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自立目指す元専業主婦 北京の書店から

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
Photo: Nishida Hiroki

Photo: Nishida Hiroki

10月1日は中国の国慶節。毎年この時期には、中国共産党推奨の模範的人物や歴代指導者の伝記や発言集がベストセラーになるが、内容的にはプロパガンダで、多くが団体購入や義務感によるいわば組織票によるもの。今年も『習近平的七年知青歳月』などが平積みだ。

一方、ノンフィクションのベストセラーは季節を問わず、映画やテレビドラマの影響が大きい。『我的前半生』は、上海生まれ、5歳で香港に移住、後にカナダ国籍を取得した亦舒が1988年に発表した長編小説だ。30年ほど前に書かれた本書が注目されたのは7月に放映され大ヒットしたドラマの影響だが、このドラマ、大幅に改編されており、ほぼ別モノと言っていい。

本書の舞台は香港。8歳の息子と12歳の娘、医師の夫・涓生と暮らす子君は、家事や子供の送り迎えはメイドや運転手まかせ、エステで自分磨き、ブランドショップで贅沢なショッピング、女友達とランチの日々の優雅な専業主婦。ある日、突然夫から離婚を切り出され、子供たちとも離ればなれに。親友・唐晶のサポートで働くうちに自身を見つめなおし、新たな人生を切り開いてゆく。

一方、ドラマ版では舞台を現代上海に移したことにより、社会主義の中国では、本来ほとんど存在しなかった専業主婦というこの設定が生きた。

時代も時も超えて、小説もドラマも多くの女性たちの心をつかんだのは、プロパガンダやイデオロギーに縛られないさまざまな生き方や幸せの形があることを、もはや誰もが知っているからだ。
ただし、ドラマ版は家族構成や夫の職業も異なり、小説には登場しないオリジナルの人物も多く、キャラクターや暮らしぶりの演出も極端にデフォルメされている。また、小説では、子君に反発しつつもいつしか理解者となる娘や、ゲイである陶芸の師匠との関係が素敵なのに、ドラマにはいずれも登場しないのが残念。ただ、ドラマそのものはとても楽しめる。

ディテールは異なるが、小説・ドラマに共通しているのは子君と唐晶、正反対の性格の二人の魅力だ。世間知らずの親友に、時に厳しく、でもどこまでも優しい唐晶は超多忙だが読書家でもある。折々に古典的名著を引き合いに出すセリフも粋だ。

「世の中に不幸な人はいくらでもいる。あなたの特権じゃない。信じないなら、老舎の『駱駝祥子』を読むことを勧めるわ」

唐晶に言われるまま老舎を読み、次に魯迅に手を伸ばした子君は驚く。

「魯迅の『傷逝』の登場人物の男女の名前、私たち二人の名前と同じなのよ」

思わず、娘の留学の件で電話をかけてきた元夫にこのことを伝える子君。返って来たのは、思いがけない言葉だった。

「かつて僕がきみに話したことだ」「忘れてしまったのだね。きみは聞く気がなかった。きみは僕の話を聞いてくれたことがあるかい?」

夫の浮気で終止符が打たれた13年間の結婚生活。自分にも過ちがあったことを、子君はこのとき初めて意識する。

魯迅の『傷逝』といえば、イプセンの『人形の家』の影響が指摘される。本書『我的前半生』もまた『傷逝』へのオマージュがこめられた作品である。

亦舒の本名は倪亦舒。香港の人気SF作家・倪匡は兄。亦舒の作品はチョウ・ユンファ、マギー・チャン主演の『玫瑰的故事(邦題:ストーリーローズ 恋を追いかけて)』など映画化も多い。多作だが、邦訳は『曾経深愛過(邦題:リピカ/永沢道雄、陳沢禎・訳/ベネッセコーポレーション/絶版)』のみ。華麗なるキャリア、3度の結婚という亦舒自身と重なる愛と自由を模索しつつ走り続ける女性たちの物語は、舞台を東京に移しても違和感なく共感を呼ぶだろう。

『后来時間都与你有関』は、時や記憶をテーマに、スコット・フィッツジェラルドや村上春樹へのオマージュに満ちた中短編小説集。

九つの作品の中では「逆時人生倶楽部」がよかった。管だらけで病室のベッドに横たわっている82歳の「わたし」は、目覚めるたびに時を遡っている。豊かとはいえない生活に不満をかこつばかりだった「わたし」は、いい夫でもいい父でもなかった。しかし、再び過去を生きることで、実は自分がいかに幸せだったかを悟り、過去の妻に、息子に、その時々の精いっぱいの思いを伝えてゆく。 

それぞれの世代の欠点の丁寧な描き方に、若い作家らしからぬ、いい意味での意地悪さが光る。今どきの若者感満載ながら、さまざまな世代をカバーするテーマで、どこかレトロな読後感がいい。



中国のベストセラー(フィクション部門)
『開巻』2017年7月31日~8月6日 ベストセラーリストより
『』内の書名は邦題(出版社)




1. 解憂雑貨店
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(角川文庫)
東野圭吾
「解憂」とは「憂いを取り除く」の意。東野作品は中国では常時何冊も平積みに。

2. 白夜行
『白夜行』(集英社文庫)
東野圭吾 
映画やドラマのヒットで、若者を中心にロングセラーが続く東野作品。


3. 后来時間都与你有関
張皓宸
若者に人気の1990年生まれの作家による自己啓発系中短編小説集。

4. 嫌疑人X的献身
『容疑者Xの献身』(文春文庫)
東野圭吾
福山雅治主演映画の原作として、中国で東野ブームを巻き起こした。

5. 追風筝的人
『君のためなら千回でも』(ハヤカワepi文庫)
卡勒徳・胡賽尼 カレード・ホッセイニ
映画も話題になった世界的ベストセラー『The Kite Runner』の中国語訳。

6. 斗羅大陸3竜王伝説
唐家三少
マンガやゲームなどとの連携で、爆発的な人気の中華ファンタジー小説。

7. 摆渡人
Ferryman 
克莱児·麦克福爾 Claire Mcfall 
列車事故で唯一の生存者となった孤独な家出少女ディランは……。

8. 百年孤独
『百年の孤独』(新潮社)
加西亜・馬爾克斯 ガルシア・マルケス
海賊版も併せて複数の訳者、出版社のバージョンが揃う超ロングセラー。

9.我的前半生
亦舒
初版は1988年刊。突然の離婚で一人になった専業主婦の仕事と友情、愛情物語。

10. 紅岩
『紅岩』(新日本出版社、講談社、邦訳絶版)
羅広斌・楊益言 
過酷な獄中闘争を描いた1961年刊のロングセラー。映像化、舞台化多数。