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フィンランドでも台頭する排外・差別集団~『希望のかなた』

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『希望のかなた』より © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC

インタビューに答える主演シェルワン・ハジ=早坂元興撮影

『希望のかなた』は内戦が激しさを増すシリアを逃れた青年カーリド(シェルワン)がフィンランドにたどり着く場面で始まる。シリアの最大都市アレッポで親族も家も失ったカーリドは、トルコを経て船で命からがらギリシャへ渡り、ハンガリー国境で混乱に巻き込まれ、妹ミリアム(ニロズ・ハジ)と生き別れに。ヘルシンキでひとり難民申請をしながら、収容施設で仲よくなったイラク人マズダック(サイモン・フセイン・アルバズーン)に妹を探すための協力をあおぐ。だがカーリドは、「いい人によるいい国」だと聞いていたはずのフィンランドで難民申請を却下され、路上では「フィンランド解放軍」を名乗って排外主義を掲げる黒服の自警団に襲われる。打ちひしがれた彼に手を差し伸べたのは、人生を変えようとレストランオーナーになったヴィクストロム(サカリ・クオスマネン、61)。カーリドがレストランに匿われるようにして懸命に働くうち、やる気のなかった従業員たちも活気を増す。だが妹ミリアムをめぐり、事態はさらに動いてゆく――。

『希望のかなた』より © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC

今秋の国連UNHCR難民映画祭での上映に合わせて来日したシェルワンは、メソポタミア文明を育んだチグリス川にほど近いシリア北東部ダイリク(現マリキヤ)で生まれた少数民族クルド人。首都ダマスカスで難関のアートスクール「Higher Institute of Dramatic Arts」に進み、俳優としてテレビなどに出ていたが、2010年にフィンランドへ。ダマスカスのバーでフィンランド人女性と出会い、2年の交際を経てついに結婚に至ったのが移住のきっかけだ。当時はシリア内戦が起こる前。友人らからは「仕事もあるのに、移住なんてどうかしてる」と言われたそうだが、その後、故国は戦闘や空爆にさらされ、多くの友人が家を失い、難民となり、あるいは命を落とした。「シリアを出るのは僕にも大きな決断だったけど、今思えば必然だったんだろうと思う」とシェルワンは語る。

『希望のかなた』より © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC

実際、2014年にフィンランド国籍も得たからこそ、内戦勃発後にトルコに身を寄せていた両親も呼び寄せることができた。きょうだいはオランダで亡命申請をし、認められて住んでいる。おじは故国を出たがらず、アレッポに住み続けているそうだ。

だからこそシェルワンは今作の役作りにあたって、「いわゆる基礎的なリサーチをする必要はなかった」と話す。「シリア出国を強いられた友人がどうしているか、電話などを通じて知っているし、シリアからの移住がどんなものかについても、自分の日常の暮らしの中でわかっている。製作陣は僕の日々の経験を積み重ねる作業から始めた。僕がすべきことは、この問題をキャラクターで体現し、スクリーンを通して観客に届けることだった」

主演シェルワン・ハジ=早坂元興撮影

シェルワンは続けた。「親族や友人は残虐行為にさらされてきた。僕は時々目を閉じて、それがどんなものか想像をめぐらせる。それをこのキャラクターに注ぎ込もうとした。カーリドは架空の人物だけど、現実の無数の人たちを表している。カーリドはさらにカウリスマキ監督の手で、ニュースで報じられるような難民ではなく、違うバックグラウンドを持つ対等な人間として描かれている」

もし内戦前にシリアを出ていなかったら、どうなっていたと思いますか? そう聞くと、シェルワンは答えた。「どこかの難民になっていたかもしれないね。わからないが、少なくとも確実に言えるのは、戦闘に加わったりはしていない」

『希望のかなた』より © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC


フィンランドへ移るとすぐ、フィンランド語を勉強し、大学でも学んだという。2015年には英国のアングリア・ラスキン大学芸術学部に進み、博士号も取った。フィンランドでは映画のプロダクション会社も設立。今や母語のクルド語とアラビア語、トルコ語、フィンランド語、英語の5カ国語を駆使し、「最近はスペイン語にも挑戦しているよ」とシェルワンは言う。

