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動物園からの脱走 アーティスト 栗林隆 #11



約半年に渡るトリップミュージアムも、残るところあと2回になった。


戸惑いながらも話を受けて、自分自身が過去や未来にトリップをし、そして自分の考えや疑問、その他未熟なところも正直に書いてきたつもりである。信用できる生活をしていない人間の文章には説得力がないと批判を受けたり、

わざわざする話ではない、格好悪い、という意見も貰った。まぁ、それなら読むな、と正直思ったりもしたが、言いたい奴には言わせておけば良い。しかし結局、この文章を書くということも、実際書かなければ経験できない多くのことを勉強させてもらうことができた。


文章を書くという行為も旅をする一部なのだと、新たな発見をすることができ感動もしている。


文章を書きながら、私は旅の途中なのである。


私の文章のほとんどは、日本に住む、同じ日本人に向けてのことが多い。自分の実体験や妄想を含め、偉そうに好き勝手書かせてもらっているが、インドネシアやドイツなど、海外で長く住むことによって見えてくる日本の現実、現状。世界でも稀に見るポテンシャルがあり、可能性があるこの国が、なぜこんな状態や状況に陥ってしまっているのか。それを客観的に見たり、気づいてもらったり、きっかけになればと思いながら、自分なりにメッセージを伝えてきた。


今の日本にいるとよく思い出してしまう言葉が、奴隷の喜びという言葉である。誰かに支配されていたい、言われた通りやりたい、別に今の生活に不満はないし、楽しければいいじゃん。奴隷最高☆。


人間には自由意志を放棄する快感があるという。人に決められると楽なのだ。それに合わせ、我々日本人には周りと歩調を合わせる、迎合する特徴がある。協調性と言えばそれまでだが、自主性より調和を求める傾向にある。誘導する人や環境がきちんとしていれば問題ない。しっかりとしたリーダー、想像力のある未来、何よりこの国に住む人たちの幸せを考えての行動、システム。ならば我々は、素晴らしい調和を持って、自然とも協調しあい、生きていくだろう。


しかし、そのコントロールできる世界を利用し、自分たちだけのために都合よく働く奴隷を作りたがっている人たちがいることも理解しなくてはならない。我々が永遠に奴隷であることを喜び続けるプログラムを考えている人たちがいる。


いつから我々は動物園の動物になってしまったのだろう。


動物園の動物は、我々は動物園の動物である、ということを自覚しているのだろうか? 餌をもらえることに慣れ、なんのための牙なのか、何のための脚力なのかを忘れてしまっている。いや、しかし、少なくとも、水族館のイルカたちは、自分たちが水槽という空間に閉じ込めれらていることを自覚している気がする。


哺乳類動物でありながら、水中の生き物であるイルカとクジラとの関係で、私は幾つかの不思議な体験をしたことがある。

イルカたちから見れば、我々は未熟で進化の途中にある生き物でしかない。彼らのコミュニケーション能力は凄まじい

イルカとの関係は、意外に長い。小学生の高学年から中学生くらいの時、よく地元の漁師さんに木製の艪漕ぎの舟を借り、海に出かけた。当時は潮の流れも読めたし、手だけではなく、足でも艪を漕げたくらい海が自分に近い存在であった。たまに、ごくたまにイルカが我々の舟に近付いてきたのを覚えている。ほとんどは群れだったため、何も気にも止めず、しかし確実に目で我々を確認し、通り過ぎていった。その目はいつも何かを言いたそうであった。


素潜りで潜ると、どこかでイルカの声がする。それが近くなのか遠くなのかは分からないが、存在をいつもすぐそばに感じていたことは確かである。


何十年も経って、私はダイビングのインストラクターになった。当時はタイのプーケットで潜ることが多かったのだが、タイでイルカと出会うことはほとんどなかった。イルカとの関係が深くなったのは、お世話になっていたショップの常連さんに主にイルカを撮っている水中カメラマンがいて、彼に勧められてドルフィンスイムを始めてからである。


息ごらえもだいぶ慣れた頃に、私は初めて、バハマのドルフィンスイムのツアーに参加することになった。


バハマの海は凄い。360度何も見えない大海原なのに、水深が12m前後の砂浜で、見渡す限りエメラルドグリーンの場所がある。空と海だけである。


我々の船以外は何も見えない。


船長はドルフィンスイムのエキスパートである。バハマに住むマダライルカやバンドウイルカの研究と調査、保護を行っている人だった。イルカたちがどの辺にいるか、昼飯中なのか、遊びたがっているのか、だいたいのことを把握している。


