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トランプによる核戦略大転換を、諸手を挙げてたたえる愚

軍事社会学者 北村淳 #22





アメリカ海軍関係の親友から「日本政府高官などが、トランプ政権が打ち出した新核戦略(『NPR-2018』に示されている)を高く評価すると持ち上げているだけでなく、海上自衛隊高官であったという軍事専門家なども『米国の核の傘に頼っているわが日本としては、アメリカが潜水艦発射型戦術核を配備する方向性を打ち出したことは、INF条約(米国と旧ソ連が1987年に結んだ中距離核戦力〈INF〉全廃条約)を踏みにじっているロシアや、対日長射程ミサイル戦力の強化にいそしんでいる中国を西太平洋戦域で抑止することになり、大歓迎である』といったメッセージを伝えてきたりしているが、日本の政治家や防衛関係者たちの主流意見なのか?」という疑問が寄せられた。


この友人はさらに続けて「つまり、日本の政治家や軍事専門家の間ではトランプ政権が打ち出した核戦略が、せいぜい『低出力核弾頭を装着した巡航ミサイル』配備程度の(核戦略)構成要素に矮小化されて理解されているのか? また、同盟国アメリカにおける核戦略の大転換にもかかわらず、日本自身の核戦略の転換が真剣に検討されはじめないのか?」と尋ねるのだった。


本稿では、第1の疑問のバックグラウンドを検討してみることとし、第2の疑問については次回に論じさせていただく。


米政府の基本戦略は「核戦力削減」であった


ニクソン大統領以来アメリカ政府は、米ソ冷戦の先鋭化に伴い躍起となって強化し続け「over-kill」状態(と同時に財政的には金がかかりすぎる状態)になってしまっていた核戦力を削減する方針を、共和党政権・民主党政権を問わず、踏襲し続けていた。


ニクソン大統領、フォード大統領そしてカーター大統領の時期に削減された核戦力はそれほど大きいものではなかった。しかし、レーガン大統領そしてブッシュ(父)大統領の時期には、ほぼ半数の核弾頭が廃棄された。引き続いてクリントン政権下では20%、ブッシュ(子)大統領は50%、そしてオバマ大統領時代には24%の核弾頭が削減されたのである。


このようなアメリカ政府による継続的核弾頭削減政策の結果、アメリカは現在、6800~7000発の核弾頭を保有していると言われる状態になっている。ちなみにロシアは7000~7290発、保有数第3位のフランスは300発、引き続いて中国260~270発、イギリス215発(以上の5カ国が国連安保理常任理事国)、パキスタン(NPT〈核不拡散条約〉不参加)130発、インド(NPT不参加)120発、イスラエル(NPT不参加)80発、北朝鮮(NPT不参加)数発?、というのが現在の核弾頭保有状況である。


アメリカ統合参謀本部をはじめ核戦略を専門にする米軍関係者たちの多くは「たとえ米軍が現在保有している核戦力の3分の1を削減したとしても、核(すなわちロシア、中国、北朝鮮)を念頭に置いた各種軍事作戦を完遂させることが十二分に可能である」と分析している。そして昨年(2017年)には(つまりトランプ政権誕生後ということになる)アメリカの核戦略実施の最高責任者であるアメリカ戦略軍司令官ジョン・ハイトン空軍大将も「アメリカ軍が保有している各種核戦力は多様な事象に適応できる満足な状態にある」と胸を張っている。

アメリカ戦略軍司令官ハイトン空軍大将(写真、米国防総省)

すなわち、核戦力とは核弾頭の数量だけではなくそれらの性能や核弾頭を攻撃目標に送り込むミサイルや航空機、それに潜水艦などの総合力で判断しなければならないのであり、ロシアの方が若干弾頭数は多いかもしれないものの性能などをトータルで考えると、米軍核戦力は群を抜いて世界最強である、と核戦略に関与している米軍関係者たちは揺らぎない自信を持っているのである。




トランプ大統領に採用された"Dr. Strangelove派"

「アメリカの核戦力は極めて弱体化してしまっており、抑止効果を失いつつある」と考えているトランプ大統領は、アメリカ戦略軍やアメリカ統合参謀本部(米軍の最高機関)それに多くの核戦略専門家たちの上記のような見解を受け入れることはなかった。そして、かねてより「たった7000発の核戦力では不十分である」として核戦力増強を唱道し続けてきたケイス・パイン(Keith Payne)博士を筆頭とした「Dr. Strangelove派」(すなわち、核戦力至上主義者たち)に、『NPR-2018』を執筆させたのであった。


これまで数十年にわたって、アメリカ政府は核戦力削減を基本方針としてきたため、パイン博士ら「Dr. Strangelove派」の「核戦力増強により核保有国をはじめとする敵対勢力を威圧してアメリカの覇権を維持する」という戦略は採用されることはなかった。ところが、アメリカ政府の伝統的核戦略から決別しようとしているトランプ大統領の登場により、ようやくパイン博士たちの核戦力増強戦略が日の目を見ることとなったのである。


このような核戦略の大転換における具体的方策として、やはりかねてより「Dr. Strangelove派」の米軍関係者たちが主張していた「核の先制使用」の容認、「低出力核弾頭を装着した巡航ミサイル」の配備などが『NPR-2018』に盛り込まれたのである。なにも、日本を中国の各種長射程ミサイルの脅威や北朝鮮の弾道ミサイルの脅威から防御するための具体的方策として「低出力核弾頭を装着した巡航ミサイル」の配備といったアイデアが飛び出してきたわけではないのである。


「低出力核」などは戦略大転換の小さな要素に過ぎない


これまで長きにわたってアメリカ政府は核戦力削減を基本戦略としてきており、政府の方針を尊重しつつ具体的軍事戦略を構築・実施する軍当局も、核戦略削減を大前提として戦略を策定し、各種戦力を構築し、訓練を実施してきたのである。そして、軍関係者たちの主流も、核戦力削減戦略を受け入れてきており、パイン博士をはじめとする『NPR-2018』の執筆にかり出された「Dr. Strangelove派」は少数派に留まり続けていたのである。


ところが、トランプ大統領の意向によって、核戦力削減戦略が核戦力増強戦略に革命的に取って代わられたのであるから、アメリカ軍全体の軍事戦略や戦術、多くの装備類、それに各種訓練なども抜本的変化が求められる状況に立ち至ったことになる。


したがって、核戦略大転換という大きな流れの全体を把握することなく、その構成要素に過ぎない「低出力核」や「戦術核搭載巡航ミサイル」だけに目をとめて一喜一憂しているのは、まさに戦略的思考が欠落した姿勢であるということになるのである。





(次回は3月7日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん



1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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