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ロシアは中国とともに米ドル依存からの脱却を目指す

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:

バイデン政権下の米・中・露関係の注目点

米大統領選でバイデン当確が伝えられた直後に、「ロシア国際問題評議会」のサイトに掲載された共著論文に目を通してみたところ、米・中・露の関係力学に関する次のようなくだりに興味を覚えました。

「中国が、既存のグローバル通商・金融体制から、引き続き利益を得ていることは確かである。しかし、ロシアも中国も、アメリカが支配する国際秩序には満足していない。ワシントンの政策が、ロシアと中国の接近をもたらしている。アメリカは、ロシアのウクライナへの対応に対し制裁を適用しており、中国の新疆ウイグル自治区でのウイグル人迫害に対しても最近制裁を導入した。これらのことがロシアと中国を団結させ、米ドルの支配するグローバルな金融システムに代わる新たな体制の構築に向かわせている」

中国が米ドル依存から脱し、人民元の国際化を推進しようとしていることは、良く知られています。実は、ロシアもしばらく前から、「脱ドル化」の課題を国是として掲げるようになりました。世界の米ドル支配に挑戦するという点で、中露の利害は一致しているわけですね。米バイデン政権下で焦点になる可能性もありますので、今回のコラムではロシアから見た米ドル依存脱却の問題について論じてみたいと思います。

アメリカの制裁が引き金に

米ドルは世界の基軸通貨であり、それに依存してきたのはロシアだけではありません。世界の貿易取引の半分近くは、米ドルによって決済されています。アメリカ自身の貿易取引は全世界の10%程度にすぎませんので、アメリカとは関係ないA国とB国の取引の多くも、米ドルを介して行われているということになります。

ロシアも、近年までは米ドル利用を甘受していました。その状況を大きく変えたのが、2014年以降のウクライナ危機を背景としたアメリカによる対ロシア制裁です。特に2018年4月に打ち出された制裁措置は、ロシアの大物の政商、政府高官、軍事・治安幹部、そしてアルミニウム大手のルサール社等を対象としたものであり、ロシアの政財界を慌てふためかせました。場合によっては、世界最大規模のアルミ会社であるルサールが、ドル取引ができなくなる恐れが出てきました。

米ドルはいわば世界経済の金融インフラであり、ドル取引へのアクセスを遮断できることは、ひとりアメリカのみが持つ特権です。プーチン大統領は、アメリカがドルを政治的武器として使っていると非難しました。

こうした状況を受け、プーチン政権はまず、外貨準備の構成を見直します。外貨準備を担当するロシア中央銀行は、政府から独立した機関とはいえ、さすがにプーチン政権の戦略には歩調を合わせます。ロシア中央銀行の金・外貨準備では、従来は半分近くを米ドルが占めていましたが、2018年第2四半期にロシア中銀は米国債を集中的に売却し、それに代わってユーロ、人民元などの比率を拡大しました。上図に見るとおり、ロシアの金・外貨準備の中身は、2018年の1年間で一変しました。

ただし、ロシアとしても米ドルによる外貨準備をすべて手放すつもりはなく、一定比率を残す意向です。上図に見るとおり、2019年には米ドルの比率はむしろ若干回復し、2020年の年初時点で25.0%となっています。おそらくこれは2019年に米ドルのレートが他の通貨に対しわずかながら上昇した結果でしょう。

なお、図に見る「その他通貨」には、日本円も含まれています。2019年6月末時点では、日本円が3.7%だったとのことです(他にはカナダ・ドル、オーストラリア・ドルなど)。

もう一つ、現在ロシア当局が米ドル依存の軽減を図っているのが、「国民福祉基金」です。以前、「ロシアは少なくともあと2年は財政破綻しない」で解説したとおり、ロシアでは石油価格の一定の基準を設けており、油価がその基準を上回り発生した追加的な石油・ガス収入は、国民福祉基金に自動的に繰り入れられます。逆に、油価が基準を下回り、国家予算に計上されていた石油・ガス収入が確保できなかった場合には、不足分が国民福祉基金から補填され、歳入欠陥が生じないようになっています。

国民福祉基金は、米ドルをはじめとする複数の通貨で運用されているのですが、ロシア政府は今年に入ってその通貨構成の見直しに着手し、4月に人民元建ての資産をポートフォリオに追加することを決定しました。

