転手に『ホアンキエム』と言えば、どのタクシーも連れて行ってくれる」

そして微に入り細に入り、接触方法を指示する。「支社長(スパイ)は集合時間の5分前に記念碑右側の階段前に陣取り、10時きっかりに、手に持ったペットボトルから水を飲む。本社員(北朝鮮工作員)は支社長の動作を確認した後、7~8mの距離まで近づき、手に持っていたサングラスをハンカチで2、3回拭く」

そして、お互いを確認したら、スパイは北朝鮮工作員から20~30メートル離れた後をついて行く。

写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

安全な場所まで誘導すると、工作員はスパイに接触場所を書いた名刺を渡す。スパイはその後、指定された場所に向かわなければいけない。

最初の接触に失敗した場合、予備の場所として、ハノイ市カウザイ区の大型ショッピングセンター「ビッグC・タンロン」で午前11時に面会するよう指示した。

途中で尾行されていると感づいた場合、「頭痛」という暗号を使う。お互いに「頭痛がするので病院に行きます」と伝え、ただちにその場所を離れ、1時間後に予備の場所で落ち合う。もし、電話が不可能なら、たばこを吸って危険を知らせる。

そこまでやって、最終的に接触した後、スパイは暗号を解読する「鍵」を受け取り、代わりに韓国にいるスパイ要員の育成状況や人物評価などの書類を渡したという。

ハノイ市民の憩いの場になっているホアンキエム湖
ハノイ市民の憩いの場になっているホアンキエム湖=2006年8月1日、ベトナム、朝日新聞社

北朝鮮は半世紀以上前から、同じような手法を繰り返してきた。

1980年代、朝鮮労働党の工作機関、作戦部の要員として西日本などへの侵入を繰り返した脱北者がいた。脱北者に与えられた任務は日本に侵入する工作員の送迎と支援だった。沿岸まで20人乗りほどの工作船で接近し、その後で釣り船に偽装した5人乗りくらいの小型船に乗り換えて上陸した。

上陸すると、拾った二つの小石をぶつけて、「チョン、チョン」と音を出した。あらかじめ、「こちらが4回鳴らせば、返事は2回」などと決めておき、工作員の返事を待った。音がすると接近し、お互いに「親」と「子」、「動物」と「子犬」などの合図を伝え合って、落ち合ったという。

脱北した別の元朝鮮労働党幹部も「我々がソ連などで接触した方法と大筋で同じだ。携帯電話などが登場し、技術は向上しているが、やり方は基本的に変わっていない」と語った。

私が「映画でよく出てくる、コインの割り符を重ね合わせるやり方はしないのか」と聞くと、笑ってこう答えた。「割り符そのものが証拠になっちゃうじゃないか。プロはそんなヘマはしない」

写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

北朝鮮の海外向けラジオ、平壌放送は2016年6月24日夜、奇妙な放送を始めた。「全国の地質踏査隊員のため、通信教育大学の物理学復習課題を伝える」。それから延々、十数分間にわたって「○ページの○番」といった具合に数字だけを読み上げた。「A3放送」と呼ばれる乱数表の放送だった。

北朝鮮工作員は持参した暗号表と組み合わせて,指令の内容を把握する。メールと異なり、乱数表の放送は、誰に向かって伝えているのかがわからない。

元幹部は語る。「スパイがいるのは韓国だけではない。日本にもいる。数十年にわたってスリープして、普通に生活している人間だ。指令を受けて初めて動き出す。日本人は、民主労総スパイ事件を人ごとのように考えないことだ」