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北朝鮮よりずっと深刻/中国のミサイル脅威に直面する日本

軍事社会学者 北村淳 #10


北朝鮮がアメリカ本土に到達する能力を有したと考えられるICBMの試射に成功すると、アメリカ政府は「新たな脅威の段階」に突入したとして北朝鮮に対する警戒を強めている。8月17日の、日米外務・防衛トップによる日米安全保障協議委員会(いわゆる「2プラス2」)の共同発表においても、北朝鮮による度重なる挑発や核ならびに弾道ミサイル能力の開発は新たな段階に入っており、周辺地域や国際社会への脅威が一段と高まったことを強調している。


ただし、前回の本コラムで指摘したように、日本は北朝鮮がICBMを手にするはるか以前より各種弾道ミサイルによる脅威を受け続けているのだ。アメリカ政府が「新たな脅威のレベル」といって騒ぎ立てているからといって、いまさら日本政府がおろおろ騒ぎ始めているという状況は、これまで日本が直面している脅威に対して十分に備えてこなかったことを物語っているといえよう。


中国の対日攻撃用ミサイルのほうが深刻な脅威

日本に対して北朝鮮とは比較にならないほど深刻な軍事的脅威を突きつけているのは中国だ。いうまでもなく日本は中国とは国交もあるし、貿易や文化交流も盛んに行われている。しかしながら、国家間の武力紛争の最大の要因となり得る領域紛争を抱えている。もちろん、領域紛争があるからといって武力衝突や戦争が不可避というわけではない。しかしながら、軍事力の行使には様々な形態があり、軍事力の行使と戦闘とを混同してはならない。軍事力を恫喝の道具として用いて相手国政府や国民を脅迫し、自らの政治的要求を相手側に無理やり受諾させるのも、軍事力の行使である。

 

とりわけ「孫子」の伝統を持つ漢民族にとっては、軍事力をむき出しで使うのは拙劣な軍事力の使い方であり、極力戦闘を避けて軍事的威嚇や軍事力を背景にした恫喝、それに欺瞞・買収・篭絡などを多用した情報戦によって「戦わずして勝つ」ことこそ軍事力保有の真の目的なのである。そして、「戦わずして勝つ」という戦略にとって費用対効果が高い最適のツールが、弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルといった長射程ミサイルなのである。(北朝鮮の場合と同じく、対日攻撃に投入するミサイルは、日本が非核保有国である限り、非核弾頭ということになる)


中国軍の戦略ミサイル軍であるロケット軍(かつての第二砲兵隊)が保有する「東風21型」弾道ミサイル(DF-21、DF-21A、DF-21C)は、対日攻撃用と考えられる。このミサイルにはいくつかのバリエーションがあるが、射程は1800〜2150キロメートルとされており、日本のほぼ全域を攻撃することが可能である。北朝鮮の対日攻撃用弾道ミサイルと違い命中精度は格段に高く、新型東風21型のCEPは50メートル以下といわれており、建造物レベルのピンポイント攻撃は十分可能だ。中国ロケット軍は「東風21型」弾道ミサイルを150基以上は保有していると考えられる。

中国ロケット軍対日攻撃用弾道ミサイル射程圏(北村氏作成)

「東風21型」に加えて、台湾やベトナムなどを攻撃するための「東風15型」弾道ミサイル(DF-15)の最大射程は850キロメートルといわれているため、沖縄本島をはじめとする南西諸島全域を攻撃することができる。中国軍は500基以上ともいわれる極めて多数の「東風15型」を保有し、その数は刻々と増えつつある。


弾道ミサイルよりも恐ろしい長距離巡航ミサイル

中国ロケット軍は、それらの弾道ミサイル以外にも、日本全土をピンポイント攻撃可能な「東海10型」長距離巡航ミサイルを多数(500基以上ともいわれている)保有している。アメリカ軍がしばしば実戦で使用してきたトマホーク長距離巡航ミサイルと同等あるいはそれ以上の性能を保有しているとされている「東海10型」長距離巡航ミサイルのCEPは5〜10メートルと推定されている。そのため、中国軍は「東海10型」を用いて、例えば原発の制御施設、石油精製所のタンク、防衛省本庁舎A棟、首相官邸などをピンポイントで精密攻撃を実施することが可能である。 


