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自閉症を旅する

仮想空間ではコミュニケーションも円滑に 自閉スペクトラム症と「セカンドライフ」

池上教授のアバターと他のアバターが交流している様子

3月5日のGLOBEで掲載したRe:search 「自閉症を旅する」には、読者からたくさんの反響がありました。2回にわけて「反響編」をお届けします。


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GLOBEに記事が載ったあと、インターネット上の仮想空間で自閉スペクトラム症の人たちと出会い、交流を重ねたという研究者から連絡をもらった。実生活では他人とうまく交流できなくても、仮想空間ではイベントを仕切るなど円滑にコミュニケーションしている人が少なくないという。米ニューヨークのニュースクール大学大学院社会学部の池上英子教授に、京都市の自宅で話を聞いた。(太田康夫)



――インターネット上の仮想空間とはどのようなものなのですか?


私が利用したのは、米国のリンデンラボ社が製作した「セカンドライフ」という仮想空間です。コンピューター画面で見られる仮想の環境の中で、利用者は「アバター」と呼ばれる自分の分身を操り、チャット機能を使って他のメンバーと会話します。景色やアバターはやや立体的に見えます。仮想空間の中には、気軽に会話を楽しめるバーやダンスクラブ、同じ趣味などを持つ人たちが集まって情報交換できる様々なコミュニティーがあります。アバターの表情はあまり変えることはできませんが、まるで街角で話すような雰囲気でリアルタイムに交流ができます。


――なぜ仮想空間に関心を持ったのでしょう。


人びとが仮想の環境の中で、アバターという代理の自己を通して、新しい人間関係を結び、新しい社会をつくっていくことに興味を持ちました。


物理学者である夫が最初に仮想空間にはまりました。夫は既製のアバターを使っていたのですが、ある時、同じ身なりのアバターに出会った。その後、夫はアバターを金色の長髪に変え、おしゃれな服を着せて魅力的に変身させました。「既製のアバターでは恥ずかしい」と思ったそうです。日常生活ではおしゃれに関心がなくTシャツしか着ないのに、仮想空間ではこうなるのか、とその変化を面白く感じました。バーチャル化した身体にリアルの感情を抱いているのですから。


2007年から、大学の研究室の大学院生と一緒に仮想空間がどのようなものなのか、どのような交流が行われているのかを探り始めました。

池上教授のアバター


――仮想空間の中の自閉スペクトラム症の人の交流に着目したのはなぜですか。

様々な場所で交流をしていくうちに、自閉スペクトラム症だと公言している人が少なからずいることに気づきました。自閉スペクトラム症の人同士が情報交換をする当事者グループもあり、活発に交流している。そこでは、感覚の過敏さや、その過敏さによって世界をどう感じているのかなど、私が知らなかった自閉スペクトラム症の世界について深く語られていて、まるで脳の不思議の入り口へといざなわれている気持ちになりました。そこで5年ほど前から、仮想空間での当事者グループの会合に参加するようになりました。


会合は1週間に1回2時間ほど開かれます。私はこれまで100回以上の会合に参加し、そこに集う約100人のアバターと交流しました。


――自閉スペクトラム症の人たちの会合はどんな雰囲気なのですか。


参加者は比較的知的レベルが高い人が多く、年齢層は20~30代が中心ですが、50代の人もいました。参加者たちがログインすると、それぞれのアバターが仮想空間のコテージに姿を現します。円形に並べたクッションに思い思いに座り、どうすれば学校や職場での人間関係がうまくいくかとか、自閉スペクトラム症の症状や独特の身体感覚とどうつきあうかなどについて、自由にチャットで話し合います。


――印象的な人はいましたか。


知覚の異常や過敏な感覚を訴えている人が多かったのが印象的です。この会合とは別のグループで知り合った自閉スペクトラム症の人の話ですが、感覚が不安定になると、色彩がとても強烈に感じられてしまい、その物の形が認識しづらくなる、と言っていました。例えば、赤いリンゴを見ても、赤い色は分かるけれど、意識的に努力しないとそれがリンゴだと分からない。この人は、「自閉症を旅する」で取材していたダニエル・タメットさんのように、数字や文字が色を伴って感じられる感覚も持っているとも話していました。


おなかがすくという感覚がないため、うっかりすると一日何も食べずに過ごしてしまうという人もいました。その人は、満腹感も弱いため、食べ始めると食べ過ぎてしまうこともあるそうです。普段は話せるのに、体調が悪くなると声を出すことも困難になるという話も聞きました。


一見、障害があるように見えない人の場合は、障害の特性によって社会の暗黙のルールが分からずにいると、「自分勝手な人」と思われてしまう。そのため、誤解されたりいじめられたりするという困難を抱えているという声が多かったことも印象的でした。

