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「中国有利・アメリカ不利」が鮮明になりつつある南シナ海情勢

軍事社会学者 北村淳 #15




南シナ海を主たる担当海域とする中国海軍南海艦隊に、このほど潜水艦救難部隊が新設された。広大な南シナ海を潜航中の中国海軍潜水艦に故障や事故が発生した場合には急行して乗組員を救出し潜水艦を回収するために特化した部隊である。これまでも中国海軍は潜水艦救難部隊を保有していたが、それは北海艦隊に所属しており、とても南シナ海での緊急事態に対処することはできなかった。(中国海軍艦艇は、青島に司令部を置く北海艦隊、寧波に司令部を置く東海艦隊、湛江に司令部を置く南海艦隊に所属している)


中国潜水艦の活動強化

アメリカ海軍では、中国共産党第19回全国代表大会によってますます権力基盤を万全にした習近平指導部は、これまで以上に南シナ海での軍事的優勢の掌握に邁進することになると判断している。なぜならば、南シナ海に潜水艦救難部隊が常設されるということは、南シナ海での潜水艦の活動が飛躍的に強化されることを意味しているからだ。


潜水艦を頻繁に活動させるためには、故障や事故を想定しておかないわけにはいかない。とりわけ多国間で領域紛争中の南沙諸島周辺海域には多数の各国漁船がひしめいている。そのため、このような海域に多数の潜水艦を展開させ密度の高い作戦行動や訓練を実施するには潜水艦救難艦をはじめとする緊急支援態勢が不可欠となる。


南沙諸島に7つもの人工島を設置し、それらの人工島や西沙諸島での軍事拠点の整備もかなり伸展したため、本格的な海軍艦艇の活動の一環として、多数の原子力潜水艦や通常動力潜水艦を南シナ海で活動させようという意図の現れが、潜水艦救難部隊の発足なのである。


米海軍などの強硬論

南シナ海に出動する中国海軍潜水艦の本拠地は海南島の三亜海軍基地である。それに加えて南沙諸島の人工島にも潜水艦前進拠点を設置して、常時数隻の潜水艦が南シナ海をパトロールするという状況は、アメリカ海軍艦艇にとり(もちろん海上自衛隊艦艇にとっても)この上もなく由々しき事態となる。


中国海軍の新鋭通常動力潜水艦は静粛性に優れており、南沙諸島や西沙諸島周辺海域に潜んで、接近してくる米海軍艦艇を攻撃することが可能だ。また、近年静粛性能を改善していると考えられている攻撃原子力潜水艦は、南シナ海を潜航パトロールする米海軍攻撃原潜にとって最強のライバルとなる。ごく単純に考えても、アメリカ海軍にとって南シナ海での脅威度は倍増どころではなく数倍増加することは確実と考えられている。


このように、南沙諸島での人工島建設や、それら南沙人工島ならびに西沙諸島での防衛態勢の強化に加えて、いよいよ本格的に戦闘を前提とした海軍戦力の配備に動き出した中国の攻勢に対して、「もし現在、南シナ海でアメリカが中国の覇権主義的侵出の勢いを押し戻す行動に出なければ、中国指導部は『アメリカには本気で南シナ海での領域紛争に介入する意図はなく、これまで以上の牽制行動は行わない』と判断して、南沙諸島や西沙諸島の軍事拠点化をはじめとする南シナ海のコントロール態勢をより一層加速し、拡大するであろう」と危惧する声が米海軍関係者の中から沸き上がっている。


とはいうものの、現在アメリカが南シナ海で実施できる軍事的な対中牽制行動は「公海航行自由原則維持のための作戦(FONOP)」だけという状況だ。したがって、中国に対する圧力を強化すべきであると主張する人々も、具体的にはアメリカ海軍による南シナ海でのFONOPをさらに強化する、すなわち現在よりも頻繁に実施するべきである、との提言をなすのみである。(オバマ政権は2015年10月から2017年1月までの15ヶ月間で5回のFONOP実施を許可した。それに対して、対中圧力を強化することを選挙中公言していたトランプ政権がこれまでのところ許可したのは、2017年2月から10月までの9ヶ月間に4回となっている)

南シナ海でFONOPを実施中の米海軍駆逐艦(米海軍提供)


しかしながらこれまで実施されたFONOPは全く効を奏してこなかっただけでなく、たとえば月に2回あるいは毎週といったように南シナ海でのFONOPを敢行したとしても、そもそもFONOPそのものが中国による南シナ海での領有権主張に対抗するだけの説得力に欠けているため、莫大な海軍予算の無駄遣いになりかねないとの懐疑論も囁かれている。

12海里内海域の単純な通航では無害通航権の行使に過ぎない

アメリカ側の考えでは、南沙人工島や西沙諸島などは中国が軍事的に実効支配をしているものの領有権紛争中の島々であり領有権が確定していない以上、その周辺海域は中国の領海ではなく公海である。したがって、公海をアメリカ軍艦が航行すること(ならびにその上空をアメリカ軍機が飛行すること)に対して、中国が異を唱えることは許されない。


