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NYT Magazineから

「謝罪しない」という愛国




「謝罪しないアメリカ人 (Unapologetically American)」。極右によるニュースサイト「ブライトバート」が販売するTシャツには、こんな文字が躍っている。まるで、ほかのTシャツを着ている人間はこの国を愛していない、とでも言わんばかりだ。


フェイスブック上で、イスラム教徒は「人食いバクテリア」だ、「一人残らず」殺せと言い放ったミシガン州カルカスカの村長、ジェフ・シーティングもTシャツの愛用者の一人だろうか。 投稿について謝罪するつもりかと尋ねられて、彼は言った。「私は誰にも謝る必要はない。(言論の自由などを定めた)憲法修正第1条の権利を行使したまでだ」 トランプや彼の陣営にしても、謝罪を拒むだけでなく、そもそも謝罪するような出来事は起こっていないと断言する。


ロシア人弁護士と密会したトランプ・ジュニアが、密会前のメールを公表した際のツイッターを見れば、彼がいかに「謝罪しない」人なのかがよくわかる。 トランプ時代、こういった「開き直り」ともとれる姿勢から垣間見えるのは、規範の軽視や協定の離脱、さらに、国際関係を危機にさらすことや、嘘をつくことを何ら恥じることはない、という境地だ。


その考え方に立てば、オバマが大統領としてやってきたことは、国を代表して謝罪し続けることに見えたかもしれない。イスタンブール訪問時に「どんな国もそうであるように、アメリカは過ちを犯してきたし、弱い部分もある」と語ったオバマにとって、謝罪とは時として正当な行いであり、屈辱を伴わないものだった。


だが、ナショナリストや保守主義者がその謙虚さを弱腰とみなし、常に後ろめたさを抱えているようなオバマ像をつくってきたことで、「謝罪しない」トランプこそが男らしく、「アメリカ的」と映るようになった。 「謝罪しない」人々は過去も現在も気にかけず、あらゆる責任を放棄する。一方、同じ「unapology」にも、全く別の意義深い考え方がある。


例えばビヨンセは、自分のルーツであるアメリカ南部と、自分の家系に伝わる容姿が大好きだと歌い上げる。


「パパはアラバマ、ママはルイジアナ出身で/クレオールとニグロを混ぜたらテキサス娘が生まれたの/娘が受け継いだアフロの髪が好きだし/ジャクソン5みたいな私の鼻の穴も好き」(『フォーメーション』2016年)


ファンタジーに浸らず、現実と向き合っている彼女は「堂々と胸を張る黒人(Unapologetically black)」といえるだろう。鼻の穴は普通小さいもの、とする社会に対して、ビヨンセは自身の「大きい鼻の穴」が好きだと宣言してみせたのだ。


(次ページへ続く)

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