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『悪魔祓い、聖なる儀式』 世界で広がるエクソシズム。なぜ?

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『悪魔祓い、聖なる儀式』より Ⓒ MIR Cinematografica – Operà Films 2016

エクソシスト、あるいは悪魔祓いと聞けば、かつてのホラー映画の身震いするような映像をつい思い起こす。でもその単純な連想こそ、心の病への偏見や排除の心理につながっているのかもしれない。18日公開のイタリア・フランス映画『悪魔祓い、聖なる儀式』(原題: Liberami)(2016年)は、世界的に需要が増えているエクソシズムの知られざる世界を稀に映像に収めたドキュメンタリー。フェデリカ・ディ・ジャコモ監督にスカイプでインタビューした。

主な舞台はイタリアの地中海に浮かぶシチリア島。約1200年もの間続くというカトリックの「悪魔祓い=エクソシズム」を実践する限られた神父のひとり、カタルド神父のもとに、科学や医療では解明しづらい問題や病を抱えた人たちが各地から続々と集まり、悩みを神父に打ち明け、いわばお祓いしてもらうさまを映し出す。本来はひっそり続いてきたエクソシズムを、賛否いずれの解説も加えない形でドキュメンタリー映像に収めるのは「恐らく世界で初めての試み」だそうで、昨年のヴェネチア国際映画祭でオリゾンティ部門の作品賞を受賞した。

フェデリカ・ディ・ジャコモ監督=本人提供

「自分自身はカトリック信者ではない」とジャコモ監督。だがある時、神父のエクソシスト養成コースについての記事を読んで興味を惹かれたそうだ。今作にもその様子は出てくるが、養成コースを開かなければならないほど、需要が高まっているということだ。「エクソシズムを受けたい人はラテンアメリカでもフィリピンでも、米国でも増えている。エクソシスト神父はイタリアに多いけれど、それはバチカンがあるから。エクソシズム信仰の広がりは世界的な現象だと思う」

エクソシズムはカトリック教徒の多いイタリアでも「あまり知られていないし、一般的ではないですよ」とジャコモ監督。基本的には秘密裏に実施され、撮影許可もめったにおりないためだ。「でも人々がエクソシズムを求める現象はどんどん大きくなっている。一方でエクソシズムを批判する層はいるため、批判に抗い、実際はどんなものなのか説明したい人たちも増えている。一般にはフィクション映画でしか見られないわけだから」。ジャコモ監督はそうやって、カタルド神父や教会に撮影の意義を説いたそうだ。

『悪魔祓い、聖なる儀式』より Ⓒ MIR Cinematografica – Operà Films 2016

悪魔祓いは映画『エクソシスト』(1973年)で広く知られたためもあってか、興味本位のような記事は今も目につく。歴史的には、病を持つ人たちが「悪魔祓い」「魔女狩り」の名の下、死に至らしめられた忌まわしい過去もある。それもあってエクソシズムを否定する人たちは今も目立つ。だが、求めてやまない人がいるのも現実だ。精神的に病んでしまった、あるいはそのように見えたら「変わった人」として「排除」される傾向は今もあるし、病院に行ってもただうつ病薬を処方されるだけ、ということもあるわけだから。

実際、このドキュメンタリーを見ると、現実には精神的にどうしようもなくなり、医師にかかっても治らず、わらをもすがる思いで教会にゆきつく人たちを癒す側面がエクソシズムにはあるのだと気づかされる。「神父も言っていたが、いわゆる本当に取り憑かれたというような人はほとんどいなくて、理解しづらいような病に陥っている。彼らは神父のエクソシズムを受けた後、気持ちが和らいでいる」

『悪魔祓い、聖なる儀式』より Ⓒ MIR Cinematografica – Operà Films 2016

そのうえで、ジャコモ監督は今の広がりについて、こう分析する。「心の病への対処法がゆきづまっているからではないか。お金がなければ医者にも長く診てもらえないし、多くの人は精神分析医にもなかなか会えない。宗教は人間の深い要求にこたえるところがある。癒しだけでなく、病がどれだけひどいかも教えてくれる。科学以上の役割を果たしている」

そう考えると、エクソシズムが盛んな現象も、決して他人事ではない。日本も心の癒しを求めてお寺の法話を聞く人たちは増えているし、寺社の除霊やお祓いは昔から続いている。「人は一般に、自分の悩みを他人にそうは話さない。家族にだって言わない人たちも、私だってよく知っている。打ち明けたところで何か批判されるのではないかと恐れ、話したがらない。だからエクソシズムの教会に来る人は、家族にも知らせていなかったりする」

『悪魔祓い、聖なる儀式』より Ⓒ MIR Cinematografica – Operà Films 2016

だからこそ、耳を傾けてくれる人物に人は集まる。今作に登場するカタルド神父が人気なのは、「とても人間的だからだと思う」とジャコモ監督も言う。「彼はどんな問題についても耳を傾け、精力的。頼って来た人を追い返すことも決してしない」。なるほど、現代のエクソシスト神父は、カウンセラーの側面もあるのだ。

エクソシズムや、エクソシストにかかる人たちを「怖いもの」として目を背ける側にこそ問題はないかーー。次第にそう問われている気がしてきた。するとジャコモ監督は言った。「この映画は見た人に精神的な病について考えさせ、多くの疑問を投げかけているのです」

『悪魔祓い、聖なる儀式』より Ⓒ MIR Cinematografica – Operà Films 2016