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なかなか踏み切れないが、可能性はあるアメリカの対北朝鮮軍事攻撃

軍事社会学者 北村淳 #17



トランプ政権は、北朝鮮の核弾頭搭載長距離弾道ミサイル(ICBM)開発を阻止するためには軍事力の行使も辞さない旨を繰り返し公言している。


たしかにアメリカは、北朝鮮がアメリカ領域(ハワイ州、アラスカ州)を核攻撃可能なICBMを手にすることだけは何としてでも阻止する覚悟は固い。そして「アメリカに対する核攻撃の芽を未然に刈り取る」ことを口実にして北朝鮮に対する軍事攻撃―すなわち「予防戦争」―を実施した場合、アメリカ国民の支持を得ることは間違いない(もちろん、反対する人々は少なくはないが)。 


米領域への軍事攻撃は絶対に許さない

自国領域内に対する外敵の軍事攻撃を被った経験が極めて少ないアメリカでは、伝統的に「アメリカ領域に対する敵の軍事攻撃は何としてでも阻止する」という国防の大原則が尊重されている。


そのため、1941年当時はアメリカの準州であったとはいえ、真珠湾攻撃はアメリカ国民の多くを戦争に駆り立てる口実としては十二分以上の出来事であり「国防の失策」であったのだ。そして、2001年の911同時多発テロもアメリカ国民の多くを憤激させるにあまりある米国領内での軍事攻撃であったため、その後のアメリカは執拗(しつよう)に対テロ戦争を継続させている。


北朝鮮のICBMによる対米攻撃は、アメリカにとっては真珠湾攻撃や911同時多発テロの比ではない。何といっても、アメリカだけが使用したことがある核兵器による攻撃を自らが被る可能性があるため、何としてでも阻止する責務がアメリカ政府に課せられている。


アメリカのオプション

北朝鮮に確実な対米核攻撃能力を手にさせないためにトランプ政権がテーブル上にのせているオプションは、大ざっぱに言って

(#1)外交交渉により北朝鮮にICBM開発を放棄させる、

(#2)外交交渉により北朝鮮にICBM開発を凍結させる、

(#3)軍事攻撃によって北朝鮮のICBM関連能力を完全に破壊する、

(#4)軍事攻撃により北朝鮮のICBM関連能力を完全に破壊するとともに、金正恩政権を葬り去る、

(#5)軍事攻撃により北朝鮮のICBM関連能力を完全に破壊し、金正恩政権を葬り去り、核関連施設も接収する、

の5通りが存在する。


いずれにしても、過去四半世紀の経験から判断すると、北朝鮮相手の外交交渉は、単に北朝鮮側に時間を与えるに過ぎない結果となりかねない。そこで、アメリカ外交当局は中国を引き入れて、中国の影響力を担保として北朝鮮にICBM開発を中止あるいは最低でも凍結させようと考えている。


しかしながら、北朝鮮と中国の裏の関係がいまだに不鮮明であるうえ、中国が北朝鮮問題を外交カードとして用いながら、南シナ海ならびに東シナ海への膨張主義的進出を加速させており、これ以上アメリカ側が習近平政権に北朝鮮問題での解決を期待すると、東アジアでのアメリカの影響力はますます低下してしまうことになる。したがって、中国への期待には見切りを付けて、アメリカ主導での解決のための軍事オプションに踏み切らざるを得ないとの考えも強い。とはいっても、軍事オプション発動には、アメリカ軍当局は極めて慎重にならざるを得ないというのが現状である。


日本の“参戦”が前提となっている「予防戦争」

「アメリカが同盟国すなわち韓国と日本と共に北朝鮮と戦ったならば、われわれは間違いなく勝利する」と常々口にしているマティス米国防長官は、同時に「ただし、そのような『予防戦争』は想像を絶するほど壊滅的な結果を生じさせ、われわれの勝利は“巨大な犠牲”と引き換えに得られることになり、基本的には決して突入したくない戦争ということになるのだ」とも語っている。


アメリカが北朝鮮に対する先制攻撃すなわち「予防戦争」を実施するにあたっての戦争目的は、北朝鮮が保有するアメリカ領域内を核攻撃可能なICBMならびにそれを発射する地上移動式発射装置(TEL)を完全に葬り去ることにある。


したがって、アメリカ軍による先制攻撃は、北朝鮮軍のICBMとその発射関連装置の格納位置が判明した場合に限られることになる。つまり、ICBMとその発射関連装置を完全に破壊することが可能な確証(あくまでもアメリカ政府・軍当局にとっての“確証”ということになるのだが)を手にするまでは、マティス長官がいう「予防戦争」が発動されることはないのである。


