物語は第1次世界大戦のさなか、女性だけのアマゾン族が暮らす島セミッシラから始まる。一族の王女ダイアナ(ガル・ガドット、32)=ワンダーウーマンは、叔母のアンティオペ将軍(ロビン・ライト、51)に鍛えられ、身体能力も知性も磨き上げられていた。そこへ米国人大尉スティーブ・トレヴァー(クリス・パイン、36)の小型飛行機が不時着。海から救い上げた彼からドイツ軍の毒ガス兵器開発計画を聞かされ、ダイアナは計画を阻止して戦争を終わらせようとスティーブとともにロンドンへ。その後、彼の協力者も伴い、戦地ベルギーへ向かう。
原作は1941年に誕生した米DCコミックスの女性スーパーヒーロー。これまでテレビシリーズ(1975~79年)やアニメ映画などは作られてきたが、主役に据えての実写映画化は初めてだ。ハリウッド大手スタジオ「ワーナー・ブラザース」傘下のDCフィルムズなどが製作、ワーナーが配給。米国の興行収入データベースサイト「ボックスオフィスモジョ」によると、6月に米国で公開されるや、興行収入は最初の週末で1億325万ドルと、女性監督史上で過去最高に。世界的にも計8億ドルを突破する大ヒットとなっている。
今作の構想は1996年にさかのぼる。その後、他の俳優の主演や監督の案が浮上・内定しては変更となり、長引いた。『モンスター』(2003年)でシャーリーズ・セロン(42)にアカデミー主演女優賞をもたらしたジェンキンス監督へのオファーが最終決定となっての映画化だが、なぜ21年もの長きにわたったのだろう? ジェンキンス監督に尋ねると、「ただ恐れていただけだと思う」という答えが即座に返ってきた。「スーパーヒーロー映画はこれまで主に、男性の観客に支持されてきたジャンル。女性のスーパーヒーローなんてとても支持されない、興行収入が稼げないのでは、と恐れたのだと思う。でももはや、興行収入は男性だけでなく、あらゆる人たちによって動く時代。ワーナー・ブラザースも、こうした映画を出す自信をついに持てるようになった」。女性観客が増え、女性の監督や役柄の少なさがメディアなどで取りざたされるにつれ、ビジネスの定説も覆せたということか。
原作が誕生した1941年は、「スーパーマン」や「バットマン」など力強い男性のキャラクターが人気を博していた。そこへ、発明家で心理学者の故ウィリアム・マーストンが「コミック本の潜在的教育効果」を唱え、読者層を広げたいDCが教育コンサルタントとして委託。マーストンは妻のアイデアなども踏まえ、「少年や少女があこがれる女性のスーパーヒーロー」を創造した。マーストンはハーバード大学の学生だった頃、英国で女性参政権運動を率いた故エメリン・パンクハーストに会って触発されたとも伝えられる。今作の劇中、ロンドンの軍事会議に乗り込んだダイアナが「女性がこんなところへ」と不快感を表される場面があるが、パンクハーストの思いと響きあうかのようだ。
アメコミの女性スーパーヒーローといえば、「スーパーガール」に「バットガール」もいる。だが、それぞれ「スーパーマン」や「バットマン」がいてこその「周縁キャラ」(ジェンキンス監督)だ。「『ワンダーウーマン』はそうではないからこそ、本当に壮大な映画を作りやすかった」とジェンキンス監督は言う。
とはいえ「ワンダーウーマン」も長らく、誕生当時のフェミニズム的な背景とは違うとらえ方をされてきた。体の線を強調し、露出も多い衣装は「男性目線で過剰に性的」と言われ、米国の星条旗をあしらった色とデザインは「アメリカ帝国主義の象徴」とやゆもされた。
最近は国連で「騒動」が起きた。国連は昨年10月、ワンダーウーマンを「女性のためのエンパワーメント名誉大使」に任命。ニューヨークでの就任式には今作に主演のガルと、テレビシリーズに主演したリンダ・カーター(66)がそろって出席した。だが国連職員が会場に押し寄せ、「女性の身体的イメージを強調すべきでない」「マスコットはいらない」などと、拳を振り上げて抗議運動を展開。反対の署名も4万4千以上集まり、わずか約2カ月で「解任」された。
ジェンキンス監督は言う。「他の男性のスーパーヒーローはそんなことを言われたりしないのに、なぜ彼女だけそんな言われ方をするのか。ダイアナも、自分自身がいいと思う格好をして然るべき。服装で批判するべきではない」
その言葉は、今作を見るとうなずける。ダイアナや叔母アンティオペ将軍をはじめとするアマゾン族は肌の露出の多いよろいを身に着けているが、島を外敵から守るために鍛え、果敢に戦うさまは、ひたすら自立した勇姿にしか見えず、性的なイメージを感じさせない。ロンドンに着いたダイアナは、女性が通常着る服を当座着るようスティーブに言われ、百貨店でさまざま試着するが、長いタイトスカートはいかにも動きづらく、いつものいでたちの方が合理的なのだと思わせる。この辺りは、そうしたスカートの不自由さを知る女性監督ならでは、ではなかろうか。
