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もはや効果のないアメリカの「航行の自由作戦」

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
海上自衛隊の護衛艦「いずも」(写真:防衛省)

中国が南シナ海で軍事的優勢であることは、誰の目にも明らかだ。中国が実効支配を維持している西沙諸島では、以前に増して防衛態勢の強化が進んでいる。中国、フィリピン、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、台湾が入り乱れて領有権の主張を繰り広げている南沙諸島では、7つもの人工島を誕生させた中国の“圧倒的優位”が確立するのは時間の問題ともいえる。


これに対し、圧倒的な海軍力を背景に南シナ海での軍事的優位に立っていたアメリカは、中国にその座を明け渡しつつある。ただ、同盟国の手前、何もしないわけにはいかないため、中国への牽制をしてはいる。しかし、牽制行動——「航行自由原則維持のための作戦(航行の自由作戦、FONOP)」——は、もはや全く効果を発揮していないことは、アメリカ側も十二分に承知している。

FONOPとは?


19世紀末以降シーパワーとして国力を増大してきたアメリカにとって、海洋に関する国際慣習法上の「航行自由原則」(軍艦を含んだいかなる船舶といえども、他国の領海内では慣習上認められた制限は受けるものの、その他のあらゆる公海を自由に航行することができる)は、アメリカの国益を維持するために堅持されなければならない大原則の一つである。この原則を脅かしている国家に対しては、それが仮想敵国に限らず友好国や同盟国であっても、軍事的デモンストレーションを実施して「航行自由原則を尊重せよ」とのメッセージを与え続けている。

このような軍事的デモンストレーション、軍艦や軍用機を派遣して示威航海をする軍事作戦をFONOPと称する。

FONOPは軍事作戦の一種であるとは言っても、その本質は対象国政府に対して外交的圧力をかけることにあるため、ホワイトハウスがFONOP実施を決定してペンタゴンに指示し、海軍に下命されることになる。そしてFONOPの目的は「航行自由原則を脅かしつつある政府に対して、この国際慣習法の大原則を尊重し、脅威を与えるような主張や行動は差し控えるように」という警告を与えるためである。

FONOPを実施する海域で領域紛争が繰り広げられている場合でも、あくまでFONOPは領域紛争に介入するためではない、というのが基本(表向きの)姿勢である。なぜならば、「第三国間の領域紛争には中立を維持し、決して口出しはしない」というのがアメリカ外交の伝統的鉄則の一つであるからだ。

FONOPで軍事的圧力を目論んだ対中強硬派


中国が南沙諸島に人工島を築きつつある兆候が顕れた2014年春当時から、中国の海洋進出政策に危機感を抱いていたアメリカ海軍の対中強硬派の中には「南沙諸島とりわけ中国が人工島の建設に着手していると言われている環礁(暗礁)の周辺海域でFONOPを実施して、間接的ながらも中国側に『アメリカは人工島建設に反対する』との意思表示をすべきである」と主張する人々がいた。

中国が人工島を建設している環礁はいずれも多国間で領域紛争中のため、「第三国間の領域紛争には関与しない」という外交原則があるアメリカが直接関与するわけにはいかない。ただし、中国が人工島を建設する根拠——九段線——に「航行自由原則」を踏みにじりかねない大問題があった。そこで、FONOPにより、間接的ながらも中国を牽制しようというものであった。

2014年8月のファイアリークロス礁(写真:米シンクタンクCSIS)



中国政府によると、古来より南シナ海は漁民や海洋商人をはじめとする中国人が利用してきた海域であり、伝統的に中国の主権的海域ということができるという。そして、そのような「南シナ海での中国の伝統的な主権的海域」は「九段線」と呼ばれる極めて大ざっぱな境界線で仕切られているのだ。ちなみに九段線内の海域は南シナ海の8割以上を占めている。

アメリカが尊重する「海洋に関する国際慣習法」によると、中国の「主権的海域」は認めるわけにはいかない。すなわち、南沙諸島での領域紛争とは別に、中国による九段線の主張そのものが南シナ海での「公海」の概念を突き崩してしまい、南シナ海での航行自由原則が著しく脅かされてしまうことになる。つまり、この海域でFONOPを実施せねばならないことになる。

ただし対中強硬派の人々の真意は、九段線の主張を引っ込めさせるだけではなく「繰り返し繰り返し執拗に強硬なFONOPを実施して、中国による人工島建設作業を実質的に妨害してしまおう」といったものだった。

ようやく許可されたFONOP実施


日本では「アメリカ当局としては……」「アメリカ海軍では……」といった表現が多用されるが、アメリカ海軍そしてペンタゴンの内部でも対中国戦略は決して一枚岩ではない。中国との軍事的緊張が高まりかねないこのような強硬なFONOPに反対する勢力も、国防当局や外務当局にも少なくないのが実情だ。まして中国に対して融和的であったオバマ政権にとっては、南シナ海でのFONOPなど論外であった。

自国の排他的経済水域内での人工島建設に危機感を感じたフィリピン政府は警鐘を発したが、オバマ政権は関心を示さなかった。アメリカ海軍対中強硬派による警告も黙殺され続け、1年近くが経過すると、7つもの環礁(ファイアリークロス礁、ジョンソンサウス礁、スービ礁、ヒューズ礁、ガベン礁、クアテロン礁、ミスチーフ礁、その多くはいわゆる暗礁)が人工島化されつつある事態となってしまった。

やがて、2015年の秋には、そのうち3つの人工島(ファイアリークロス礁、スービ礁、ミスチーフ礁)に巨大な滑走路が誕生しつつあることが明らかになった。この段階に至ると、ようやく対中融和派も関心を示し始め、2015年10月下旬、オバマ政権は米海軍に対して南シナ海でのFONOP(米海軍駆逐艦がスービ礁の12海里内海域を通航した)を実施させた。

