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日本が援用すべき中国の「自衛兵器による専守防衛的戦略」

軍事社会学者 北村淳 #28





中国はわずか4年ほどで南沙諸島に七つの人工島を誕生させた。そのうちのファイアリークロス礁、スービ礁、ミスチーフ礁のそれぞれには3000メートル級滑走路が建設され、国際社会が北朝鮮情勢に目を奪われている間に、航空基地化が着実に進んでいる状況である。


アメリカのFONOPが中国の人工島軍事化を強化する


このような中国による南沙人工島の軍事拠点建設の伸展に対して、アメリカは公海航行自由原則維持のための作戦(FONOP)を断続的に実施する程度で、軍事的威圧を含む強硬姿勢を示すことは、トランプ政権下においても差し控えている。


しかしながら、現実にはさして軍事的脅威を受けているとはいえない米海軍のFONOPに対して「中国固有の領域に対する深刻な脅威である」と中国は反駁している。そして「中国の主権を守るための自衛措置」と称して、レーダー施設を設置したり、軍用機用の格納庫や掩体(戦闘機などを爆撃から防御する強固な収納施設)を建設したり、戦闘機や軍艦を展開させたりと人工島の武装を急速に強化させつつある。


そして本年4月下旬には、3000メートル級滑走路が設置された三つの人工島に、地対艦ミサイルシステムと地対空ミサイルシステムが設置されたのが、米軍情報筋によって確認された。


「完全に自衛的な兵器」


人工島基地に持ち込まれた地対艦ミサイルは最新鋭のYJ-12Bといわれている。すなわちファイアリークロス礁、スービ礁、ミスチーフ礁それぞれから400km沖合の艦船を攻撃することが可能となるのである。また、それらの海上航空基地に設置された地対空ミサイルは最大射程距離200kmのHQ-9B対空ミサイルと考えられている。ただし、5月11日、中国がロシアに発注していた史上最強といわれているS-400地対空ミサイルシステムを中国軍が手にしたことが確認された。もしS-400が南沙人工島に配備されたならば、それら人工島基地から半径400kmの海上とその上空では、中国軍が軍事的優勢を手にすることになる。


このような中国の動きに対して、アメリカ側は危惧の念を表明しているが、それに対して中国当局側は、「地対艦ミサイルシステムや地対空ミサイルシステムは、完全に自衛のための兵器である。中国が中国の領土を防衛するために自衛的兵器を配備して、自らの主権を守ることはいかなる国家にとっても当然の権利である」「そもそも、自衛兵器である地対艦ミサイルや地対空ミサイルに対して危惧の念を表明するということは、アメリカが中国領土に対して軍事力で威嚇しようとしているからである。中国領域に侵攻を企てないかぎり、それらの自衛兵器が脅威になるということはあり得ない」といった反論を加えている。


地対艦ミサイルシステムや地対空ミサイルは、敵の艦艇や航空機が射程内に侵攻してくるのを待ち受けて、万が一そのような侵攻という事態が発生した場合に、はじめて侵入者である敵艦艇や敵航空機に対してミサイルを発射する仕組みになっているため、たしかに中国当局が主張するように"完全に自衛的な兵器"であると考えることが可能である。


中国の防衛戦略


中国軍は、主たる仮想敵であるアメリカ軍(とその同盟軍)が第二列島線(小笠原諸島からマリアナ諸島を経てニューギニアに至る島嶼ライン)を越えて中国に侵攻してきた場合、まずは海軍艦艇や航空機(海軍・空軍)を西太平洋に繰り出してアメリカ侵攻軍が第一列島線(九州から南西諸島、台湾、フィリピンを経てマレーシアへと至る島嶼ライン)に到達するのを阻止し、もし敵侵攻軍が第一列島線を突破して東シナ海や南シナ海(そしてそれらの上空)に侵入した場合には、中国本土沿海部や海南島、西沙諸島や南沙人工島などに設置された地対艦ミサイルシステムと地対空ミサイルシステムによって、アメリカ侵攻軍を壊滅させて中国領域への外敵の接近を断固阻止する、というのが中国の防衛戦略(積極防衛戦略、米軍では接近阻止・領域拒否戦略と呼ばれている)の基本的流れである。


