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ある中央銀行首脳は言った。「金の値段は、人智を信じるかどうかで変わる」

World Now 更新日: 公開日:
アメリカFRB(連邦準備制度理事会)のビル
アメリカFRB(連邦準備制度理事会)のビル=ランハム裕子撮影

ブレトンウッズを、一度訪ねたことがある。米東部ニューハンプシャー州。高原の緑の中を小川が縫い、白壁の美しいホテルが立っていた。1944年7月、連合国44カ国の代表は、このマウントワシントンホテルに集まった。金とドルを一定の比率で交換することや、国際通貨基金(IMF)の創設など戦後の通貨体制が固まった。協定が調印された「ゴールドルーム」は、暖炉と円形のテーブルがある、こぢんまりした部屋だった。

それから27年後の1971年、ニクソン大統領は、金とドルの交換の停止を宣言した。金という物質に通貨の価値を結びつける制度は、それ以降、出現していない。通貨と通貨の交換比率である為替レートも、自由に動くようになった。

ニクソンショックから40年。国境を超えた人やモノの流れは活発になり、世界全体としては経済成長を遂げてきた。それでも、通貨の価値が不安定さを増すとき、関係が断ち切られたはずの金に人々の注目が集まる。なぜだろう。

「信用」というあやふやなものを考えてみる。日本の1万円札の原価はいくらなのか。政府に尋ねると、紙代・印刷代などで17円だという。でも、私たちは、1万円は1万円の価値があると思われる食料品や電化製品などのモノに代えることができる。

9983円分は、虚構ともいえるが、それこそが信用でもある。紙幣は、みんなが信用しているから通貨として成り立ち、流通している。その信用は、政府や中央銀行がしっかりしなければ、容易に崩れ去る。

政府が国債を発行して借金を重ねる。借金を中央銀行が引き受けて、紙幣をどんどん刷り、極端なインフレになるという事態は、何度も繰り返されてきた。

第1次大戦後のドイツで起きたハイパーインフレは、よく知られている。日本も、戦費などにより政府の借金がふくれあがり、終戦直後、極端なインフレや預金封鎖を経験した。最近でもアフリカのジンバブエで、インフレ率が年2億%を超えたケースがある。

日銀の貨幣博物館を巡るのは興味深い。古くは稲や砂金が通貨として使われたことがわかる。金と銀が貨幣として両立した時代もあった。日本で初めての紙幣ができたのは1600年ごろで、中国に次いで古く、世界でも「先進国」だった。

その紙幣も発行者への信用がなくなると使われなくなった。金貨にしても、借金にあえぐ為政者は、金の純度を落とすという手段に出た。ときにそれは、社会の混乱を招いてきた。

通貨価値を、「純度の高い金」という生産量が限られるモノに縛り付ける。非合理だと断じることは易しい。だが、縛ることは、規律を保つことにつながる。人間は目先の楽を求め破綻(はたん)を招きがちだと自覚するからこそ、「金本位」への注目は生まれる。

金の価格は、過去10年あまり、高騰してきた。特に2008年の「リーマンショック」後の値上がりが激しいのは、ユーロやドルなどの主要通貨の信用が落ちたことと関係している。今後どうなるのかには、両論ある。

ユーロ圏に加え、日本の財政も破綻に近づけば円の信用もなくなり、金はさらに値上がりするとみる人たちがいる。投資目的に加え、宝飾品や工業素材としての金の需要が増える、との意見もある。一方で、値下がりを予想する人々は、いまの価格そのものが、実需より投機の部分が大きく、明らかなバブルであり、その崩壊は避けられないとみる。

バブルといえば、筆者がブレトンウッズを訪ねたのは2000年、米国のITバブルがはじけた直後の会議だった。現財務長官のガイトナーら米国の政府・中央銀行関係者も参加していた。

その後、米国は、金融緩和をやりすぎて、住宅バブルを創り出す。その住宅バブルがはじけたあとの長期停滞からなかなか抜け出せない。日本の土地投機を含め、バブルは過去20年あまり、世界で頻発している。不況克服のために金融を緩和し、また不況を繰り返す。そのマネーが金市場にどの程度流れ込むかに、金価格も左右される。

2000年のブレトンウッズの会議には、元財務官の行天豊雄もいた。

行天は、かねて、マネーの動きが実態経済を振り回すような世界の構造を危ういとみていた。だからこそ、安定した「金本位制」に回帰する議論は、いつの時代も起きるという。

実際に金本位制に戻れるわけではない。膨れあがった世界のマネーを全て金で裏付けようとしたら、金の価格はとんでもなく高くなる。経済成長にともなって必要とされる通貨の供給も、柔軟にできなくなる。

「子供は大きくなりすぎて、服があわなくなってしまった。たとえ懐かしくても、いまさらその服は着られない」と行天は言う。

強引に金本位制に戻ろうとすると、世界中が大変な不況に陥り、失業に苦しむ人々が激増する可能性が高い。かといって、今の不安定すぎる世界経済も問題である。マネーの暴走をコントロールする試みは、今後も続くだろう。バブルをふせぐために金融業を規制する。為替変動に一定の枠をはめる。国際間の資本取引に税をかける――。どれも、予想される副作用と天秤にかけながらの作業である。

ある中央銀行の首脳から聞いた言葉を覚えている。「金の値段は、人智を信じるかどうかで変わる」

人間が作ってきた政府・中央銀行、地域の共通通貨といった制度のきしみは深刻になりつつある。ただ最後には人間の知恵が勝り、課題を克服できるとの安心や信用が広がれば、金価格は落ち着くだろう。逆に、世界が混乱するという悲観論が高まれば、金価格はさらに上昇していくだろう。

「信用」とは、大事だが壊れやすいもの。世界の「信用度」の上がり下がりを逆さまに映し出し、時に警告を発してくれるのが「金」なのではないか。