このような論理に基づいて、オバマ政権は、アメリカ海軍太平洋艦隊に軍艦と軍用機によるFONOP、ただし「島嶼環礁沿海12海里内を通航する際は中国側を刺激しないように軍事的活動とみなされるような行動はせずに速やかに通過する」という“穏当なFONOP”の実施を認めたのである。


しかしながら“穏当なFONOP”では、西沙諸島の島嶼環礁や南沙諸島の人工島などに対して強固な実効支配体制を固めている中国にとっては、なんらの影響を与えることにはならなかった。というのは、米海軍がFONOPを実施した島嶼環礁が中国の主張通り中国領であると仮定しても、他国の領海(海岸線から12海里)内を軍艦が領有権を持つ国に対して軍事的脅威を与えない状態で通航することは、「無害通航権の行使」として国際法的(国連海洋法条約)に認められているからである。アメリカ海軍が実施している“穏当なFONOP”は、まさに「軍艦による無害通航権の行使」そのもののため、FONOP実施海域が公海であろうが中国領海であろうがいかなる軍艦にとっても合法な行為ということになる。


もしアメリカ側が「FONOP実施海域は中国の領海ではなく公海である」ということを示したかったならば、“強硬なFONOP”を実施するしかない。すなわち、対象とする島嶼環礁から12海里内海域で何らかの軍事的行動(たとえば艦載ヘリコプターを発進させたり無人偵察機を飛行させたりする)を実施することによりアメリカの強い姿勢を見せつけねば、中国に対する牽制には全くならないのである。このような行為は、公海上ならば問題はないが、他国領海内では無害通航権から逸脱した軍事行動そのものであるからだ。


しかしながら、国際法的には「無害通航権の行使」と解釈されうるアメリカ海軍による“穏当なFONOP”に対しても、中国側は軍事的脅威を受けたとアメリカ側を非難するとともに、軍事的脅威を受けたことを口実にしてますます南沙人工島や西沙諸島の防衛措置を強固にしつつある、というアメリカ側にとっては悪循環に陥っているのが現状といえる。


直線基線の濫用という場合には領有権を認めることになる

アメリカ海軍が実施(すなわちアメリカ政府が容認)している南シナ海でのFONOPには、「(中国が)拡大して設定している直線基線に対しての警告」というもう一つの公式な目的も謳われている。


国連海洋法条約によると領海は海岸線(基線と呼ぶ)から12海里ということになっているが、海岸線が複雑に入り組んでいる場合などは、現実の海岸線ではなく入り組んだ海岸線や海岸線から至近距離にある島などの適当な地点を直線で結び、その直線を基線(直線基線)として領海を設定することが認められている。ただし、あまりにも領海の範囲が広大になってしまうように意図した直線基線は認められない。

直線基線の例(海上保安庁)


そして「中国は南沙諸島や西沙諸島での領海を設定するにあたって、直線基線を大ざっぱに用いて、極めて広大な領海を設定している」とアメリカの国際海洋法の専門家たちは指摘している。そこで中国が拡大した直線基線を用いている海域に軍艦を通航させるというFONOPによって、中国に対する警告を発しているのである。


しかしながら、アメリカ側がそのような意図によってFONOPを実施するのならば、それは中国当局による直線基線の設定の仕方に対する警告と言うことになり、中国による南シナ海の島嶼環礁の領有権の主張が正当であることを前提としていることになる。もしそれらの島嶼環礁が中国の領海でなく公海ならば、そもそも中国には直線基線を設定することなどできないのである。つまり、西沙諸島や南沙諸島での中国の領有権の主張を認めたうえで、「直線基線の引き方に問題がある」と技術的な疑義を呈するためにFONOPを実施したことになってしまうのだ。これでは、まさに本末転倒と言わざるを得ない。


極めて苦しいアメリカ

アメリカが南シナ海で実施しているFONOPには上記のような問題点が内在しており、中国の海洋侵出を牽制しようなどという目論見が功を奏するわけはない。そして何よりも、中国当局が批判しているように「アメリカ自身が国連海洋法条約に参加していないのに、その国連海洋法条約の規定を振りかざして国際海洋法秩序の維持者のごとく振る舞うのは噴飯物」と言われても致し方ない状況だ。(アメリカ政府は国連海洋法条約に署名しているが、連邦議会が承認しないため、未だにアメリカは未加盟国である。ちなみに中国は加盟国である)


このように、アメリカにとって唯一の南シナ海での中国牽制策であるFONOPによって、中国の南シナ海進出政策に待ったをかけることは到底できない。このことは、アメリカ当局としても百も承知であろう。しかし、軍事的牽制策を何もしなければ、フィリピンや日本をはじめとする同盟国のアメリカに対する信頼がますます低下してしまう。


そのため、効果が期待できなくとも、また海軍資源が厳しい状況(南シナ海でのFONOPに従事していた駆逐艦を2隻事故で大破させてしまった)に直面していても、中国の海洋侵出に対抗しているポーズを示さざるを得ないのだ。


(次回は11月15日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん

1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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