中国軍が打ち出している列島線(白:日米海軍拠点、赤:中国海軍拠点 筆者作成)




この防衛戦略を実施するため、中国は海洋戦力ならびに各種長射程ミサイルシステムの開発に努力を傾注してきた。とりわけ様々な対艦ミサイル(艦艇発射型、航空機発射型、地上発射型)を次から次へと生み出しており、いまだ中国以外の誰もがなしえていないと自ら豪語してはばからないDF-21D対艦弾道ミサイルを含むさまざまな地対艦ミサイルを生み出している。それらの中には、世界最強の地対艦ミサイルの一つである上記YJ-12Bも含まれている。一方の地対空ミサイルの分野では、いまだ世界最強のシステムを生み出しているとはいえないが、ロシアからS-300やS-400といった強力な地対空ミサイルシステムを調達している。


このようにして、中国軍は、地対艦ミサイルや地対空ミサイルを主軸として敵侵攻部隊の接近を阻止するための態勢を固めている。そして、中国本土からは1200kmほど離れた南沙諸島の人工島にも、外敵海洋戦力(主敵はアメリカ海軍空母打撃群)の接近を阻止するために「完全に自衛的な兵器」である地対艦ミサイルシステムと地対空ミサイルシステムを配備したというわけである。


日米が援用すべき中国の防衛戦略


アメリカ海洋戦力が中国本土に接近するのを阻止する態勢を固めるための中国の戦略こそ、東アジア地域における対中海洋戦力の弱体化にあえぐアメリカ軍が援用する戦略である、と少なからぬアメリカ軍戦略家たちは考えはじめている。すなわち、フィリピンやマレーシアなど南シナ海沿岸にミサイルバリアを築いて、中国海洋戦力を南シナ海に封じ込めてしまおうというわけである。


そして東シナ海におけるミサイルバリア戦略こそは、憲法第9条を振りかざして「専守防衛」という国際軍事常識からすると奇妙な方針を金科玉条にしている日本が、中国の軍事的脅威と対決するために構築すべき極めて現実的な防衛方針ということができるのだ。


すなわち、中国が領有権を主張している尖閣諸島や、尖閣諸島に引き続き「歴史的に中国の支配領域であった」と主張することになるであろう先島諸島や沖縄諸島などに、地対艦ミサイルシステムや地対空ミサイルシステムを数多く設置することにより、中国軍の艦艇や航空機が日本の領域である琉球諸島に接近できない態勢を固めるのである。


南西諸島のミサイルバリア(各円は地対艦ミサイル射程圏200kmを示す 筆者作成)




"自衛兵器"による"専守防衛"的戦略


このようなミサイルバリアを構築して中国の軍事侵攻の意図を挫く「接近阻止戦略」は、中国当局が主張しているとおりに「完全に自衛的な兵器」である地対艦ミサイルシステムと地対空ミサイルシステムが主戦力となるため、憲法9条を修正せずとも、そして専守防衛に関する苦しい解釈をせずとも、現時点においても即刻採用可能な防衛戦略ということができる。


そして日本は、それらの"自衛兵器"を輸入に頼らず、自ら製造して調達することが可能なのである。すなわち日本は、かつてソ連軍による北海道侵攻に備えて高性能地対艦ミサイルシステム(88式地対艦誘導弾)を生み出しており、現在はその改良型(12式地対艦誘導弾)を作り出しているのである。また、地対空ミサイルシステムに関しては、S-400のような長射程対空ミサイルこそ手にしていないが、百発百中と言われる高性能を誇る中距離地対空ミサイルを日本自身が製造している。


以上のように、「中国の主権的領域を防衛するために、"自衛兵器"である地対艦ミサイルと地対空ミサイルによるミサイルバリアを構築して外敵の接近を阻止する」という"専守防衛"的戦略を、そっくりそのまま「日本の主権的領域を防衛するために、"自衛兵器"である地対艦ミサイルと地対空ミサイルによるミサイルバリアを構築して外敵の接近を阻止する」という"専守防衛"的戦略として援用することにより、中国の東シナ海制覇の軍事的野望を抑止することになるのである。








(次回は5月30日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん




1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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