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ChatGPTが変える英語学習、京都大の金丸敏幸氏「トレーナーとして…」 教師も影響?

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金丸敏幸氏とChatGPTのイメージ写真
写真提供=金丸敏幸氏、ロイター通信

――英語の習得に苦手意識を持つ日本人は多いと思います。ChatGPTといった生成AIの登場で、そういった悩みが解決されるのでしょうか。

これまでの英語学習の場合、読んだり、書いたりといった、学習者が「受け身」の形になる教材や学習が多かったと思うんですね。それが生成AIの登場によって変わると思います。

生成AIがあたかも先生や対話相手の役割を果たすことになるのです。例えばこちらが書いた英文をAIが添削することも可能で、さらには「ここが違う」「自然な英語にするにはこうしたらいい」などとアドバイスもしてくれるでしょう。

京都大のある授業では、英語のビデオ教材を使って学生がセリフを言う発話練習をしていますが、内容についてはこれまで学生が受け身的に利用していただけでした。先日、その会社がChatGPTにこの教材の内容を読み込ませた上で、学習者とやり取りできる仕組みを試験的に構築してみたものを見せてくれました。

京都大学のシンボル、時計台
京都大学のシンボル、時計台=2021年6月、京都市左京区、矢田文撮影

まずChatGPTがビデオの内容について「これについてはどう思いますか」と質問してくるので、学習者はその答えをパソコンで打ち込みます。音声入力も可能で、英語で話せばそのまま音声認識された英文が入力されます。

例えば、仮に「未来の乗り物」がテーマの動画だと、ChatGPTが「あなたの考える未来の乗り物ってどんなものがありますか」と質問してきます。学生が「空飛ぶ車」と答えると、すかさずChatGPTが「空飛ぶ車だと、法的にどんな問題がありますか」とか「自動運転の法整備について、どうしたらいいと思いますか」などと聞いてきます。

今のところChatGPT側の応答は文字で返るようになっていますが、技術的にはそれを音声で出力することもできます。となると、まるで人と会話をしているようなやり取りができるわけです。

英語学習ですとオンライン英会話というものがありますね。海外在住の英語話者と、スカイプやズームなどを通じて会話をしたり、ディスカッションしたりできるサービスです。自宅にいながら英語話者と英会話レッスンができると話題になりましたが、生成AIの技術を使うことで、生身の人間がいなくても24時間、同じようなレッスンができるようになるんです。

――生成AIが自らの英語が正しいのか添削をしてくれるというのは驚きです。ただ、その前提としてAIが正しい情報を持っていて、適切にアウトプットできるのかという問題あるかと思います。生成AIが「もっともらしくうそをつく」問題があることもわかっていますね。こうした影響は生成AIを使った英語学習においてもあるのでしょうか。

英語学習という点に限定すると、問題は少ないかなと思います。というのも、ChatGPTなどの生成AIサービスは欧米発で、AIに学習させるために使っているデータはほとんどが英語なんですね。

英語に関しては膨大なデータが学習されているため、英語の出力や理解という点では、精度はかなり高いです。文法的なミスはほとんどないと言えますね。言い回しがちょっと堅苦しいかなというときはありますけど、基本的にはその程度です。

ですので、一般的な話題であればもう問題はありません。専門用語などは一部、学習していないということもあって、指摘したような自然とうそをつく、つまり「ハルシネーション(幻覚)」という現象が起こってしまいますが、それもChatGPTはなるべく起きないよう調整されているようです。

一方、日本語での出力や理解についてはたまに怪しいときもあります。それでも英語と比べて学習量が圧倒的に少ないにもかかわらず、すでにここまでできるのか、と驚くぐらいのレベルです。

ChatGPTのロゴ
ChatGPTのロゴ=ロイター通信提供

――そこまでAIの精度が高いなら、一層のこと、英語のコミュニケーションはこうしたツールに頼り切ってしまうという考えもありますよね。そうなるともう、英語を学ぶ必要はなくなってくるのでしょうか。

皆さんからよく聞かれる質問ですね。でも、AIが進化しても、おそらく英語がまったくいらないということにはならないんだと思います。

英語は世界標準的な共通言語になっていて、英語をまったく使わなくても世界とコミュニケーションできますってことにはならないでしょう。機械翻訳やAI技術があるにせよ、そうしたものを使ったり、AIが応答した英語を理解したりするだけの最低限の英語力は必要になると思うんです。

例えば今、ウクライナやロシア情勢がニュースでたくさん出てきて、私も関心があるのでロシア語の文章を機械翻訳のツールを通じて読むのですが、ロシア語はまったく知らないので、仮に翻訳の過程で間違っていたとしてもそれに気づかず、もうそれが正しいと信じるしかないんです。

