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壁のない世界は可能か

人の移動研究の草分け、ホリフィールド教授語る(下)

10月1日朝日地球会議で講演

米サザンメソジスト大学のジェームス・ホリフィールド教授=6月、東京都目黒区の東京大学駒場キャンパス、仙波理撮影、以下も

朝日新聞社が10月1日から東京で開くシンポジウム「朝日地球会議2017」の初日のメインイベントは、GLOBE連動企画のパネル討論「壁が世界を分断する?」だ。同日発行のGLOBE紙面でも、この問題を特集する。シンポジウムのゲスト、米サザンメソジスト大学教授のジェームズ・ホリフィールドさん(63)は、「壁」の背景にある移民問題について「『経済(市場)』『人権』『治安』『文化』の四つの側面が複雑に絡み合ったゲーム」だと読み解いている。その分析にまつわるインタビューを、前回に続き詳報する。(聞き手・GLOBE編集長国末憲人)


ホリフィールド教授が指摘する移民問題の「『経済(市場)』『人権』『治安』『文化』の四つの側面が複雑に絡み合ったゲーム」の図

――この「四つの側面のゲーム」を迫られるのは、政府に限りませんね。

「このゲームが展開されるのは、三つのレベルにおいてです。例えば、日本の移民受け入れは、国家のレベルの議論にとどまりません。東アジアや東南アジアの国々の協議に代表される国際社会のレベルの議論も必要です。米国の移民問題はメキシコやカナダなどとの関係無しに考えられないし、欧州連合(EU)の決定は中東やアフリカの国々に大きく影響します。移民問題は国内問題であると同時に国際問題です」


「移民は国家レベル、国際レベルの問題であると同時に、地域レベルの課題でもあります。移民問題に直接接するのは、誰よりも地方自治体の職員たちだからです」


「つまり、移民問題とは4人を相手にしたチェスを同時に3面で戦うことなのです。だからこそややこしく、様々な問題を引き起こす。これを解決するのは、素晴らしく器用で勇気のある政治家です。同時にこの問題は、安易な手段に走ろうとする誘惑を投げかけます。つまり『壁をつくろう』という解決法です。ただ、壁をつくっても、市場や人権の問題は解決しません。むしろ状況を悪化させるだけで、予期せぬ結果さえ招きかねません」


「この種の勇気を持ち合わせていたのは、欧州の難民危機の際に欧州の対応を主導したドイツ首相のメルケルです。彼女は、安易な手法に走らなかった。壁をつくりもしなかった。ドイツの様々な才能を動員して問題解決に取り組みました。ただ、そのやり方が多くの欧州諸国の支持を得たともいえません。それは、国境にフェンスをつくって難民を収容施設に入れてしまったハンガリーの例からも明らかです」


――その点、日本はどうでしょうか。

「日本はリベラル民主主義の国で、グローバル経済に深く依拠しています。輸出主導型の経済で、自由貿易と海外からの直接投資に頼っています。しかしながら、日本政府は移民を受け入れる方向に経済と社会を開こうとはなかなかしません」

「日本には大きな利点があります。島国であり、海によって隔てられているために、出入国管理が容易だ、ということです。島国は、この特性をなかなか手放そうとしません。英国がシェンゲン協定に加盟せず、独自の立場を守ろうとしてきたことと同じ意識です」


「ただ、日本は英国と違って、『単一文化の閉ざされた国だ』といった神話を信じています。もし外国人を受け入れて居住を認めると、日本の本質が変更を迫られる。多様な社会へと移行する。日本はそう考えているようです。文化単一性を守ろうとする意識は、国を挙げた使命と受け止められ、それが移民政策の策定を妨げています。また、実際には、日本は言うほど単一文化の国ではありません。植民地時代、帝国時代の歴史と結びついて、韓国系や中国系の人々もいるからです」


――日本では、難民の受け入れも進んでいません。もっと取り組むべきだという声は国内でも上がっています。

「確かに、国際標準からするととてもとても少ない数にとどまっています。日本は難民条約に加入しており、相応の義務と責任を負います。一方で、島国の日本にたどり着くのは大変です。日本側に、国を開こうとする意思も薄く、責任を回避しようとします。もちろん、難民問題は複雑で、単に人権面だけで考えても解決しません。現実的な一つの方法は、例えば国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など難民支援の枠組みへの協力を強化することです。難民受け入れをためらう日本にとって一つの選択肢です」


「難民政策は、その国の歴史と深く結びついています。帝国主義の過去を持つ国は、現在不安定で紛争を抱える地域との関係を持たざるを得ません。移民の言葉に、次のようなものがあります。『私がここにいるのは、あなたがあそこにいたからだ。あなたがあそこにいたから、私はここに来た。あなたは、私たちの植民地主義、帝国主義上の宗主だったのだから。私たちの間には、文化的、言語面での結びつきがある』。フランス語圏のアフリカ出身者ならフランスに渡航しようとするのが当然だし、東南アジアや南アジアからの人々は英語のために英国に行こうとするでしょう」


