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早くも黄信号がともるトランプ大統領の「大海軍建設構想」

軍事社会学者 北村淳 #24





現在アメリカ海軍関係者や国防関係者の間では、トランプ政権が大統領選挙期間中から打ち出している「大海軍建設」を巡り、その実現が可能なのかどうかに関する議論が深刻さの度合いを強めている。


SHIPS法の成立


トランプ陣営は大統領選挙中に「強いアメリカの再現」の大黒柱として「大海軍の建設」を公約に打ち出していた。政権発足後には、アメリカ海軍の主要戦闘艦艇数を350隻以上に増加させる方針を打ち出し、その方針を確実に実現させるための法制化を進めていた。


このようなトランプ政権の動きと連動して、アメリカ海軍関係者たちは最低でも355隻、できれば400隻以上の主要戦闘艦艇数を確保するよう働きかけを強めていた。また、中国海軍戦力の飛躍的増強やロシア海軍戦力の復活の兆候などを警戒して、500隻でも安心できない、という意見も少なくなかった。


トランプ政権や海軍、それに関連業界の働きかけなどの結果、昨年暮れに「Securing the Homeland by Increasing our Power on the Seas Act」(「海軍力を強化して国土を保全する法律」、通称SHIPS法)が連邦議会を通過した。この法律によって、海軍主要戦闘艦艇数を355隻以上のレベルに押し上げなければならないことが、連邦政府ならびに連邦議会の責務になったのだ。


建艦能力が追いつかない


SHIPS法が成立したことによって、かねてより海軍戦力(とりわけ水上戦闘艦戦力)の相対的低下に苦慮していたアメリカ海軍としては、少なくとも80隻前後の主要戦闘艦艇数を増強するという法律的バックアップを確保した。


とはいうものの、アメリカの建艦能力の現状から算定すると、実際に355隻レベルに引き上げるには「最も楽観的に見積もっても20年、悪くすれば30年以上を要する」と危惧する声が多くの海軍関係者から上がっている。アメリカの軍艦建造メーカーの建艦能力は中国の4分の1といわれており、施設も人的資源も質的問題を抱えているためである。


そのためアメリカ海軍を支える民間軍艦建造メーカーであるインガルス造船所、バス鉄工所、ニューポートニューズ造船所などに多額の国家予算をつぎ込み建艦能力を飛躍的に高めるとともに、海軍艦艇のメンテナンスや修理を担当しているアメリカ海軍造船施設にも多額の予算をつぎ込んで、民間造船所が請け負っている軍艦修理作業を海軍施設でまかなえるようにする、といった海軍のロジスティックス態勢の抜本的強化を可及的速やかに実施しなければ、とても20年で80隻もの主要戦闘艦艇を誕生させることはできないと考えられている。


バス鉄工所で建造中の最新鋭駆逐艦(写真、米海軍)



海外発注というオプションも


いくらアメリカ国内の建艦能力を大増強するといっても、造船設備の増設や近代化だけではなく、技術者や労働者の育成も急務となる。とりわけ人材育成に関しては、即刻手を打ちはじめたとしても、多数の有用な人材を生み出すには10年単位の時間が必要となる。したがって、増強艦艇の建造は同盟国の造艦能力の助力を得て推し進めるしかない、という意見も登場しはじめた。


アメリカにとっては幸いなことに、ヨーロッパの同盟諸国や韓国そして日本には水準の高い軍艦建造メーカーが存在する。新造艦艇の船体と上部構造はそれらの同盟諸国の造船会社に発注し、電子電気系統やセンサー類そして各種兵器の艤装(ぎそう)はアメリカの造船所で仕上げるという方策をとればかなりのスピードアップが図れる、というのである。


更に少数意見ではあるが、「この際、艦種によって国内での建造調達と海外からの輸入調達に振り分けてしまわざるを得ない。たとえば、現時点でアメリカが手がけていないフリゲートやAIP潜水艦などを、優秀な海外メーカーに建造させて輸入してしまわなければ、とても海軍力大増強という戦略目標を達成することはできない」といった意見まで散見されるようになっている。


