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前川喜平氏の「日本人は愚かでレベルが低い」はなぜ炎上したのか リーダーの覚悟

桃野泰徳の「話は変わるが」~歴史と経験に学ぶリーダー論 更新日: 公開日:
写真はイメージです=gettyimages
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「政治家には言えないから僕が言うが、日本の有権者はかなり愚かだ」

先日、文部科学省の事務次官だった前川喜平氏がこんなツイートをしたことで炎上を招いたことは、まだまだ多くの人の記憶に新しいのではないだろうか。

先の衆議院議員選挙の後に発信されたものなので、同氏が共感を寄せる党が敗けたことを受けての感想ということなのだろう。

また同様に、野党のある大物政治家は小選挙区で落選したことを受け、「政治のレベルを決めるのは国民。多くが腐敗を容認するなら、そういう国になる」と、「自分を落選させた国民の政治レベルは低い」とも取られかねない発言をしてしまい、同様に炎上を招いている。

かつて与党の幹事長まで長く務め、自他ともに認める”政界一の大物”の発言だっただけに、こちらも多くの人に衝撃を与えた。

しかしその一方で、私たち有権者の間にも選挙後には、

「バラマキやポピュリズムを訴える政治家を当選させて良いのか」
「芸能人や有名人であれば当選させるような投票行動は無責任」

といったような、自分たちの投票行動を省みる意見を見かけることも少なくない。

つまり私たち国民の間でも、本音のところでは、

「私たち有権者の投票行動には、けっこう問題があるのではないか」

という意識を持つ人も、少なからずいるということだ。

控えめに言っても、今の日本的な民主主義や選挙制度に何の問題もないと考えている人のほうが、恐らく少数派であろう。

ではなぜ、いわば「本音」を言ってしまった前川氏や件の大物政治家は、炎上してしまったのだろう。
「主権者たる有権者を冒涜している」という批判はその通りだが、果たしてそれだけなのだろうか。

「本当に上手くいくのでしょうか」

話は変わるが、私がある会社で経営の立て直しに携わっていた時のことだ。

製造原価に占める電気代、ガス代の比率が業界水準に比べ非常に高く、どうすればコストを下げることができるのか、打つべき手が見えずに頭を抱えていたことがある。

今と違い、当時はスマートメーターのようなものもないので、どの製造機器がどの程度の電力やガスを喰っているのかわからない。

もちろんカタログスペック上の目安はわかるが、実際に稼働中の機器がどの程度のコストで動いているのかは、全く別の話だ。

そんなことで、製造原価を大きく左右するような設備投資の入れ替えも、コストダウンの具体策も打ち出せずに困り果てていたということだ。

そんなある日、若手社員と飲んでいる時に、その悩みをそのまま話したことがある。

「製造原価のうち、電気代とガス代の可視化ができずに困ってるんだわ。何か方法ないかな…」

「恐らく、電力会社の友人に頼めばできると思いますよ」

「本当に?どうするんだ?」

「表には出てないサービスで、キュービクル(受配電設備)とそれぞれの機器に計測器具を付ける方法があったと思います。消費電力量の記録を分単位で取れるはずです」

驚いた私はさっそく彼の友人に来てもらい、1週間の電力使用推移を可視化してもらったのだが、その結果は本当に衝撃的なものだった。

製造機器ごとの消費電力と電気代の目安、時間ごとの消費電力の波、デマンドと呼ばれる最大需要電力値…。

要するに、「電気代とはなにか」の全てが、数字でもデータでも完全に可視化されてしまったのだ。

それはまるで、何かのゲームの攻略のように、敵の強さや弱点といったものが丸裸にされたものを初めて見た興奮に似ている。

難攻不落と思われた敵地だったが、こうやって攻め込めばいいのか…と。

こうなれば、問題は9割方解決したようなものである。

私はこのアイデアを出してくれた若手社員をプロジェクトリーダーに据えるとさっそく、製造ラインの改修検討を指示した。

すると見えてきた事実は、熱源として機能させる電気機器はコストが高くつくという”問題の本丸”だった。

そして、それら機器の熱源をガスに換えるだけで、現場のオペレーションを変更する必要がないままに、光熱費の2割程度の削減が見込まれることが、理論値で計算できた。

そのために必要な設備投資の総額は、削減できる費用のざっと13ヶ月分程度であり、小躍りするほどのコスパの良さである。もはや、改修に着手をしない理由は何一つ見当たらない。