マティス長官によると「予防戦争」は米韓日同盟軍によることが当然の前提となっている。もちろん、日本防衛当局の現状を理解しているアメリカ国防当局が、「予防戦争」における北朝鮮に対する各種攻撃任務に自衛隊部隊が直接加わることは想定していないが、同盟国として日本の基地やレーダーサイトが先制攻撃遂行上重要な役割を果たすことを大前提としているのだ。


軍事同盟が存在している以上、北朝鮮に対するアメリカ主導の「予防戦争」に上記のような形態に限定されるとはいえ参戦しないことなどあり得ないのであるが、いわゆる“平和ぼけ”状態が永らく続いている日本社会では、場合によっては日本政府ですら、日本も同盟軍の一員となり「予防戦争」を遂行するという意識が欠落しているのではないのか?と危惧せざるを得ない。


「徹底的な予防戦争」のハードルは高い

もっとも、トランプ政権が場合によっては北朝鮮のICBM関連施設のみならず金正恩ならびに金正恩政権首脳を一網打尽に排除してしまい、ミサイル開発能力と核開発能力を一掃してしまう、といった「徹底的な予防戦争」(上記オプションの#5)も取り沙汰されてはいるものの、アメリカ軍の戦闘態勢準備や国防当局をはじめとする政府首脳そして連邦議会などの論調といった現状からは、とてもそのような軍事作戦を実施することは出来ない。最大の理由は、「徹底的な予防戦争」を実施するには、どうしても地上軍を北朝鮮領内に送り込まなければならないからである。

朝鮮戦争時のソウルでの市街戦。「予防戦争」では朝鮮戦争以上の犠牲が予想される(米国防総省提供)

地上軍(韓国軍特殊部隊と行動を共にする米軍特殊部隊に引き続き、米海兵隊上陸部隊が侵攻し、米陸軍の大部隊が投入されることになる)が北朝鮮領内での作戦行動を開始すると、アメリカ軍将兵の死傷者をはじめとする甚大な損害が予想される。そのような犠牲は極力避けなければならない、というのがアメリカ国防当局はじめ米政府や世論の支配的感情である。


それだけではない。アメリカの地上部隊が北朝鮮に足を踏み込むと同時に、現在北朝鮮国境付近に展開している中国地上軍大部隊が、「北朝鮮からの難民を保護(実際には阻止)するとともに、アメリカ軍の先制攻撃とそれに引き続く米韓連合軍の侵攻により大混乱に陥った北朝鮮の秩序を維持する」という名目で、北朝鮮領内になだれ込むことは確実である。


その結果、米韓連合地上軍は、北朝鮮軍に対する掃討作戦だけではなく、中国地上軍との衝突の可能性にも直面する。そして中国軍との地上での戦闘が勃発すると、隣接する中国からは航空部隊それに海軍部隊も出動し、米中戦争へと発展しかねなくなる。大戦争は、ちょっとした偶発的衝突が引き金となり得ることは、古今東西の歴史が物語っているところである。


以上のような理由によって、現時点では「徹底的な予防戦争」をトランプ政権が発動する可能性は極めて小さいといわざるを得ない。


ICBMだけを殲滅(せんめつ)する

「徹底的な予防戦争」と違って「限定的な予防戦争」(上記オプションの#3)すなわち北朝鮮のICBM発射・開発能力を徹底的に破壊して、少なくとも北朝鮮によるアメリカに対する核攻撃の可能性だけは除去するための戦争は、現状においても実施される可能性は否定できない。


もちろん、アメリカ政府とりわけ国防当局ならびに外交当局としては極力軍事力の行使は差し控えたいのが本音であるが、外交的対処では中国の動きに期待せざるを得ず、とどのつまりは北朝鮮情勢も打開できず、南シナ海と東シナ海への中国の膨張主義的拡張政策も完成の域に近づけさせてしまい、下手をすると台湾も中国の手中に落ちかねない。


したがって、より確実にアメリカへの核攻撃の芽を摘むためには、「限定的な予防戦争」を敢行するしかない、とトランプ政権が腹をくくることは十二分に現実的なシナリオといえよう。ただし、「徹底的な予防戦争」に比すれば「限定的な予防戦争」によりアメリカ側(すなわち韓国や日本も含む)が支払わなければならない人的物的犠牲は少ないとはいえ、それでもマティス長官の言うように「想像を絶するほど壊滅的」であることには変わりはない。


そして、日本がそのような言語に絶するほどの損害を被らないためには、莫大(ばくだい)な税金を投入してアメリカから弾道ミサイル防衛システムを購入することではなく、トランプ政権に「予防戦争」を開始させないという選択肢しか存在しないのだ。このように日本も大きな犠牲を支払うことを覚悟せざるを得ない「限定的な予防戦争」はどのような戦争なのかに関しては、次回に述べさせていただく。





(次回は12月13日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん

1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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