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『ギフト 僕がきみに残せるもの』 トランプへの懸念、ここにも

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『ギフト 僕がきみに残せるもの』より © 2016 Dear Rivers, LLC

オバマ政権下で決まった政策の多くを、まるでオセロ・ゲームのようにひっくり返そうとするトランプ米大統領。どこへ向かうのか予測できない新政権への懸念は、こんなところにも広がっていた。

米ドキュメンタリー『ギフト 僕がきみに残せるもの』(原題: Gleason)(2016年)が19日、公開された。米プロフットボールリーグ(NFL)「ニューオーリーンズ・セインツ」のスター選手として輝かしい成績を残しながら、筋力の低下などの症状を起こす難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」に襲われたスティーブ・グリーソン(40)。彼の闘病や、看護に明け暮れる家族の苦闘の現実を赤裸々に撮り続けた作品だ。時に撮影し、被写体にもなった妻ミシェル・ヴァリスコ(40)に、東京でインタビューした。

もとは生まれくる我が子に向けて、自力で話せて動けるうちにその姿をビデオ日記として残すための映像だった。映画として多くの人に見てもらうつもりは当初、夫婦ともなかった。「スティーブ自身、当初は公に出たがらず、何もしたがらなかった」とミシェルは言う。

想像に難くない。スティーブはニューオーリーンズで「ヒーロー」だった。大型ハリケーン「カトリーナ」が街を襲い、多数の死傷者が出た2005年、セインツの本拠地スーパードームは避難所となり、チームもいったん本拠地を離れた。その翌2006年、セインツが災害後初めて迎えたホームゲームで、スティーブがパントブロックを決めてチームは勝利。街が復興をめざす象徴として市民の喝采を浴びた。そんな彼が、自慢の筋力が低下するさまを世にさらすのは大変なことだったろう。

『ギフト 僕がきみに残せるもの』より © 2016 Dear Rivers, LLC

2008年の出場をもって引退、ミシェルと結婚したスティーブは、「自由人」な夫婦として、長年酷使した肉体を癒すかのように旅を楽しんでいた。2011年のある日、スティーブが「二の腕や肩がチクチクする」と訴える。「彼はアスリートとして自分の体をとてもよく熟知している。だからよく気がついた」とミシェル。チーム付きの医師が「トレーニングや自転車のせいでは。そんな深刻なものじゃないと思うよ」と言ったこともあり、「スティーブも当初は、大したことではないんじゃないかと思っていた。でもけいれんは続き、腕の力も弱り始めた」。他の医師も回るうち、ALSと診断された。

米国で推定2万~3万人、日本にも1万人近く患者がいるというALS。運動神経が侵され、気管切開をしなければ呼吸まで止まってしまう進行性の難病だ。「あんなに強くて健康だった彼がそうした病気になるなんて、信じられなかった。医師が間違っているんだ、現実ではないと思おうとしたし、彼はそれに打ち勝てる、とも思っていた。それぐらい彼は強いのだと2人とも思っていた」

『ギフト 僕がきみに残せるもの』より © 2016 Dear Rivers, LLC

ミシェルの妊娠が判明したのは診断の約6週間後だった。「子どもが話せるようになる頃、僕はもう話せないかもしれない」。映像に残したいと願うスティーブのため、ミシェルは慣れない手つきでカメラを構えた。息子リヴァースが誕生後も、次第に弱る自身の姿を時に自撮りでカメラに収め続けるスティーブ。幼い頃から微妙な関係だった父との言い争い、育児と看護の二重負担に心身とも疲れ果てていくミシェルとのいさかいなども、すべてさらけ出した。

ミシェル・ヴァリスコ=山本和生撮影

そうして約1500時間もの動画が積み上がった。「当初は表に出たがらなかったスティーブも、これで何か大きなことができるんじゃないか、と考え始めた」。プロデューサーをしているミシェルの友人や、かつてセインツでスティーブとプレーしたスコット・フジタ(38)も加わって、映画にしようと決めた。ドキュメンタリー監督のクレイ・トゥールらに依頼、編集作業が始まった。

目の動きで作動する音声装置で「思いやりがない」と愚痴るスティーブに、返事もおろそかにベッドに滑り込むミシェル。病状が重くなるにつれ、夫婦の間に一時、亀裂も生まれた。「ALSで身体的適応力も自力でのコミュニケーション力も失った彼と私との関係は長い間、ほとんど不可能な状態にまでなった。とても難しい時期だった」とミシェル。そんな様子も映像に収めていただけに、ミシェルも映画化を「最初はためらった。でも特定の場面を除外するのはフェアではないとも思った。映画にするなら、できるだけリアルかつ誠実で、真実味のあるものにしたいと思った。生々しい場面も出してこそ、多くの人たちの心を動かし、ALSの現実の理解にもつながる、と思った。大きな決断だったけれど」。

『ギフト 僕がきみに残せるもの』より © 2016 Dear Rivers, LLC

「スティーブの映像は、インターネットにたくさんある。そこでは彼はヒーローで、アスリート。でも実際は病気とたたかい、弱さもある。私たちも完璧な夫婦ではない。病気によって誰もが傷つく。映画で分かってもらえればと思う」

撮影の傍ら、表に出ようと思い始めたスティーブとミシェルは、財団「チーム・グリーソン」を立ち上げている。寄付などをもとに、ALS患者の暮らしに欠かせない高額な機器の購入などを支援、治療法研究の資金を出したりするための組織だ。最新機器を備えた「チーム・グリーソン・ハウス」もニューオーリーンズに作り、患者とその家族6組に住んでもらっている。「スティーブが前へ進むためのプロジェクトにもなった」とミシェル。米政府への働きかけで、2015年にはスティーブ・グリーソン法が米下院で可決、当時のオバマ米大統領が署名。これにより、コミュニケーション障害を持つ人たちが必要とする音声合成機器の購入費用が、米国で保険適用対象となった。ALS研究支援への寄付を募る「アイス・バケツ・チャレンジ」運動が巻き起こったことで、認知も広まっていた。

『ギフト 僕がきみに残せるもの』より © 2016 Dear Rivers, LLC

医療保険制度改革(オバマケア)の見直しなどを掲げるトランプ米大統領は、オバマ政権下の政策の多くを覆そうとしてきた。オバマケアについては、撤廃の内容を限定的にした法案すら7月に米上院で否決されるなど必ずしも思惑通りに進んではいないが、「トランプのしていることがスティーブ・グリーソン法にも影響しないか、懸念している」とミシェルは語る。同法が2018年までの時限法となっているためだ。

目下、スティーブが政治家に手紙をしたため、チーム・グリーソンのメンバーが首都ワシントンへ足を運んだりして、恒久法とするべく働きかけている。「ALS患者には、介助体制も含めた莫大な費用がのしかかる。気管切開を選んだ後はさらに高くつくから、一家破産を避けて気管切開を選ばず、亡くなる人たちも多い。財団でも支援しているが、恒久法になってもらわなければとてもまかなえない。この映画が、キャンペーンの一助になればと思っている」。ミシェルは切々と語った。

ミシェル・ヴァリスコ=山本和生撮影