「歴史と文化のつながりは、それほど重要です。『私が国境を越えるのではない。国境が私を越えるのだ』という言葉もあります。日本に韓国系、中国系が多いのも、歴史的な理由があるからです。文化的にも、帝国主義的にも、朝鮮半島や中国と結びついた歴史が日本にあるからです」


――日本はもっと難民や移民を受け入れるべきでしょうか。

「移民問題の研究に長年取り組んできて私が実感しているのは、『社会や国家にとって、移民は最終的に極めて好ましい存在である』ということです。彼らは多くの場合勤勉で、才能があって、起業家としての才能と技術を持っています。これは、長い目で見ると強くダイナミックな国家を築くことに結びつく。そのためにバランスの取れた移民政策を進められるかどうかは、今後の繁栄の鍵となるでしょう」


「日本の場合、もっと多くの移民や難民を受け入れることは、東アジアや東南アジアでの人の移動と結びつきを強めることになります。そこから得られる利益を真剣に考えた方がいい。もちろん、その政策は慎重に立案実施されるべきです。逆に見ると、極めて精緻な統治システムを築いてきたはずの日本が一つ失敗した点こそ、移民や難民を受け入れてこなかったことなのです」

「これからの国家の発展の鍵を握るのが移民問題です。それは、移民を受け入れるかどうかに限りません。トルコやメキシコのように、移民の送り出し国から受け入れ国に変わりつつある国もあります。フィリピンやモロッコのように、移民送り出しを国家繁栄の戦略ととらえている国もあります」


「移民政策に失敗した国は、21世紀の負け組になるでしょう。人口動態を受けた労務や人材管理の政策は、国家の発展の鍵を握るからです。特に、日本のような高齢化社会を抱える国にとって、移民問題を無視するわけにはいきません。この問題をうまく制御することは、国家の繁栄につながります。もしアジアが抱える膨大な人材の宝庫にアクセスできれば、日本に取っての利益は大きいのです」

ドイツ南東部ドレスデンで毎週続く「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人」(通称ペギーダ)の反移民デモ=9月4日、国末憲人撮影

「ただ、歴史は予測不可能です。逆の方向に向かうことも考えられる。1920年代に逆戻りして、保護主義や孤立主義、排外主義、近隣窮乏化政策に基づいて、貿易や人の移動を制限するかもしれません。これは、大いに考えられることです。トランプの米大統領就任はその象徴です。これは、グローバル化の反転なのか。リベラルな国際秩序がひっくり返るのか。1940年代以来続いてきたリベラルな時代が終焉を迎えるのか。ナショナリズムが台頭し、リベラリズムが後退するのか。今問われているのはそういうことです」


「私自身は、そのように考える悲観論者ではありません。より開かれた、安定した、平和な世界を築くため、私たちは努力を重ねてきました。そうして、確固たる制度をつくりあげてきたのです。こうした自由と福祉を逆転させるのは、そう簡単ではないと思います」


――つまり、米トランプ政権の誕生とか、あるいは英国のEU離脱決定は、大きな流れを変えるものでなく、小さな抵抗に過ぎないのでしょうか。

「これらのつまずきは、克服できるものだと思います。私は、EUと欧州統合を強く支持しています。第2次世界大戦以来、欧州が実現した平和構築と繁栄を、他の地域はもっと見習い、学んだ方がいい。もちろん、欧州は他の社会と同様に、様々な問題を抱えています。ただ、欧州は間違いなく、地域的なグローバルガバナンスのモデルとなっています」


――あなたが暮らす米国のダラスは、米国とメキシコやカナダとの交易の中心都市として近年特に発展しました。これも地域協力の例ですね。このお陰で、ダラスは今やニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに次ぐ全米第4の都市となったといわれています。

「これは、北米自由貿易協定(NAFTA)のたまものです。ダラスはNAFTAの首都であり、今や北米の首都となりつつあります」


「この自由貿易協定は、米国、カナダ、メキシコに経済成長をもたらしました。この統合をさらに続ければ、中米諸国が暴力や混乱から脱するきっかけをつくることにもなります。このような地域統合は欧州統合と同様に極めて重要です。そのことを若い世代はよくわかっていると思います。人の移動と進歩との好ましいサイクルを築くことができれば、誰もが利益を得るシナリオとなるでしょう」


James F. Hollifield(ジェームズ・ホリフィールド)

1954年生まれ。専門は国際政治経済学。朝日地球会議で講演予定。

GLOBE編集長国末憲人のインタビューを受けるホリフィ-ルド教授(左)=6月、東京都目黒区の東京大駒場キャンパス、仙波理撮影

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