その多言語対応ぶりも、今作に役立った。それまで映画に出たことがなかったシェルワンにある日、プロダクション会社から「英語とアラビア語と、できればフィンランド語ができて、ユーモアのセンスもある中東出身の俳優を探している」というメールが届いた。端役かなと思いつつ出向くと、フィンランドの鬼才アキ・カウリスマキ監督(60)の作品の主役を決めるオーディションだった。シェルワンは言う。「脚本を読み、フィンランドの人が中東の難民について深く掘り下げようとしていることに驚いた。とてもすごいことだと思い、期待にこたえる責任をより感じた」

『希望のかなた』より © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC


カウリスマキ監督はフィンランドの気骨の映画人だ。9.11米同時多発テロの翌2002年、ニューヨーク映画祭にともに招待されたイランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督(2016年逝去)にビザが出ず、カウリスマキ監督は憤って映画祭をボイコットした。この時、カウリスマキ監督が出した声明はこうだ。「世界中で最も平和を希求する人物の一人であるキアロスタミ監督に、イラン人だからビザが出ないと聞き、深い悲しみを覚える。石油すら持たないフィンランド人はもっと不要だろう。米国防長官は我が国でキノコ狩りでもして気を鎮めたらどうか。世界の文化の交換が妨害されたら何が残る? 武器の交換か?」

そんなカウリスマキ監督だからこそ、今作でも敢えて、フィンランドの負の側面を強調したのだろう。


主演シェルワン・ハジ=早坂元興撮影

シェルワンは語る。「フィンランドはユートピアではない。他の国と同じように、いろんなタイプの人間がいる。カウリスマキ監督としては、フィンランドも何もせずにいたら遅かれ早かれ事態が進んでしまうかもしれないと恐れているんだと思う。世界は今、怒りや恐れ、孤立や争いへと突き進んでいる。フィンランドも今や、極右政党が連立与党の一角を占めているからね」

反欧州連合(EU)や移民排斥を掲げる「フィンランド人党」だ。2015年の総選挙で初めて野党第2党となり、連立政権入りした。加えて最近は、「移民からフィンランド人を守る」という名目で路上をパトロールする自警団も跋扈している。彼らも今作の自警団と同様、黒づくめで知られる。

「彼らは難民だけじゃなく、フィンランド人も攻撃している。アーティストとしては、この現実を作品に反映させようとするのは当然だ」

『希望のかなた』より、人気店をめざして寿司にチャレンジするカーリドらレストランの面々 © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC

シェルワン自身はカーリドのような目に遭ったことはないが、友人は経験があるという。シェルワンは言う。「正直、世界は天国じゃない。歴史を振り返っても、それが現実だ。でもだからこそ僕は、悪い面よりいい面を見ていたい。愛や寛容の気持ちでアプローチする人たちだっている。この作品には、いいことをする普通の労働者たちも描かれているが、これも現実の反映だ。彼らも、人種差別主義のグループも、同じ国に生きながら考え方は違う。監督は観客に、前者でいたいか、路上で人種差別的な行動をする人になりたいか、選択を迫っている」

シェルワンはこのインタビューの前日、静岡県の貴船神社を訪れ、手を合わせたそうだ。え、イスラム教徒ではないのですか? そう尋ねると、「僕はイスラム教徒の家族に生まれたけど、だからって僕もイスラム教徒になるとは限らないよね。僕は何の宗教も信仰していないよ」と笑った。「僕は、他の人々とつながったり理解したりするのを阻むものからなるべく逃れようと意識してきた。そうすることで、とてもすばらしい経験が得られる。自分が善き人になるために書物が必要だとは思っていない。もちろん、どんな宗教であれ信仰を持つ人には敬意を感じているけれど、宗教は『受け継ぐ』ものではないと思っている。自分で選択して考える力や知識は受け継ぎたいと思うけれどね」

『希望のかなた』より、カーリドを見守る犬のコイスティネン © SPUTNIK OY, 2017Nine Cats LLC

そう言ってシェルワンは、インタビューをこう結んだ。「僕は自分のことを、グローバル・シチズンだと思っているよ」