2017年3月になるとファイアリークロス礁には巨大なレーダー施設も確認された(写真:米シンクタンクCSIS)

その後も、対中強硬派が主張していた強硬なFONOPが許可されることはなく、ごくごく基本的なFONOPが、それも時折(2016年1月、同5月、同10月)許可されただけであった。その間に人工島や3つの3000メートル級滑走路の建設は着々と進められていった。

形骸化した南シナ海でのFONOP


トランプ政権が誕生すると、トランプ大統領やティラーソン国務長官が対中強硬姿勢を公言していたため、対中強硬派が提唱していた強硬なFONOPが開始されるものと考えられた。しかし、北朝鮮情勢が深刻化するに伴い、中国を刺激することを差し控えざるを得なくなったトランプ政権は、南シナ海でのFONOPを許可するわけにはいかなくなってしまった。


ところが、トランプ大統領が期待したほどには中国による北朝鮮への圧力が功を奏さず、中国に一層の対北朝鮮圧力を促す必要性を感じたため、トランプ政権は5月25日に、第1回目(オバマ政権からの通算では第5回目)のFONOP(米海軍駆逐艦がミスチーフ礁の12海里内海域を通航)を実施した。そして引き続き7月2日にもFONOP(米海軍駆逐艦が西沙諸島トリトン島12海里内海域を通航)が実施され、7月7日には爆撃機2機が南シナ海上空を飛行した。

中国側は「中国の主権的海域(九段線内側の南シナ海)内で、それも国際海洋法によると中国の領海とされ得る中国の島嶼(スービ礁、トリトン島)沿岸12海里内海域に軍艦を派遣して中国を軍事的に威圧する行為は許されない」とアメリカ側を非難するとともに、中国海軍軍艦や航空機によってFONOPを実施する米駆逐艦を追尾させて“中国領海から追い払った”のだ。

このような米中双方の行動は、通算して6度にわたるFONOPを通して、もはや“パターン化された行動”となって繰り返されている。中国側としては、実質的にはさしたる脅威を受けていないにもかかわらず、アメリカが軍事的威嚇を加えていると言い立てて、それを口実にして更に防衛態勢を強化している始末だ。

アメリカ側としても「第三国間の領域紛争に関与しない」という自らの伝統的大原則を踏み外さないためには、中国を過度に刺激するようなFONOPを実施するわけにはいかない。そのため、国際海洋法上認められている「軍艦が他国の領海内を通航するにあたっては、軍事的行動と疑われるような行為は差し控え、沿岸国に脅威を与えないように速やかに通過しなければならない」という無害通航の権利を行使するにとどめている。

もっとも、中国側は「中国の領海を通航する外国船舶は事前に中国当局に通告すること」という独自の手続きを外国船に要求しているため、FONOPによりそのような“中国の勝手な要求”にアメリカは反対するとの意思表示をしていることにはなっている。

ただし、かねてより対中強硬派が考えていたような「人工島の建設を牽制」したり、「九段線の主張を引っ込めさせる」といった目的には、これまでのFONOPは全く寄与していないし、今後も何らかの効果を発揮するとは思えない。むしろ“パターン化された行動”によって、中国が軍事的脅威からの自衛を口実に防衛態勢を一層強化することは明白だ。

誕生してしまった人工島は更地にはできない


ようするに、中国が莫大な費用を投じて、立派な航空施設を伴った強力な軍事拠点となるであろう人工島を7つも誕生させてしまった以上、FONOPごときを繰り返しても何の効果も生じないということだ。

すなわち、更地に戻すには戦争によって中国を打ち破る以外にはないわけで、アメリカ側にもそこまで考える勢力は存在しない以上、すでに“南沙人工7島”は既成事実として受け入れざるを得ない状況に立ち至っているのだ。

とはいうものの「中国に自由に進めさせてしまうと、『航行には中国当局への事前通告が必要』といった要求が、国際海洋法上の領海から中国独自の九段線内側の主権的海域にまで拡大されかねない」と対中強硬派の人々は強く懸念している。

そのため「九段線内海域で中国が軍事的優勢を圧倒的に確保してしまう状況だけは、何としても阻止する必要がある」と考えて、効果はないと知りつつもFONOPを実施したり航空機を南シナ海上空に派遣したりしているのだ。

海上自衛隊が示した有効な作戦


アメリカによるFONOPに代わる、中国の九段線に対する効果的な牽制行動はあるのであろうか? もちろん、軍事衝突や戦争などは論外である以上、「次善の策」に限らざるを得ないのだが。実は海上自衛隊がそのような方策のヒントを与えた。



東南アジア方面からインド洋にかけて展開して各種訓練に従事していた海上自衛隊ヘリコプター空母「いずも」が、6月19日から6月23日にかけて、ASEAN(東南アジア諸国連合)10ヶ国の士官を乗艦させて、海自駆逐艦「さざなみ」とともに南シナ海南部海域を航行した。

「いずも」は、九段線内海域には接近したものの乗り入れなかった模様であるが、南シナ海で中国と領域紛争を展開している諸国の軍人たちを乗艦させて、南シナ海を航行すると言うことは、日本とASEAN諸国による中国の南シナ海での覇権主義的行動に対する明確なメッセージの発信ということになる。なんといっても、南シナ海には日本にとって生命線ともいえる海上航路帯が縦貫しているのだ。

今後も、「いずも」のような巨艦でなくとも海自駆逐艦などにASEAN諸国(とりわけフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイそれにインドネシア)の軍人や政治家それに研究者やジャーナリストなどを乗艦させて、南シナ海それも九段線内部海域を航行するプログラムを継続させることは、中国の企てに効果的であることは間違いない。

(次回は7月26日に掲載する予定です)