「355隻海軍」建設の戦略目標は、中国海軍やロシア海軍を抑え込む戦力を確保することにある。アメリカが現状の態勢でのろのろと「355隻海軍」を造り上げていたならば、その間に中国は「500隻海軍」を誕生させてしまうことは明白だ。そして、やがてはロシア海軍も質量共に米海軍に迫ってしまう。


ということは、20年も30年もかけて「355隻海軍」の建設を気長に続けていたのでは、何のために「355隻海軍」を建設するのか意味不明になってしまう。たとえトランプ大統領が強調している「アメリカ国内の軍艦建造関係の雇用の大幅拡大」は達成できなくとも、ある程度安定的に確保する状態を維持させれば問題はない。このような雇用問題より優先させるべきは国防問題だ。


すなわち、米海軍としては「355隻海軍建設」のために早急に手に入れたいフリゲートやAIP潜水艦などは海外メーカーからの輸入あるいは共同開発により、スピードアップして大海軍の建設を進めていかなかればならない。というのが、大海軍建設のためには「軍艦の輸入」すらオプションとして熟考すべきであるという主張である。


建造費・維持運用費は莫大(ばくだい)な額に上る


しかしながら、トランプ大統領自身が「アメリカの鉄、アメリカの技術、そしてアメリカの労働者によって大海軍を再建しなければならない」と強調している関係上、万難を排してアメリカで建造する方針を堅持する努力がなされることになるであろう。なんといっても軍艦を輸入するということは、トランプ大統領の上記標語以上に、一流海軍国としては屈辱的状況ということになる。


現在アメリカ海軍が運用している400隻近くの各種艦艇(主要戦闘艦艇、補助艦艇を含めて)はすべて米国内の民間軍艦建造メーカーならびに海軍造船所(1970年まで軍艦を建造していたが、それ以降は海軍造船所では建造されていない)が建造したものである。イギリス海軍にせよ、フランス海軍にせよ、ドイツ海軍にせよ、ロシア海軍にせよ、そして海上自衛隊にせよ軍艦の輸入調達はしていない。中国海軍は最近までは駆逐艦や潜水艦それに航空母艦などを輸入していたが、現在は国産路線に切り替えて名実ともに一流海軍へと脱皮を図っている。


インガルス造船所(写真、HII)


とはいうものの、アメリカ海軍がトランプ政権の打ち出した「355隻海軍」を実現しなければ、「500隻海軍」を造り出してしまうであろう中国海軍に南シナ海や東シナ海は言うまでもなく、西太平洋からも締め出されてしまうことになる。つまり、面子にこだわっていると、中国海軍の前に膝を屈するという、とんでもない事態に立ち至るかもしれないのだ。


さらに深刻な問題は、軍艦建造費である。アメリカ連邦議会予算局が発表した「355隻海軍」をアメリカ国内の造船能力を総動員して建造し続けて今後20年以内に誕生させるというシミュレーションによると、毎年1030~1040億ドル(およそ10兆8150億~10兆9200億円、すなわち日本の国防予算の2倍程度)の軍艦建造費、人件費、人材育成費、改修整備費などの大艦隊建設維持費が必要となると推計された。「355隻海軍」建設関係費だけでこのような莫大(ばくだい)な予算を20年間にわたって支出し続けることが果たして可能なのであろうか?


このように、トランプ大統領が掲げる「強いアメリカの再現」の切り札の一つとなる「大海軍の建設」は、アメリカ自身の建艦能力の制約と、莫大な予算が必要という、極めて高いハードルに阻まれ、早くも実現が疑問視されている。場合によっては、日米同盟に基づき、日本が誇る軍艦建造能力に支援を求めてくる日が訪れるかもしれない。






(次回は4月4日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん



1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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