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安保関連3文書が閣議決定 「議論すべきは反撃能力ではない」元国連大使の危機感

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
臨時閣議に臨む岸田文雄首相(中央)。左は林芳正外相。右は高市早苗経済安保相
臨時閣議に臨む岸田文雄首相(中央)。左は林芳正外相。右は高市早苗経済安保相=2022年12月16日午後4時45分、首相官邸、上田幸一撮影

――岸田文雄首相は昨秋の就任時から国家安保戦略の改定を掲げ、その後、「防衛力の抜本的強化」「防衛費のGDP比2%」などを掲げてきました。首相はリーダーシップを発揮したと言えるでしょうか。

今回の3文書の改訂は、国際社会全般、とりわけ東アジアにおけるここ10数年にわたる構造変化に、「変化の苦手な日本」としてもついに対応せざるを得なくなった結果だと思います。これは、岸田文雄内閣の政策判断を遥かに越える問題だと捉えるべきです。

冷戦後の30年間、国際社会で巨大な地殻変動が起きてきたにも関わらず、我が国は、「精神的・政治的な引きこもり状態」を続けました。

国内におけるナショナリズムの高揚と、近隣諸国に対する否定的な姿勢を取ることで、国民的な政策議論から目を背けてきました。ずっと、「見たくないもの」から逃げてきたつけを払わざるを得なくなったということです。

そして、今年2月からのロシアによるウクライナ侵攻、今年だけで60発以上もミサイルを発射した北朝鮮を巡る中ロの国連対応への公然とした反対が、「日本の遅すぎた決断」の背中を押しました。 

2013年12月の旧国家安全保障戦略から10年近く経った今回の文書改定は、遅きに失した感はありますが、これまで意図的に目を背けてきた宿題をやっと提出したと言えるでしょう。

大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射成功に貢献した兵士に右手を上げて答礼する金正恩朝鮮労働党総書記と金総書記の娘
大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射成功に貢献した兵士に右手を上げて答礼する金正恩朝鮮労働党総書記と金総書記の娘(右)。日時は不明。朝鮮中央通信が2022年11月27日に配信した=朝鮮通信

――日本の国会は安全保障に関する議論がすぐに憲法論に流れる傾向があります。「どこまで戦うのか」「どこまで守るのか」という議論がなぜ、できないのでしょうか?

今回の文書を作るにあたっては、日本の直面する安全保障環境について、包括的でかつ詳細な議論、その議論を反映した文書の作成が重要でした。

「安全保障環境」とは、グローバルと地域の動向、情勢を論じるだけでは不十分です。「日本は自由民主主義国家として、アジアや世界の平和と秩序を維持発展させていくべきなのか」「どのように具体的な政策で実行するのか」についての議論が中心になるべきです。

しかし、報道を見る限り、中国ミサイルの日本の排他的経済水域(EEZ)への着弾、北朝鮮による前例のない頻繁なミサイル発射などを取り上げるばかりでした。

戦後に築き上げられてきた自由で民主的な国際秩序、人間の尊厳、人権の尊重などに挑戦する中国に対し、日本がどう対処するのかとうい本質的な議論がありませんでした。

こうした議論を広く国民に伝えることが、国民や「オピニオンリーダー」と称される人々の議論が、安っぽい媚中、嫌韓論議から抜け出すうえで最も必要でした。

「平和ボケ」「押し付け憲法」などというステレオタイプな非難こそ、真摯な安全保障の議論を圧殺し、適時・適切な対応を先送りする原因になりました。この傾向は今さらながら、強く自戒すべきです。

今回、議論が集中した「反撃能力」はあくまでも適正・適法な自衛権としての具体的な対応策で、まさに憲法及び国際法にのっとった武力の行使です。

議論するべき点は、脅威の実態についての分析と、それに対する実行力のある適切な対処は何であるのかを国民にわかりやすく説明することでした。

客観的な脅威分析と均衡の取れた防衛策を具体的に明らかにすることで、初めて国民全般の理解と支持が得られるでしょう。

安保3文書の改定などに反対する人たちが、衆議院第二議員会館の周辺に集まった
安保3文書の改定などに反対する人たちが、衆議院第二議員会館の周辺に集まった=2022年12月15日午後6時36分、東京都千代田区永田町、山本裕之撮影

――防衛力強化に反対する陣営も、「反撃能力は軍拡につながる」といった、昔ながらのステレオタイプの主張が目立ちました。

一部論者が「防衛力強化ではなく、外交力の強化こそが必要である」と主張していますが、これは「為にする議論」で、責任のあるコメントとは言えません。

日本は今、「ならずもの国家」のトップになり下がったロシアと、無法で核使用の脅しまで公然と語るプーチン・ロシアを支持して恥じない中国共産党体制、その庇護のもとに国民抑圧に狂奔する北朝鮮を直接の隣国として対峙しています。

この安全保障環境に鑑みれば、防衛力の格段の増強と日米安保の即応力の強化が必要不可欠であることは自明の事実です。

ロシア軍による民間人虐殺の疑いが持たれているウクライナのブチャ
ロシア軍による民間人虐殺の疑いが持たれているウクライナのブチャ。ウクライナの捜査当局は戦争犯罪があったとみて立件を進めている=4月、竹花徹朗撮影

外交力の強化はもちろん重要です。日本を含むアジアが直面する大きな挑戦に対し、日本はどのような具体的手段を取るのか、どんなコストを払う用意があるのか、明らかにすることが重要です。

日本は来年、主要7カ国(G7)の議長国と安保理非常任理事国になります。「この絶好の機会をむざむざ逃すのか」と思うと、あまりにも残念です。自分でアジェンダ設定ができることが、「米国の属国」という言われなき風評をぬぐい去る最善の方途だからです。

外交と防衛が両輪として機能することが大事であり、外交ありき、防衛ありきの問題提示は全く無意味です。

今回の閣議決定を受けて、中国・ロシア・北朝鮮の反発は極めて厳しいものとなると覚悟すべきです。「中国は今、日本との友好を求めているので、反応はそれなりにバランスの取れたものになるのではないか」といったコメントも目にしますが、専門家であれば、そのような安易な発言は控えるべきでしょう。  

――最近、安全保障の議論が、増税の議論に置き換わったような印象も受けます。

財源の議論はもちろん大切です。特に、国民に新たな負担を課すことになる「増税」をめぐる議論が行われることは健全な現象です。

ただ、報道の姿勢にも関わることですが、財源の議論に集中して、安全保障の本質的な議論が隅に追いやられるようなことがあってはならないと危惧しています。

――報道も「どんな装備が導入されるのか」「財源は何か」という視点に集中し、日本の安全保障戦略を語る報道がほとんどありませんでした。

私も長い間、安保問題に実務家として関わってきました。安全保障の議論が外部に漏れると、政府内部や国会で承認を得ることが難しくなるため、議論の途中で情報が出てこなくなるのです。

有権者は、報道を通じて得られる部分的な情報に基づいて理解、判断をせざるを得ません。「報道の自由」が民主主義の維持発展にとっていかに不可欠かと言うことです。

その意味で、政府とプレスの関係、プレスの報道姿勢や論点を伝えるための学習能力が極めて重要になります。

とりわけ、国際情勢は第二次世界大戦終了後、最も深刻なフェーズに入っています。多くの国でポピュリズムが跋扈(ばっこ)しています。

今日こそ、プレスに与えられた使命は決定的に重要です。プレスや個々のジャーナリストは、日々の仕事においてそれを体現すべく努力することを期待したいものです。