様子を見て、我々は海に入ることを許された。真っ白な水底、真っ青な海水、透明度は20mを軽く超えている。イルカたちの声は至る所でするのだが、いくら目を凝らしてもイルカの姿は全く見えない。


しばらく水中に潜ったり、水底に足をつけたりと遊んでいたのだが、ふと、なんとなく横を見た。すると真横にイルカがちょこんといるではないか! いや、かなりびっくりした。しかも距離が近いのである。


「い、いつの間に来たの!?」と思った瞬間、周り中イルカだらけになっていることに気づいた。イルカだらけである。もうみんなぐるぐるとイルカと泳ぎまくっている。私も必死になってイルカにくっついて回る。追いつけない。苦しくて水面に顔を出し、思い切り息を吸い込みまた水底に戻る。


しばらくして気づいたのだが、イルカは追いかけると逃げていなくなるが、何もしないで待っていると、いつの間にか真横にきていることが多い。毎回、横を見て、びくっ!とするのだが、まるで彼らはそれを面白がっているかのように、突然現れる。


ちなみに、野生のイルカに触ってはいけないというローカルルールがある。保護という意味やいろいろな理由なのだが、もちろん触ろうとすると、ぴゅーといなくなってしまう。触ろうとしても触れやしないのだ。


そんな時間を数日過ごしたある日、今日もイルカの群れの中に飛び込み、くるくるイルカを待っていたら、案の定マダライルカの群れが現れた。しかしこの日は少し勝手が違っていたのである。


ある一頭のイルカが、やたら体を押し付けてきて、触って触ってをしてくるのである。触ってはいけないのだが、腹とかこっそり撫でてやると本当に嬉しそうな顔をして、ずーっと離れないのである。いやいや、見つかったら怒られるから、あっち行け、と尻でボインと追い払っても、すぐ戻ってくる。体をガンガンぶつけてくるし、もう最後はハグするかのように泳いでいた。あれにはほんと驚いた。


イルカの群れや個体、その性格もさることながら、その土地、(海?)のイルカの性格も様々だ。御蔵島のバンドウイルカは筋骨隆々である。体をぶつけられるとマジで痛い。皮膚?も硬く、さすがに荒海に鍛えられてるなと、あのバハマのふにゃふにゃなイルカたちとあまりにも違いすぎて笑ってしまった。


野生のイルカでも、海によって全く違うのである。


そして、私にとって生涯忘れられず、そしてとても不思議な体験をさせてくれたのが、エジプトはレッドシー(紅海)のイルカであった。


ドイツに住んでいる当時、私はドイツ人のダイビングの生徒や、日本人のダイバーなどをエジプトにツアーでよく連れて行っていた。ドイツなどのヨーロッパは格安チケットが盛んであり、空港に格安チケットを買うカウンターがあるくらいだ。旅行好きなドイツ人にはエジプトは人気があり、チケットも安かった。そのため、よくツアーを組んでエジプトの紅海に潜りに行ったのを覚えている。


私が何年も通ったエジプトの海沿いの町の名前は、「サファガ」というところだった。シャルムエルシェイクなどのメジャーな場所ではなかった。


エジプトの海は凄い。


まず、透明度が凄い。平気で40mから50mの透明度の時がある。そしてなんといっても、海の青さと陸の色とのコンビネーションが絶妙であった。透明度があるだけあって、海の色はほんとに深いネイビーブルー。濃紺というやつだ。そして陸は砂漠である。


砂漠の黄土と海の濃紺が作り上げる絶妙な色彩。シビれてしまう。そしてアラブ特有の音楽にイスラムのお祈りを呼びかけるアザーン。インドネシアでお馴染みになったアザーンだが、当時は異国情緒を醸し出す絶好のアイテムであった。白のカンドゥーラとターバンを身にまとい、気分はすっかりエジプト人なのである。


そんなエジプトの海に慣れてきた頃、水中でお客さんのガイドをするたびに、よくあの聞きなれた声を聞いていた。イルカである。


イルカが近くにいるんだな、とはいつも思っていて、よくキョロキョロと探していたのだが、当然現れてくれなどはしない。全てとは言わないが、イルカやクジラは、ダイバーが吐くバブルがあまり好きでないと言われている。近づきたがらないのである。