ジェンキンス監督は「今作が成功したことで、これが彼女のスーパーヒーローとしての服装だと受け入れられたのではないか」と話した。
『Cosplay World』(2014年)などの著書がある米国人ジャーナリスト、ブライアン・アッシュクラフト(38)は言う。「国連の大使に任命された時は、今回の映画『ワンダーウーマン』がどんなものか、まだ知られていなかった。公開後の今、任命されていたら、抗議はさほど起きなかったのではないか」
今作には、伝統的な性別役割を逆転させた場面も随所にある。
ダイアナはロンドンでメガネをかけ、ドイツ軍に追われるスティーブを助ける。故クリストファー・リーヴ主演の『スーパーマン』(1978年)の設定を男女逆転させたオマージュだ。そう言うと、ジェンキンス監督は「そう! 偉大なるスーパーマンの栄誉を、ダイアナにももたらした。『ものすごく強い女性なんていない』かのように振る舞うのはもうやめる必要がある。とても強い女性を、柔和さも損なわずにスクリーンに登場させるのは大事なことだと思っている」と語った。
ただ、ジェンキンス監督はこうも強調した。「ダイアナが女性であることが気にならないよう努めたし、女性がこんな風に描かれるのを見たことがないとして、女性たちには特別な感じを与えた。けれど、女性寄りのアンチ男性の映画を作ったわけではない。男性を立ち入らせまいと背を向けてはおらず、ダイアナも男性に抗うわけではない。非常に万人向けの作品にしようとした」
実際、男性にとっても考えさせられる。スティーブは大事な場面でダイアナをサポートあるいは任せるし、協力者の狙撃手チャーリー(ユエン・ブレムナー、45)は、いざという時に動けなかったりもする。男性だからといって必ずしも強くなくていい、個性を生かせばいいのだ、というメッセージが感じられる。そう水を向けると、ジェンキンス監督は「すべての登場人物が普遍的な存在となるよう、男性だから、あるいは女性だからこう行動する、という風にはしなかった。男女には間違いなく違いがあるけれど、男性も必ずしも強いわけではなく、弱くて傷つきやすい。同様に、女性も弱くて傷つきやすい面がある一方、強く、楽しくもある」と語った。
米映画界は、その男性社会ぶりが指摘されてきた。サンディエゴ州立大学「テレビ・映画の女性研究センター」によると、米国の昨年の興行収入上位100作品中、女性の主役は29%。女性監督に至っては、同250作品中わずか7%に過ぎない。アカデミー監督賞も、キャスリン・ビグロー(65)が『ハート・ロッカー』(2008年)で女性で初めて受賞して以来、女性の受賞者はいない。
ジェンキンス監督は今回、ビグロー監督以来の女性の監督賞なるか、とも注目されている。米映画産業を分析する「Movio」によると、牽引役は女性や50代以上の観客。スーパーヒーロー映画といえば男性の観客が高い割合を占めていたが、今作の男女比はほぼ半々になっているという。ロサンゼルス映画批評家協会のクラウディア・プイグ会長は「女性初の米大統領誕生を見られず落胆した人たちが、女性の力強い物語を求め、女性であるジェンキンス監督を支持しているということだろう」と話す。加えて、女性蔑視発言をいとわないトランプ米大統領(71)への反発もあろうか。
米誌ワイアードによると、今夏の米国は『ワンダーウーマン』のほかにも、「女性監督による女性の映画」にヒットの波が広がっているという。女性のコメディー映画は女性のスーパーヒーロー映画同様、ヒットしないと言われてきたジャンルだが、ルシア・アニエロ監督によるスカーレット・ヨハンソン(32)主演のコメディー『Rough Night』(2017年)がヒットし注目されている。イラク戦争の女性兵士を描いたガブリエラ・カウパースウェイト監督のケイト・マーラ(34)主演作『Megan Leavey』(2017年)も、公開最初の週末に興行収入上位10位入りした。
こうした米国の動きに同調するかのように、『ワンダーウーマン』は先行して公開された中国や韓国でも、最初の週末の興行収入がいずれも1位と喝采で迎えられた。世界経済フォーラムによる「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」が今年、過去最低の111位となった日本はどう出るか。「そう、私もその点はとっても興味がある」とジェンキンス監督。他の多くの国・地域より2カ月以上遅れての公開、その成否をハリウッドも注視している。