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『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』 「ごく普通の女性」がヒーローになる

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
記者会見に臨むジェシカ・チャステイン=関田航撮影

「力も名声もない私には、立ち上がるなんて無理」。ハリウッドのワインスタイン問題に端を発する性的被害告発の輪「#MeToo」運動が広がっても、そう思う人は日本に、いや米国にもなおたくさんいる。でも「ごく普通の女性」こそ、新たなヒーローとなりうるのだ――。俳優ジェシカ・チャステイン(40)はそんなメッセージとともに、公開中の『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』(原題: The Zookeeper’s Wife)(2017年)に主演した。女性をめぐる問題に発言を重ねるジェシカに、記者会見で質問した。

『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』より ⓒ 2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

今作の物語はナチス・ドイツのポーランド侵攻を間近に控えた1939年から始まる。ジェシカ演じるアントニーナ・ジャビンスカは夫ヤン(マイケル・マケルハットン、54)とともに、当時欧州一の規模を誇ったワルシャワ動物園を営み、動物たちを慈しんできた。だが独ソ不可侵条約が結ばれ、ドイツはポーランドに侵攻、動物園も砲弾を浴びる。ヒトラー直属の動物学者ヘック(ダニエル・ブリュール、39)から「希少動物を預かりたい」との申し出を受けるが、結局は多くの動物たちが撃ち殺される。そんな中、ユダヤ人が連行されるさまを目の当たりにし心を痛めたアントニーナは、動物園をドイツ軍向けの養豚場にしてナチスへの協力姿勢を示しながら、危険覚悟でユダヤ人たちを地下に匿うことを決めるーー。

ちなみにヘックを演じたダニエル・ブリュールは、ヴァンサン・ペレーズ監督(53)の『ヒトラーへの285枚の葉書』で、ゲシュタポの理不尽な命令と、良心との間で苦悩するエッシャリヒ警部を演じている。

ジェシカ・チャステイン=関田航撮影

11月に来日したジェシカは、東京での記者会見で語った。 「この物語でとても心動かされたのは、ごく普通の女性であるアントニーナが、ユダヤ人300人を救ったヒーローとなったいうこと」

ジェシカは役作りに際し、今もワルシャワ動物園に現存するユダヤ人の隠れ家を訪ね、彼らが通った地下やトンネルを目にした。アントニーナは危険を察知するとピアノでオッフェンバッハの喜劇歌曲を奏でてユダヤ人たちに合図を送ったが、そのピアノもジェシカは実際に見てきた。さらに、ユダヤ人強制収用所の跡地にあるアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館にも足を運んだ。ジェシカは言う。「ワルシャワ動物園で、ジャビンスカ一家が人々に与えた希望や思いやりを感じた一方で、アウシュヴィッツでは人間の極めて暗黒で敵意に満ちた悲しい側面を見た。つまり私はポーランドで、人間の二面性について心に迫る経験をした。とても胸がいっぱいになった」

『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』より ⓒ 2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

アントニーナの娘テレサからも当時の話や母の思い出を聞いたジェシカは、こうも語った。「アントニーナは『宗教や人種・民族、出自に関係なく、誰だって助けたい。ドイツ人が迫害されていたならドイツ人を救っただろう。それが正しいことだから』といったことを言っていた。難民となったユダヤ人に、アントニーナは住む場所や安全な避難場所を提供した。この映画によって願わくば、他の見知らぬ人たちや、違う宗教を信仰する人々、外国から来た人たちを誰も恐れたりしないようになればと思う。この映画は間違いなく、世界で今起きていることとつながっていると思う」

ジェシカはアントニーナについて、「ヒーロー」という表現を多用した。

ジェシカ・チャステイン=関田航撮影

女性で「ヒーロー」と言えば、例えばシネマニア・リポート[#59]で取り上げた『ワンダーウーマン』 が思い浮かぶ。身体的能力がずば抜けた史上初の女性スーパーヒーローの実写化として画期的だったが、ジェシカの言わんとするところは、そのさらに先を行く。「メディアではよく、武器をもって戦うことで人々を救うヒーローばかりが称えられがち。でもアントニーナはごく普通の女性として、愛と思いやりで人々を救った。ものすごく女性的であり、そして非常に強い。女性らしさと強さは別物である必要はない。それは2017年を生きる私たちにとって良きモデル。ヒーローとは何か、今作は再定義している」