ある時、お客さんも少なく、現地のエジプト人ガイドが私のお客さんを一緒に見てくれる時があった。


私は、ここはチャンスだと、船の船長に言って、一人シュノーケルでイルカに会いに行ってみることにした。


バハマやその他、今までの経験で、イルカが現れるタイミング、もしくは興味を持つ方法は知っている。


とにかく、一人で水中をぐるぐる回ったり、楽しそうに遊びまくることである。そうすると、イルカの方からなんだなんだ? と興味を持って寄ってきてくれるのである。


彼らの声は聞こえている。私は何もいない綺麗な海の中で、一人ぐるぐる、本当に楽しく遊んでいた。


しばらくして、ふと横を見ると、案の定、本当に真横1mくらいのところに、一頭のイルカがくっついていた。いつも通り「びくっ!!」とはしたが、ここでひるんではいけない。そのままイルカに対峙して、苦しくなったら水面に上がり、また潜り、を繰り返していると、気づけば周りがイルカだらけになっていた。


そのグループは家族らしく、12頭くらいの群れだった。はじめの一頭以外はあまり私に興味がないらしく、そのまま皆ですぐに移動してしまう。しかし面白いことに、移動をしようとすると、その一頭が戻ってきて、私を一緒に連れて行こうとするのである。水面に上がり、また潜って後を追うと、案の定またはぐれてしまう。

あれ?と周りを探すと、またあの一頭が現れて、「こっちだこっち」というように私のことを呼びに来る。


どれくらい一緒に泳いだだろう。ダイビング船にも戻らなくてはいけない。


当時若かったとはいえ、さすがに疲れきってもう無理だ、ついていけない、と思ったその時だった。


「タバコ吸ってるだろ?」


とそのイルカに突然話しかけられたのである。


この話をすると、

いやいやいや、

と皆言うのだが、

いやいやいや、

本当に話しかけられたのである。


今でもはっきりと覚えている。


「タバコ吸ってるだろ?」

である(笑)。


あたりは夕陽になろうとしていた。プカプカと水面に浮かびながら、迎えの船を待っていた。


夢のような不思議な体験。


当然、船に戻ってから、完全にタバコをやめたことは言うまでもない。

静かな彼が突然アクティブになる瞬間。その姿も見事だが、空中での目は確実に我々を捉えている

去年の春、私は奄美大島にいた。仲間の家に泊まり、サーフィンを楽しむためである。


なぜかタイミングよく、ザトウクジラと泳げるかもしれない、という話が舞い込んできた。


ホエールスイムのショップをやっている知り合いが、船をチャーターしている人たちに頼んで、我々を同乗させてくれるとのことだった。


7mくらいのオスのクジラが、なぜか一箇所に居ついているらしく、運が良ければ見れて、もしかしたら一緒に泳ぐこともできるかもしれない、とのことだった。


イルカやクジラとの出会いは、私たちが決めることではない。彼らが決めることであることは経験的に感じてきた。会いたいからといって会えるものではないのである。


船に乗せてもらうと、何日間も追いかけて、ようやく昨日、今日とクジラに会えた、と言っている、船をチャーターした人たちは、クジラが出た!といって水中でも彼を追いかけ続けた。


しばらくたって、疲れたのだろう、「君らも我々の邪魔しないんだったら海に入って良いよ。」と言われた。


我々は静かに青い海に入ることになった。


クジラも哺乳類である。何分かに一度、息をしに水面に上がってくる。


あんなに追いかけても思うところに出てこなかった彼が、我々が入ってからは、真下からぐわーとなんども息をしに水面に現れた。


本当にぶつかるんじゃないかと、ビビるくらいすぐそばを優雅にゆっくりと浮上してくるのである。


彼はなんども横を通る時に我々の目を見た。なんども目を見るのである。


まるで、「わかってるよな?」とでもいうかのように、何度も目があうのである。


若かったあの日、あのイルカが私に伝えた言葉は「タバコ吸ってるだろ?」だった。


今回、彼の声は聞こえなかったが、間違いなく彼は私たちに何かを伝えた。


「お前達は奴隷ではない。」


「ここは水族館ではなく大自然の大海原だ、自分の意思で自由に泳げ」と。


我々は、動物園の動物でないことにもう気づかなければいけない。



(次回は9月22日に掲載する予定です)




くりばやし・たかし

1968年生まれ、長崎県出身。武蔵野美術大学卒、ドイツ・クンストアカデミーデュッセルドルフ修了(マイスターシューラー)。2006年シンガポール・ビエンナーレ参加、10年森美術館「ネイチャーセンス」展、12年十和田市現代美術館で個展。9/24よりスウェーデンの美術館で和紙の林の作品 ”Wald aus Wald” を展示予定。インドネシア在住。 takashi kuribayashi


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