中国ロケット軍の「東海10型」長距離巡航ミサイルは「東風21型」弾道ミサイルや「東風15型」弾道ミサイルと同じく、地上移動式発射装置(TEL)から発射されるが、中国海軍は駆逐艦や潜水艦から発射する「東海10型」を保有している。そのため、渤海湾や山東半島沿岸海域など中国海軍にとって安全な海域に位置する駆逐艦からも日本全土に「東海10型」を撃ち込むことができる。また中国海軍攻撃原子力潜水艦は、西太平洋に進出して日本全土を太平洋側から長距離巡航ミサイルで攻撃する能力を持っている。


陸や海からだけではない。中国空軍と中国海軍航空隊のミサイル爆撃機には、「東海10型」の空中発射バージョン「長剣10型」長距離巡航ミサイルが搭載可能で、遼寧省や吉林省の東部地域上空や上海沖上空などの中国航空機にとり安全な空域を飛行するミサイル爆撃機から「長剣10型」を発射して日本各地の攻撃目標を灰燼に帰すことができる。


これらの長距離巡航ミサイルは、弾道ミサイルに比べると小型なため、1基あたりの破壊力は小さい。しかし、より正確なピンポイント攻撃が可能なうえ、弾道ミサイルの比ではない大量連射が敢行されることになる。また、アメリカ軍やイギリス軍などが実戦でトマホーク巡航ミサイルを多用していることから、中国軍が実戦で長距離巡航ミサイルを使用するハードルは弾道ミサイルに比べてはるかに低い。


弾道ミサイルに対抗するためには、完璧な防御には立ち至っていないものの、弾道ミサイル防衛システム(BMD)を自衛隊も米軍も備えている。そのため中国や北朝鮮から飛来する弾道ミサイルのいくつかはBMDによって撃墜することが可能である。しかし、長距離巡航ミサイルを撃墜するためのBMDに類似した長距離巡航ミサイル防衛システムはいまだ開発されていない。技術的には、早期警戒機、防空駆逐艦、戦闘機、各種対空ミサイルなどを繰り出せば、敵の長距離巡航ミサイルを迎え撃つことは不可能ではない。しかし、中国軍が日本に向けて発射する数百発にのぼる巡航ミサイルに対抗するために、自衛隊の現有戦力全てを長距離巡航ミサイル迎撃に投入しても歯が立たないのが現状だ。

中国人民解放軍の対日攻撃概念図(北村氏作成)

このように、中国軍は北朝鮮軍の数倍数十倍の対日攻撃用弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルを取りそろえ、日本全土を焦土と化す態勢を整えているのである。


日本政府の覚悟は?

前回の本コラムならびに上記のごとく、日本は北朝鮮と中国のミサイル攻撃の脅威を受け続けている。とはいえ、日本との間に東シナ海での領域紛争を抱えている中国といえども、現状を打開するために日本に対するミサイル攻撃による脅しをかける段階には至っていない。


また、いくら朝鮮人民軍が「スカッドER」と「ノドン」を発射して日本各地を火の海にする攻撃能力を有しているからといっても、北朝鮮が先制的に対日ミサイル攻撃を敢行したり、ミサイル攻撃を恫喝の道具として日本を脅迫したりするための口実が見当たらない。北朝鮮政府が日本政府に押し付けようと考える何らかの政治的要求がなければ、実際の軍事攻撃や軍事脅迫の口実は生まれない。


2回にわたって日本に対するミサイル攻撃の脅威について書いたが、ミサイル攻撃の唯一の引き金となりうるのは現時点において、アメリカによる北朝鮮への軍事攻撃であり、その反撃として日本に弾道ミサイルが降り注ぐというシナリオだけといえる。実際に、アメリカ国防当局は北朝鮮に対する「予防戦争」の可能性を示唆しているし、そのような口実で敢行される先制攻撃の準備を進めていることを明言している。そして、アメリカによる北朝鮮攻撃には日本政府の容認が大きく影響するのである。安倍政権には、北朝鮮に対する堪忍袋の緒が切れてしまったトランプ政権から「大決断」を迫られた場合に対する準備—覚悟—はあるのであろうか。


(次回は9月6日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん

1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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