ただし、ここには一つの問題があります。人民元は、中国当局が人為的な通貨安政策をとっていると疑われている通貨です。そうした通貨で資産を持っていると、時間とともに目減りしてしまう恐れがあります。外貨準備も、国民福祉基金も、国家と国民を守るための大切な備えであり、通貨構成を多角化する必要は理解できるにせよ、人民元のような通貨に投資していいのかという議論が、ロシアの有識者から提起されています。

貿易面での変化

さて、上で見た外貨準備と国民福祉基金は、国が方針を決めることですので、「脱ドル化を図りたい」というプーチン政権の意向をストレートに反映させやすい分野です。それに対し、貿易取引は、基本的には個々の取引主体が決済通貨を決めますので、そうおいそれと脱ドル化は進みません。

上掲の2つのグラフに示したとおり、ロシアの財(商品)・サービスの輸出入におけるドル決済の比率は、ここ何年かで低下傾向にはあります。特に、ロシアの輸出の側では、もともと米ドルの比率が圧倒的に大きかった分、着実な低下が見て取れます。

ロシアの輸出決済通貨として、米ドルの比率がどうしても大きくなるのには、構造的な原因があります。ロシアの輸出は圧倒的に石油・ガスをはじめとするエネルギー・資源に偏重しています。そうした品目は、ドルで国際相場が決まるので、慣例的にドルで取引されることが圧倒的に多いのです。

それでも、一部の石油取引は米ドルからユーロに移行しています。2018年から、ロシア最大手のロスネフチ社は輸出契約のすべてを、ノヴァッテック社も大部分を、ユーロ建てに変えたということです(ともにプーチンに非常に近い会社ですね)。EU諸国との契約だけでなく、中国との石油契約もユーロにシフトしつつあると伝えられます。また、天然ガスのガスプロム社は子会社を通じて、2019年3月に初めてルーブル建てでガスを西欧市場に販売しました。

一方、下の2つのグラフは、輸出入の相手国別に、決済通貨の内訳を示したものです。

ロシアと中国は、2018年6月の首脳会談で、二国間の貿易・投資・金融等においてロシア・ルーブルと人民元の利用を拡大していくことで合意しました。中露貿易で米ドルが使われる比率は、実際にも低下しつつあります。しかし、ロシア側の輸出においては、ドルに代わってユーロが選択される傾向があります。輸出・輸入とも、人民元(グラフでは「その他の通貨」となっている)の利用は一定程度広がっていますが、ロシア・ルーブルの利用はまだ限定的です。

注目されるのは、ロシアからインドへの輸出でルーブル建てが顕著に伸びていることであり、2020年上半期には61.5%に達しました。ロシアの対インド輸出は軍事や原発関連などのデリケートな品目が多く、アメリカによる制裁のリスクを回避するためにルーブル建てが主流になってきたということです。

一番期待しているルーブル建てが伸びない

ロシアの貿易取引に占めるルーブル決済の比率は、輸出入を合計すると、2019年の時点で22%ほどです。ロシア経済発展省では今後数年間で、これを30%にまで高めたいとしています。しかし、前掲のグラフを見ても、ここ何年かルーブル建ての比率はほぼ横ばいです。ドル依存の脱却はある程度進んでいるものの、増えているのはユーロ建てや人民元建ての取引であり、自国通貨のルーブル建ては思うように普及していません。

ロシアの最大の貿易相手国は中国であり、中国との取引でルーブル決済が増えない限り、30%という目標の達成は不可能と指摘されています。しかし、今のところ中国側の反応は煮え切らないようです。ロシアの政策担当者としては、中国と手を携えて米ドル覇権に挑戦する決意で、その一環として中露貿易のルーブル・人民元シフトを打ち出したのに、実際に増えているのは人民元ばかりであり、釈然としない思いでしょう。

結局、現時点でルーブル取引が主流となっているのは、(上述の対インド輸出のような特殊な事例を除けば)ユーラシア経済連合の域内だけです。ユーラシア経済連合は、ロシアが主導する旧ソ連域内の5ヵ国経済同盟であり、国際的にはマイナーなロシア・ルーブルも、地元ユーラシア市場では負け知らずなわけですね。

国際貿易取引でロシア・ルーブル建てが敬遠される最大の原因は、ルーブルの為替レートが激しく変動しすぎる点です。ルーブルは2014年11月から完全フロート制に移行しており、ロシア当局は介入を行っていません。このことは、ルーブル高やルーブル安に人為的に誘導していないという意味では健全ですが、その代償として為替の乱高下がしばしば発生しています。ルーブルが国際的な信認を得るためにも、自由フロート制は見直すべきだという主張が、一部の識者によって唱えられています。