ロシア語が多少なりとも分かれば、「これちょっと何か変なことを言っているな」とかピンとくるのでしょうが、残念ながら判断できません。だからこそ、そうした便利なツールを安全に使うためには、英語やその言語を知っておいた方が良いですね。

――生成AIは何だか「壁打ち相手」みたいな存在ですよね。将棋の藤井聡太七冠もAIとの「対局」を通じて、実力を上げているという印象です。

そうですね。生成AIをトレーナーやパートナーという存在として上手に使えばいいんだと思います。そうすることで今まできなかったことが、どんどんできることになります。

藤井七冠の関係で思うのは、こういうツールが出てくると、使いこなせる人、使う人、そうでない人の差がどんどん広がる可能性があると指摘されていることです。情報格差ではないですけど、今まで以上に二極化する気がします。

――使いこなす人とそうでない人、その分かれ道は何でしょうか。

好奇心やモチベーションの問題はすごく大きいと思います。例えば英語を自学したいと思ったとしても、経済的な事情などで英会話などに通えなかった人でも、ChatGPTは無料で使えますからね。やる気のある人はどんどん伸びるでしょう。

――私自身、英語はやらなきゃいけないものという意識が強くて、機械翻訳や生成AIに任せること自体、英語力の向上を怠った「怠け者」ではないか、という自責の念を感じてしまうのですが……。

どんなに英語が堪能な人でも、やっぱりそれを母語としている人たちとは圧倒的な差があって、ネイティブスピーカー並みに英語を操ることは、ほとんどの人にとっては無理と言われています。例えばTOEICで990点を取ったという方でも、英語話者から見れば、せいぜい小学生か中学生ぐらいと言われることもあります。ですのでそこはもう割り切って、テクノロジーの助けを借りてもいいのではないかと思います。

実際、私の知り合いの英語の先生でも、便利なツールを使って省力化して、その分、もっとたくさんの英語の情報を収集した方がいいよねと考える人もいますし、私もこういうツールを使うようになってからの方が英語の情報にたくさん触れるようになった気がします。

私自身、英語は最終手段、避けられるものなら避けたいみたいな思いもありましたが、今はあまり気にせず、ちょっと関心があればいったん機械翻訳をかけてみて、必要そうならそれをじっくり読むという形になりました。

――金丸さんのオンライン講義「ChatGPTが語学(英語)教育に与えるインパクト」をYouTubeで拝見しました。この中で、生成AIが登場したことで英語学習の根本が問われている、という趣旨のことをおっしゃってましたね。

まさにそこが一番、これから考えないといけないことですね。AIが色々とやってくれる時代に、私たちはなぜ英語を勉強するのか、ということをそれぞれがしっかり考えないといけないと思います。

例えば、仕事で海外とのやり取りする必要があるため、英語を一生懸命勉強しているという人は、AIを使ってやり取りできるようになれば、何も英語をそこまで極める必要はないかもしれません。それよりは専門分野など、別のことに時間を費やした方がいいわけです。

あるいは日常的に英語を使うことはないという人であれば、大学に入ってまでみっちり英語を勉強する理由はあるのか、あるとしたらそれは何なのかを考える必要が出てくるでしょう。

実は50年前も、なぜ英語を学ぶのかという大きな論争がありました。論争したのは参議院議員の平泉渉さんと上智大の渡部昇一教授です。実用のための英語を教えるべきだと主張した平泉さんに対し、渡部さんは教養のための英語の大切さを訴えました。

渡部昇一氏(左)と平泉渉氏
渡部昇一氏(左)と平泉渉氏=朝日新聞社

結局このときは、人格形成や文化、教養というのが大事で全員が学ぶべきだとなって、本当に必要なエリートだけが勉強すればいいということにはなりませんでした。けれども近年は「グローバル化」の流れもあって、実用のための英語を学ぶことが重要視されるようになるという揺り戻しがありました。

そして生成AIが登場した今、再び英語学習の意味や意義について考えなければならないことになると思います。

――英語論争、日本では度々起きているのですね。英語を学ぶ意義などをそこまで考えているのは他国と比べても日本ならでは、という感じなのでしょうか。

いや、そういった方針を決めるという点で言うと、日本はむしろ非積極的だと思います。欧米も中国も韓国も、いわゆる言語政策、国としてどの言葉をどう教育するのかということについては日本以上にしっかり方針を決めて、それに沿って取り組んでいます。

