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米海軍が70年間守った重要ポストを失うことになるのか?

軍事社会学者 北村淳 #16



アメリカ海軍が日本海で3セットの空母打撃群による演習を実施している。3隻の空母が同時に同一海域に展開すること自体珍しい出来事なのだが、その空母を中心とした戦闘部隊である空母打撃群が3個部隊(空母3隻、イージス艦11隻)も参加する演習は極めて稀である(東アジア海域では10年ぶり)。


この貴重な演習には韓国海軍や海上自衛隊も加わり、アメリカ太平洋艦隊、そして同盟国を加えた海軍戦力の強力さを誇示しようというわけだ。もちろん、直接的な威嚇対象は北朝鮮であるのだが、真の威嚇対象は南シナ海や東シナ海に膨張主義的進出を続けている中国ということになる。


ただし、北朝鮮はともかくアメリカ軍の——とりわけ空母打撃群を中心としたアメリカ海軍の——東シナ海や南シナ海での作戦行動に対抗するべく『積極防衛戦略』(米側は『接近阻止/領域拒否戦略(A2/AD戦略)』と呼称する)を推し進めている中国に対しては、どのくらい威嚇効果が上がっているのかには疑問符が付せられるところだ。少なくとも、1996年のいわゆる第3次台湾危機の際にアメリカが2セットの空母戦闘群(当時は空母打撃群ではなく空母戦闘群と呼ばれていた)を展開させた時のようには、中国側に脅威を与えていないことだけは確実である。


というのも、過去20年で、中国人民解放軍の各種長射程ミサイル戦力(弾道ミサイル、長距離巡航ミサイル)ならびに海洋戦力(水上艦、潜水艦、航空機)が飛躍的に強化されたのに加えて、アメリカ政府・軍当局内部においてすらアメリカ海軍の作戦能力に大いに疑問がもたれているからである。そのような事情を示唆しているのが、次期アメリカ太平洋軍司令官の候補者選定を巡る動きである。


アメリカ太平洋軍とは

アメリカ軍は、海軍・陸軍・空軍そして海兵隊の4軍から構成されている(戦時には沿岸警備隊が海軍に組み込まれる。ただし、沿岸警備隊は国防総省の管轄下にはない)。それらの4軍は軍事行政的(予算・人事などのいわゆる軍政)には海軍省(海軍と海兵隊)・陸軍省(陸軍)・空軍省(空軍)の管轄下にあり、それぞれシビリアンのポストである海軍長官、陸軍長官、空軍長官が責任者となっている。それら3省を統括するのが国防総省であり、3長官は国防長官に直属する形になっている。


それらシビリアンの長官たちに対応する4軍それぞれの軍人の最高位が、海軍作戦部長・陸軍参謀総長・空軍参謀総長・海兵隊総司令官である(海兵隊は海軍の一部として位置づけられるため海軍作戦部長と海兵隊総司令官はともに海軍長官に直属する)。そして国防長官に対応する(厳密には大統領と国防長官に直接アドバイスを行う)軍人が統合参謀本部議長である。それらのアメリカ軍最高位の軍人たちは、軍令機構のポストであるため、実際の軍事作戦などにおける指揮統制には直接関与することはない。


アメリカ軍の軍事作戦を直接指揮統制する仕組みとして、上記の行政的構造とは別に「統合戦闘集団」(Unified Combatant Command:UCC)という軍令的な構造が存在する(日本では、UCCを統合軍と呼称しているが、combatantという軍令的意味合いが不鮮明になるため統合戦闘集団あるいは統合戦闘軍と呼称すべきである)。


現代の軍事作戦は、陸軍だけあるいは海軍だけで実施できることは極めて稀で、海軍、空軍、海兵隊、陸軍それに各軍が保持している特殊作戦部隊などが協働しなければ遂行できない場合がほとんどだ。そこで、世界中で活動することが前提となっているアメリカ軍は、軍事作戦(戦闘を伴わない災害救援作戦や人道支援作戦なども含めての広義の軍事作戦)を実施する六つの担当区域を設定し、それぞれの地域ごとに統合戦闘集団を設置している(地図参照)。

アメリカ太平洋集団(USPACOM:アメリカ太平洋軍)

アメリカ北方集団(USNORTHCOM:アメリカ北方軍)

アメリカ南方集団(USSOUTHCOM:アメリカ南方軍)

アメリカ中央集団(USCENTCOM:アメリカ中央軍)

アメリカ欧州集団(USEUCOM:アメリカ欧州軍)

アメリカアフリカ集団(USAFRICOM:アメリカアフリカ軍)

統合戦闘集団(統合軍)担当地域

これら地域ごとの統合戦闘集団と並列して、活動地域を限定しない方がより効率的と考えられる軍事組織に関しては、下記の3つの機能別統合戦闘集団が編成されている。

アメリカ戦略集団(USSTRATCOM:アメリカ戦略軍)

アメリカ輸送集団(USTRANSCOM:アメリカ輸送軍)

アメリカ特殊作戦集団(USSOCOM:アメリカ特殊作戦軍)


これら九つの統合戦闘集団(統合軍)の中でも、伝統的に最も重要と考えられており、実際に最大の戦力規模を維持しているのがアメリカ太平洋軍である(上述したように、Unified Combatant Commandは「統合軍」ではなく「統合戦闘集団」と呼称すべきであり、それと整合させるにはU.S. Pacific Commandは「アメリカ太平洋軍」ではなく「アメリカ太平洋集団」と呼称すべきであるが、「アメリカ太平洋軍」が定着しているため本コラムでもそれを用いる)。