池上教授のアバター

――自閉スペクトラム症の人は、一般的に他人とのコミュニケーションに課題を抱えていると言われます。仮想空間ではどうだったのでしょうか。


仮想空間の中ではとてもスムーズに交流しており、自然な会話の流れに驚きました。会話のキャッチボールはちゃんとかみ合っていました。自閉スペクトラム症の人が抱えている日々の不安などを熱心に話し合っていました。一般に自閉スペクトラム症の人は、共感力が弱いと言われることがありますが、適切な慰めの言葉やアドバイスも交わされていました。ただ、仮想空間でこうした自然な会話ができる人も、実世界ではコミュニケーションがうまくいかないケースがほとんどのようでした。


――たとえば、どんな人がいましたか。


フクロウなどの動物のアバターを使うある大卒のある女性は、自閉症研究の科学記事をよく読んでいて知識が深く、仮想空間の中ではとても鋭い発言をするため、一目置かれている存在です。ところが実世界では、感覚過敏が激しく、無理をすると急激に体調が悪くなり、言葉を話せなくなったり、思わぬことを口走り黙ることができなくなったりするのだといいます。そのため、高い知性を持っているものの、仕事はボランティアの域を出ない状態でした。


こんな人もいました。仮想世界の会合でみんなと交流があった人が亡くなり、その人が操っていたアバターを「しのぶ会」を仮想空間で催すことになりました。大学でコンピュータープログラムを学んだという男性が「しのぶ会」を取り仕切りました。3日間ほどの間に、葬儀の場にアバターの顔写真や花を飾り付け、複数の人たちに参加を呼びかけ、当日には様々な思い出を語り合いました。その段取りのよさと仕切りぶりは見事でした。ところが彼は、現実社会では他人とのコミュニケーションがうまいわけではなく、就職の面接にも何度も落ちているのです。仮想空間の会合で、「また面接に落ちた。何が問題だったのだろう」とよく相談をしていました。

――実世界では他人とのコミュニケーションなどで苦労している人が、なぜ仮想世界ではスムーズに交流できるのでしょうか。


自閉スペクトラム症の人の中には、話しぶりや表情、視線などから話し言葉で表現されていない細かなニュアンスを読み取ったり、表現したりする、といったコミュニケーションが苦手な人が少なくありません。ですが、仮想空間のアバターにはそうした微妙な表情がありませんし、全員視線も定まりません。文字によるチャットなので、口調から微妙な本音などを察するといった必要もありません。

また、自閉症の人の中には、周囲の音やにおい、光などの周囲の刺激や慣れない環境が苦手な人も少なくありません。でも、仮想空間の中で交流する場合、自分自身は自宅のソファなどで過ごしやすい環境に身を置いて、パソコンを操ることができます。そのため余計な刺激を受けずに、安定してコミュニケーションできるのだと思います。


――仮想世界で出会った人たちと、実世界で会ったことはありますか。


会った人もいます。当事者の会合で知り合った人とはまだ会った人はいませんが、いずれ機会があれば会うこともあるかも知れません。

――こうした自閉症の人たちとの交流を通じて感じたことは。


感覚が過敏な自閉スペクトラム症の人を聞くと、健常者とされる私たちがいかに無自覚におおざっぱな感覚で暮らしているのかが分かります。健常者は、見えたり聞こえたりしている様々な情報のうち、不必要な情報を無意識で捨て、必要な情報だけを取り入れています。よく考えてみると、社会のコミュニケーションのルールは、こうした多数派の感覚を前提に組み立てられているのですよね。


感覚過敏の人の中には、私たちが捨てている情報も取り込み、そのために情報過多になってパニックになるケースもありますが、私たちが捨てている情報の中から大切なものや美しいものを拾い上げる豊かな世界を生きているとも言えます。


研究を通じて、人間のものの感じ方の不思議さや多様性を改めて感じました。私自身が固定的な感じ方にとらわれていたことに気づかされることも多かったです。多様な感覚を詳しく知ることは、自閉スペクトラム症の人にとってより快適な支援の提供につながりますし、自分自身を知ることにもつながるのではないでしょうか。



いけがみ・えいこ ニュースクール大学大学院社会学部教授。専攻は歴史社会学、社会理論、文化社会学、ネットワーク論。仮想空間での自閉スペクトラム症の人たちの交流の様子は著書「ハイパーワールド」(NTT出版、税込み2808円)に詳しく紹介されている。


【インタビューを終えて】

仮想空間にアクセスしたことがない私にとって、現実世界ではコミュニケーションが苦手でも仮想空間では円滑に交流している自閉スペクトラム症の人たちの話は、とても新鮮だった。職場環境に適応できずに苦しんでいる自閉スペクトラム症の人たちは少なくないが、在宅でパソコンを使ってできる仕事などは、ストレスを感じず能力を発揮できる可能性が広がるのではないかと感じた。(太田)


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