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壁がつくる世界

[Part2]壁と人類の長い付き合い


壁と人類の付き合いは長い。その目的も、時代とともに変わってきた。

 

当初は異民族や外敵の侵入を防ぐのが主な目的で、中国の「万里の長城」は秦の始皇帝が紀元前3世紀に大増築し、全長は2万キロを超えるとされる。

 

欧州ではローマ帝国時代の2世紀、英国北部スコットランド周辺にそれぞれ当時の皇帝の名を冠した「アントニヌスの長城」(約60キロ)と、「ハドリアヌスの長城」(約120キロ)ができた。市街地を城壁で防御する城郭都市も各地につくられた。

 

現代になって壁建設が本格化したのは、2度の世界大戦の後、米国とソ連を盟主に東西陣営が対立した冷戦時代だ。

 

「鉄のカーテン」と呼ばれた分断の象徴になったのが「ベルリンの壁」。東ドイツ領に囲まれていた西ベルリンへの大量亡命を阻止するため、東ドイツ政府は1961年、突然、境界に有刺鉄線を設置し、その後、約155キロのコンクリートの壁を築いた。朝鮮半島では53年、朝鮮戦争の休戦協定で引かれた軍事境界線の南北それぞれ2キロに、248キロにわたる非武装地帯(DMZ)が設けられた。

 

宗教や民族の対立も壁建設の引き金になった。北アイルランドでは69年、カトリック、プロテスタント両派の衝突が武力抗争に発展。中心都市ベルファストに両派の居住区を隔てる約34キロの「平和の壁」がつくられた。地中海の島キプロスでは74年、ギリシャ系住民と対立したトルコ系住民の保護を名目にトルコ軍が北部を占領。約180キロの緩衝地帯「グリーンライン」で分断された。

 

ベルリンの壁が89年に崩壊して冷戦が終わった後は、移民対策としてできた壁が目立つ。米国は90年、メキシコとの国境沿いにフェンス(02・03面)の建設を始め、これまで約1130キロがつくられた。スペインは98年、モロッコ領に囲まれた飛び地のメリリャで、欧州入りを目指す不法移民を阻む約12キロのフェンスを設けた。難民危機に直面した2015年以降、ハンガリーやスロベニアなどが国境にフェンスを建てた(06・07面)。

 

01年の米同時多発テロ後は、テロ防止の役割も強調されている。イスラエルは02年、占領地のパレスチナ自治区ヨルダン川西岸で分離壁の建設を開始。総延長は約450キロに上る。


(村山祐介)


(文中敬称略)


(「壁の連鎖、変わるヨーロッパ」に続く)


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