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プーチン政権長期化で「失われた希望」~『ラブレス』

東京でインタビューに答えるアンドレイ・ズビャギンツェフ監督=越田省吾撮影


シネマニア・リポート Cinemania Report [#87] 藤えりか


プーチン政権の長期化で、ロシアは変化への希望を失った――。そんな問題意識をにじませたロシア映画『ラブレス』(原題: Нелюбовь/英題: Loveless)(2017年)が7日、公開となる。3月の大統領選でプーチンは圧勝の通算4選を決めたが、それまでロシアの人たちの間で何が変わり、変わらないのか。今作でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したアンドレイ・ズビャギンツェフ監督(54)に東京でインタビューした。


『ラブレス』の主役は、モスクワで美容院をきりもりするジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク、33)と大手企業勤めのボリス(アレクセイ・ロズィン、40)の「ひどすぎる夫婦」だ。寒々しい2012年秋、離婚協議を進める中、12歳の一人息子アレクセイ(マトベイ・ノヴィコフ)を押しつけ合い、互いをののしる。ジェーニャには裕福な男性の、ボリスには妊娠中の若い女性の愛人がすでにそれぞれいて、新たな生活を早く始めたがっていた。そこへアレクセイが失踪。警察はあてにならず、地元のボランティア捜索隊が総出で探すが、それでも夫婦はすさんだ気持ちをぶつけ合い続ける。

『ラブレス』より ©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

物語は2012年に始まり、2015年へと続いてゆく。なぜこの時代なのか。ズビャギンツェフ監督に聞くと、「ある種のクライマックスのような時期。ロシアはこの時、希望を失った」と返ってきた。


2012年は、ロシアでプーチンが大統領に返り咲いた年。プーチンは2000年から大統領を2期務めたが、連続3選を禁じる憲法を前に当時の首相メドベージェフに大統領職を一時譲り、それでいて首相として権力を握り続けた末に、メドベージェフと交代する形で大統領に復帰した。2014年にはウクライナ南部クリミア半島を併合。これによりロシアの排他的な愛国心があおられ、プーチンは長期政権への求心力を高めていった。

『ラブレス』より ©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

ズビャギンツェフ監督は言う。「かつては社会に希望があった。いい方向に変化すると信じることができた。例えば企業を設立すれば発展を期待できたし、暮らしや社会の住みやすさは今後よくなると思うこともできた。子どもたちには未来があるだろうと信じることもできた。そういうものの見方がまったく変化させられ、よりよい変化を信じることなどできなくなった。ロシアの政治の雰囲気や、人々の魂あるいは精神状況が変わり、パラダイムが変わってしまった。政治制度がよい意味で変わるとは思えなくなり、代わりに無関心が訪れ、とりわけ社会に積極的に変化を求める人たちが茫然自失とする状況になった」


そうしてズビャギンツェフ監督は補足した。「長い歴史全体でみればよくある現象かもしれないが、せいぜい半世紀あまりしか生きない短い存在の人間一人ひとりにとっては、重要なできごとだと言える」

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督=越田省吾撮影

ボリスは上司が敬虔なクリスチャンで、離婚が知られれば左遷かクビになりかねない、と極度に恐れている。宗教が暮らしにどんどん圧を加える流れが、ロシアで出てきているということだろうか。そう水を向けると、ズビャギンツェフ監督は「そう、実際に、教会や宗教が市民の生活に強く介入している状況がある。あの上司にはモデルがいる」。監督によると、モスクワ近郊のある牛乳会社のオーナーが以前、従業員に「夫婦は全員、ただちに神の前で結婚式を挙げよ」と言ったそうだ。理由は、ある夏に泥炭が燃えてものすごい煙が一帯を覆い、多くの人がモスクワを出て南部へ逃げるほどの事態となったため。ズビャギンツェフ監督は「当時は『エレナの惑い』の編集作業のまっただ中でどこにも行けなかった。家にはエアコンもなくて息もできないほどだったから、事務所に缶詰めになっていた」と振り返るが、「オーナーはそれを神の呪いだとして、呪いを解くため従業員に教会での結婚式を求めた」とのことだ。


ズビャギンツェフ監督は言う。「これは完全に、市民の権利の蹂躙。ロシアは今のところ、宗教が国家的になっていない社会だが、これからどうなるかわからない。ロシアでは、信者の感情への侮辱罪が法的に定められ、それによって訴追された人たちも実際に出ている」

『ラブレス』より ©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

劇中、ロシアの放送局によるウクライナをめぐるニュースがラジオから何度か流れてくる。ロシアの視点に立った、まるでプロパガンダ的な報道だ。一方、それを耳にするジェーニャとボリスの夫婦はスマホなどをいつも手放さず、プロパガンダ以外の情報だっていつでも手に入れられるように見える。このギャップが、モスクワのひとつの現実ということだろうか。



(次ページへ続く)

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