太平洋軍司令官は、太平洋艦隊・太平洋海兵隊・太平洋空軍・太平洋陸軍に対する軍事指揮権を有し、太平洋軍司令官に対して軍事指揮権を有するのは大統領と国防長官だけである(ただし、大統領と国防長官は統合参謀本部議長や海軍作戦部長、陸軍参謀総長、空軍参謀総長そして海兵隊司令官などのアドバイスを受けるため、それらの最高位の軍人たちが太平洋軍司令官をはじめとする統合戦闘集団を間接的にコントロールする仕組みは残されている)。


太平洋軍司令官の後任人事

現在、アメリカ太平洋軍の司令官はハリー・ハリス海軍大将が努めており、その任期は長くても2018年夏までに迫っている。米軍内でも最重要のポストの一つである太平洋軍司令官の後任人事は、当然のことながら極めて重要であり、軍内外から大きな関心が持たれている。


本コラム「太平洋軍司令官人事を巡る米軍内部での疑心暗鬼 #13」(2017年10月4日付)でも取り上げたように、つい数ヶ月前までは海軍関係者だけでなくメディアなどでも、現在アメリカ太平洋艦隊司令官を努めるスコット・スウィフト海軍大将が次期太平洋軍司令官に指名されることは確実と考えられていた。ところが、世界最強との異名を取ってきた太平洋艦隊所属艦艇が、今年の1月から8月にかけて、立て続けに4件もの大きな事故を起こし、17名もの犠牲者まで出してしまった。そのため、スウィフト司令官はそれら事故の責任を取る形で太平洋軍司令官への途が閉ざされてしまった。


北朝鮮以上にアメリカ軍とりわけアメリカ海軍にとっては最大の仮想敵である中国海洋戦力がますます強大化しつつあるのに対抗するために、これまで中国に対して睨みを効かせてきたハリス太平洋軍司令官の路線を維持することになるであろうと期待されていたスウィフト海軍大将に取って代わる有能な候補者(当然ながら海軍大将)は誰か?がアメリカ海軍内外で議論されていた。


ところが国防総省関係筋から、ハリス海軍大将の後任として、現在アメリカ太平洋空軍司令官を務めているテレンス・オショーネシー空軍大将の名前が挙がってきた。そのため、海軍関係者の間には大きな衝撃が走っている。


大きな試練に直面している米海軍

そもそも太平洋軍という司令部組織が発足したのは第二次世界大戦後の1947年であり、第5代目の太平洋軍司令官までは、太平洋艦隊司令官が兼務する慣例になっていた。


これは、太平洋からインド洋にかけての海洋とその沿岸諸国を作戦担当地域にする太平洋軍にとっては太平洋艦隊がその根幹をなすことは当然の理とされてきたため、極めて自然の成り行きであった。そして太平洋軍司令官と太平洋艦隊司令官のポストが切り離された1958年以降も、太平洋軍司令官には海軍大将が任命されることが「当たり前」とされ、現在の第24代ハリス司令官まで、全ての司令官は海軍から送り込まれてきたのである(ただし、海軍内人事のタイミングの関係で、陸軍中将(およそ1週間)と空軍中将(およそ3週間)が代行司令官を努めたことが2回だけある)。


ようするに、アメリカ軍の中でも最も重要な軍人のポストの一つとされている「太平洋軍司令官のポストは海軍のもの」という大原則が、太平洋軍が発足して70年経過した今日、崩れる可能性が浮上してきたのである。


そのため、米海軍の擁護者として連邦議会でも力のあるジョン・マッケイン上院議員(マッケイン上院議員自身は海軍兵学校を卒業後海軍士官となった。ベトナム戦争中は、戦闘機パイロットして北ベトナム攻撃作戦に参加していたが、撃墜され捕虜となる。拷問や懐柔にも耐え抜きパリ協定締結後5年半ぶりに解放され海軍に復帰。1981年に海軍大佐の階級で退役し政治家に転身。下院議員を4年間務めた後、1987年から現在に至るまで上院議員を務める。2015年からは上院軍事委員会委員長を務める。マケイン議員の父も祖父も共に海軍大将であった)をはじめとする「海軍重視派」「伝統尊重派」の政治家や軍関係者などから、オショーネシー空軍大将——というよりは海軍大将以外の人物——の太平洋軍司令官への就任に対して、猛烈な反発が予想されている。


しかし、米軍内部そして海軍戦略家の中にすら「連続して起こしてしまった重大事故の原因調査結果(未だに全ての事故の最終調査結果が確定したわけではないが)からは、海軍における士気の低下、訓練不足、指揮命令系統の乱れなどが浮き彫りにされてきている。それらが、国防予算削減の影響による、海軍予算不足、人手不足、それらに伴う過労、などが引き起こしているとはいうものの、やはり海軍全体にショックを与えて覚醒させる荒療治も必要かもしれない」といった声も聞こえて来ている。


ただし、太平洋軍司令官のポストを海軍が失うことにより、更に士気が低下することも考えられなくはない。いずれにしても、アメリカ海軍、ペンタゴン、ホワイトハウス、そして連邦議会は、太平洋軍司令官という一軍人の人事を巡って、極めて大きな試練に直面しているのである。




(次回は12月6日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん

1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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