例えばヨーロッパでは、各国で言語も違うので、EU(欧州連合)内での結束や相互理解、多文化共生などを念頭に外国語を学んでいます。

アジア圏の国々ではどちらかというとビジネス的な戦略ですよね。人材が海外に出て行くので。

――日本ではなぜ、国としての言語政策が徹底されていなかったのでしょうか。

一つには国が教育分野でトップダウン的にやることに対し、一部で抵抗が強かったからではないでしょうか。また、そもそも国として何語を教えるかを考える必要があまりなかったというのもあります。

――経済上の理由もありますか?日本は人口も多く、市場としても大きい。海外で働かなくても暮らしていける状況だったとか。

それも大きいと思います。実際、1990年代後半から日本人の中で英語ができる人が増えてきたというのも、国内経済だけでは今後は厳しいので、グローバル化を目指す過程で英語が必要になってきたからだと思います。

――ツールが発展しているのであれば、何も英語だけにとらわれず、別の言語でもいいのでは?

そうですね、今まではどうしても共通言語として英語を使わなければ難しかったわけですが、AIを使えばそれぞれが別の言葉を使っていてもやり取りできるようには成りましたよね。

ただ、AI自体の学習データがかなり英語をベースにしているので、AIを使うにしても、やっぱり英語ができた方が優位ということになりつつありますね。

なので、日本や中国なども、それぞれの言葉をベースにしたAIの基盤を作ろうと国が主体的に取り組んでいます。一方、ヨーロッパはAIに対してはやや否定的です。

――ヨーロッパが後ろ向きなのはなぜですか?

推測ですが、文化的に人間以外が言葉を使うということの抵抗感も強いように見えます。また、ヨーロッパはプライバシー保護について元々厳しかったからではないでしょうか。生成AIの多くの技術はアメリカ主導ということもあって、経済的な利益もアメリカに持っていかれるという警戒感も強いのではないかと思います。

――生成AIは、個人のプライバシーを侵害するような個人データを収集しているのでしょうか。

この技術の基本は、いろんな言葉を解析して、どういう言葉が次につながりやすいかということを学習しているだけなんです。よく、個人のデータがそのままAIの中に保存されているのではと心配する方がいますが、現実的にはほとんどありえません。

ただし、独特な言葉の組み合わせが出てくることがありまして。例えば珍しい名前の方がいたときに、その名前に続く情報が、この人に限定されてしまうという可能性はゼロではないです。

ChatGPTを作っているオープンAI社は、ユーザーが入力した質問の内容をそのまま学習に使うことはないと言っていますが、原理的には質問文を収集してその情報を学習に使うことは可能です。特に今後事業者が増えた場合、それぞれのモラルにかかっている、ということでは怖い面もあります。なので、そこは法で規制しておく必要があるでしょう。

ChatGPTを開発したアメリカの企業オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)
ChatGPTを開発したアメリカの企業オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)=2023年6月、東京都港区、関田航撮影

――アメリカの研究者の調査で、AI技術によって影響を受ける可能性がある職業の順位を示していて、2位が国語(英語)、3位が外国語の教師で、トップ20のうち14の職業を教師が占めたという結果を発表しています。もはや英語教師はいらない時代が来るのでしょうか。

この調査は、職業がいらなくなるということではなく、あくまで影響を受ける可能性があるということですので、あまり極端に考えず、今まで通りの教え方では難しいよね、という受け止め方をしていただければいいのではないかと思います。

例えば英文を書かせる宿題を出したとしても、今までは先生が採点しないと生徒は自分の答えが正しいのか間違っているのか分からなかったわけですが、今後、AIが添削してしまうかもしれないんですね。

一方、英語が母語の先生から聞いた話ですが、学生からレポートを提出してもらう際、これまでは文法の間違いが多くて、採点の時自分がコンピューターになったかのような気分でひたすら修正をしていたんだそうです。

それを提出前に各自でAIにチェックさせるようにした結果、文法ミスが減ってとても効率的に見られるようになったと。浮いた時間を議論の組み立て方や論争の仕方といった、本来教えたかったことに差し向けることができるようになったということです。

AIの登場で、私たちが本当に教えるべきことは何だったのかということが、改めて浮き彫りになりますし、考えなければいけないのだと思います。それこそ生徒側もAIの登場で英語を何のために学ぶのかを考え、自分なりの学びのあり方を決めるでしょうから、教師側は生徒のそうした思いをくみながら、一人ひとりの学びをサポートしてあげる、ということも大事になってくると思います。

AIは人の思いをくむとか、察するということはしてくれないので、生徒にしっかり向き合うことこそ、これからはもっと教師にとって重要になってくるのではないでしょうか。生徒から求められる限り、教師が不要だということはないんです。