『わたしは、幸福(フェリシテ)』より、フェリシテ役のヴェロ・ツァンダ・ベヤ © ANDOLFI – GRANIT FILMS – CINEKAP – NEED PRODUCTIONS - KATUH STUDIO - SCHORTCUT FILMS / 2017u

ジェシカはさらに言葉を継いだ。「彼女がごく普通の女性として、他者を助けるため何でもしたことに私は元気づけられた。世界で今起きていることを考えても、感動的なこと。彼女は自身や家族の命の危険を冒してまで正しいと思うことをし、300人の命を救った。つまり多くの人たちの人生を変えるのに、政治家や著名な俳優、あるいは何らかの職業に就いている必要はない。アントニーナは愛情と思いやりをもって見つめ、生きとし生けるものすべてを天からの贈り物または奇跡だと考え、世界を救った。この映画を見た人たちが、彼女と同じように行動したいと思うようになってくれればと願っている」

行動するのに、政治家や著名な俳優である必要はない――。アカデミー賞にも2度ノミネートされた著名俳優として女性やマイノリティーの地位などについて発言を重ねる彼女だからこそ、逆に強調したいことかもしれない。

ジェシカ・チャステイン=関田航撮影

ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン(65)による数多くの性的被害が明るみになってまもない10月上旬、ジェシカは「私は当初から警告を受けていた。こうした話はどこにでもあった」とツイートした。するとリプライ欄には「じゃあなぜその時に言わなかったのか」との非難が書き込まれた。ジェシカは「なぜ女性にばかり声を上げるよう求めるの?」「男性は自分自身の行いを見つめるのが怖いのでは」とさらに書き込んだ。最近は、女性の低賃金問題についても問題提起するツイートをしている。

『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』より ⓒ 2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.

性的被害への告発の輪はさまざまな業界や国・地域へと広がり、「#MeToo」運動として盛り上がっている。詳しくは米国人プロデューサー、ブルース・ナックバー(56)と考えたシネマニア・リポート[#74]を参照いただければと思うが、日本でもブロガーで作家のはあちゅうさん(31)が実名とともに過去の被害を告白、他にも被害を訴える人が徐々にながら増えてきた。案の定というべきか、ネットでは反動的な中傷も巻き起こり、「やっぱり自分には無理」「はあちゅうさんは著名人だから声を聞いてもらえる」という声もツイッターなどでは依然目立つ。

私はジェシカに、記者会見で質問した。「日本ではまだまだ、声を上げるのが難しいと感じる人たちがいる。米国ほどの『ワインスタイン効果』はない。どうしたらいいと思うか」

ジェシカ・チャステイン=関田航撮影

ジェシカはこの質問を待ってましたとばかりに、にこやかに答えた。「今は誰もが意見を発信できるプラットフォームを持っている。米国ではだからこそ、性的被害が公表されるようになった。ハリウッドでこの問題が明らかになってからというもの、ソーシャルメディア上で女性たちは、議論がうやむやになって埋もれてしまわないようにと発信を続けた。それに対してあなたも支持を示せば、他の女性たちも安心して声を上げ、何が起きたか語れることと思う。どんな性でも人種でも、どんな性的指向があっても、自分について語る手段が開かれている未来。それこそが、性的被害について語る手助けになるものと信じている」

背中を押された気持ちになった。ソーシャルメディアの発達で、誰もが意見を発信する手段を持つようになったとはいえ、大手メディアにいる私たちが個人でたたかう彼女たちにばかり任せていいわけがない。そう思い、記者会見後に私は、朝日新聞紙面向けに原稿を書いた。まだ載っていないが、掲載に至ればみなさんと一緒に、もちろん男性も交えて、考えたいと思う。声を上げたい、行動したいと思う「ごく普通の女性たち」が、日本でも不安なしに声を上げられるようにしていくためにも。

『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』より ⓒ 2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.