しかしここで、プロジェクトリーダーを任せていた若手社員からふと、こんな不安そうな言葉が漏れた。

「桃野さん、数字上は上手くいきそうだというのはわかりましたが…しかし何千万円もの設備投資はさすがに怖いです。本当に上手くいくのでしょうか」

まとまった投資計画が動き出そうとしているのだから、無理もない恐怖だ。

想定通りの結果がでなかった時には、「弁償しろ、給料を減らすぞ!」と怒られるのではないか。

リスクに怯える彼の顔には、会社が抱えているそのような本当の病根が、色濃く現れていた。

恐らくこれまで、責任を取るべき人が部下にリスクを押し付け、筋の通らないことを言われ続けてきたのだろう。

そんな事が透けて見えると、彼をエンカレッジしたいという私の”ボス魂”にも火がつく。

「結果責任を取るのは俺の仕事だぞ。君はこれだけいい仕事をした上に、俺の最後の仕事まで取る気か?笑」

「…ありがとうございます!」

「心配するな。手柄になれば君のもの、失敗したら俺のせい。それが組織だ」

決してキレイ事ではなく、これは本当に仕事の本質だ。さらにいうと、ターンアラウンドマネージャー(経営の立て直し責任者)というポジションは、本当にズルイとすら思っている。

やるべきことといえば、力がある人間に仕事を任せ、やる気を引き出して知恵を出してもらい、結果責任を取るだけである。

ただそれだけのことで、株主や銀行といったステークホルダーからは、

「どうやって数字を改善させたのですか?」

などと驚かれ、さも自分の力で経営を改善させたかのように勘違いされる。

であればせめて、社内での手柄は知恵と力を尽くしてくれた社員に還元し、最大限の敬意と称賛を送って当然ではないか。

月並みなようだが、リーダーの仕事は「部下が結果を出しやすい環境を作ること」に尽きる。

そしてその為にリーダーが守るべき価値観は、「手柄は全て部下のもの、失敗は全て自分の責任」という姿勢であり、言葉だ。

そんなリーダーの一つのスタイルを教えてくれた、思い出深い成功体験の一つになった。

写真はイメージです=gettyimages
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「失敗は全て自分の責任」

話は冒頭の、前川氏と政治家についてだ。

有権者の投票行動に問題がないとは言えない中で、なぜ彼らは「本音」を言ってしまったことで炎上したのか。

思うに私たちは、責任を取るべき人が責任から逃げる姿勢を本当に嫌う。

自分の失敗を誰かの責任に転嫁するような人を、自分たちのリーダーとみなさない。

そして前川氏は長い間、行政の中枢にあったエリート官僚であった。大物政治家については、言わずもがなである。

オピニオンリーダーであり、社会に対し政治力を発揮することが期待されている人たちだ。

実際に彼らもそのように振る舞い、そして共感を広げることに失敗し、敗れた。

であれば、彼らが最初に語るべきは、自分たちに心を寄せてくれた共感者に対するお詫びと心からの感謝であり、再起への強い意志ではなかったのか。

それを「有権者は愚かだ」「国民のレベルが低い」などと責任を転嫁し、ケンカを売ってなにになるのか。

どこの会社経営者が「愚かな消費者には弊社の商品の良さを理解できないので、減収減益になりました」などと語るだろう。

そんなことを決算説明会で発言したら、致命的な傷つき方と叩かれ方をするに決まっているではないか。

そして話は、リーダーたちが責任を担おうとせず、経営危機に陥っていた会社についてだ。

このような組織では、筋を通す正義感とやる気のある若い人ほど、心が折れて会社を去っていってしまう。

リーダーに対する心からの軽蔑と、そのような会社で働いた無駄な時間への後悔とともに。

写真はイメージです=gettyimages
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私たちには、「自分が果たすべき役割」を強く自分に言い聞かせ、その役割に没入したら、何者にだってなれる不思議な強さがある。

だから、企業や組織でリーダー的なポジションにある人には嘘でもいいので

「手柄は全て部下のもの、失敗は全て自分の責任」

と口に出し、リーダーとはそのようなものであると自分に強く言い聞かせて欲しい。

結果を出すことができる理想のリーダー像とは、間違いなくそのようなものなのだから。

ただそれだけのことで人は見違えるように動き出し、皆が力を貸してくれるようになるはずだ。