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来年のリムパック、中国参加巡る対中融和派と対中強硬派の争い

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:

来年(2018年)の夏、ハワイを中心に開催される環太平洋合同演習「RIMPAC-2018」に、中国海軍の参加が(ほぼ)決定した。今回で3回目の参加となるが、かねてより中国の参加に反対し続けていた米海軍内部の対中強硬派は、オバマ大統領の対中融和姿勢を批判していたトランプ政権が誕生したため中国は招待されないと考えていた。しかし、トランプ大統領といえども国防総省や国務省で優勢を占める対中融和派の壁を崩すことはできなかったようである。

リムパックはアメリカ海軍太平洋艦隊が主催し、アジア太平洋諸国を中心とした多数の海軍が参加して行われる合同訓練である。ホノルルを本拠地としてハワイ周辺海域を中心に(一部は南カリフォルニア)実施されている。

1970年代にはアメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドが参加して毎年開催され、1980年からは日本も参加し、2年ごとに開催されるようになった。その後、参加国(アメリカが招待する)が増大して、海兵隊などの水陸両用戦部門も加わり、現在は「質・量ともに世界最大規模」となっている。

2012年のリムパックには、かつては仮想敵であったロシア海軍が参加した。その後、ロシア海軍は姿を見せなくなったが、2014年からは中国海軍が招待され参加するようになった(厳密には、オバマ政権により招待された中国海軍オブザーバーが2012年に参加したが、軍艦をはじめとする部隊の参加は2014年からである)。中国と入れ替わりに、2014年からはタイ海軍が姿を見せなくなった。これは、オバマ大統領がタイに誕生した軍事政権を嫌ったためリムパックへの招待が打ち切られたからである。このように、アメリカ海軍が主催するとは言っても、高度に政治的な意味合いを持つ演習である。

中国の招待を巡る米海軍内部の対立

2014年に中国海軍を正式に参加させるにあたってはアメリカ海軍やペンタゴンだけでなくホワイトハウスや連邦議会の中でも侃々諤々の論争が巻き起こった。中国海軍そして中国に対して強い警戒心を抱く「対中強硬派」が「中国海軍の参加は時期尚早であり、招待すべきではない」といった反対論を強く唱えたからであった。

これらの対中強硬派の基本方針はいわゆる「封じ込め戦略」である。すなわち、「アメリカと同盟国の海洋戦力によって阻止ラインを形成し、理想的には東シナ海や南シナ海の中国沿岸域に、最悪でも第1列島線内に中国海洋戦力の行動を封殺してしまう」という戦略である。

このような戦略的立場に対して、「軍事力を前面に押し出して対決するよりは、中国人民解放軍そして中国政府との対話交流を質的に進化させ中国側を取り込む方が現実的である」とする「関与戦略」に立脚する軍人、研究者、政治家が少なくなかった。というよりは「封じ込め戦略」を主張する人々よりは、勢力が大きかった。これらの人々は「相互理解を進める絶好の機会となる」として、中国参加を強く支持した。

広大なアジア太平洋地域を担当戦域としているために、日常的に中国海洋戦力(海洋戦力とは海上戦力、海中戦力、航空戦力、水陸両用戦力、長射程ミサイル戦力などから構成される)と直接対峙しているアメリカ太平洋艦隊司令部関係者や太平洋海兵隊司令部関係者の多くは、中国海洋戦力の脅威を熟知しているため、「封じ込め戦略」を支持する傾向が強かった。そして「関与戦略」は中国海軍そして中国共産党には無効であり、関与戦略などは単なる融和にすぎないと、関与戦略の支持者たちを「対中融和派」と位置づけた。

しかしながら、国防総省、国務省をはじめとするアメリカ政府そして連邦議会の大多数の人々は、中国海洋戦力に対する知識も関心も薄いというのが実情で「対中融和派」の優勢は揺らがなかった。そして何よりもオバマ大統領が中国に対して「極めて融和的」であったため、中国の招待が決まった。筆者の友人たちの多くは対中強硬派であったため、彼らが激高していたことを思い出す。

再び2016年に中国を招待するか否かで、対中強硬派と対中融和派による熾烈な論争が繰り返されたが、結局はホワイトハウスの意向どおりに招待された。そして、今年再び招待決定の時期が訪れたのである。

対中強硬派の海軍関係者たちは、対中融和姿勢のオバマ政権を痛烈に批判していたトランプ陣営が政権を手にしたため、「2018年の招待は打ち切るべきであるという我々の主張が、ようやく日の目を見ることになる」と考えていた。

対中融和派の思惑と現実

彼らは、トランプ政権の誕生だけでなく、「対中融和派のシナリオは完全に破綻しているため、誰が考えても中国の招待は正当化できない」と考えている。

そもそも、対中融和派のよって立つ戦略によれば、「中国海軍との相互理解が促進されれば、中国海軍の暴走に歯止めをかけることができる」というシナリオであった。もちろん、いくら世界最大規模の合同海軍演習であるとはいっても、たちどころに中国海軍の覇権主義的な動きが収まるとは誰も考えてはいなかったが、「少しでも中国側との協調関係が前進することは意義がある」と主張していた。

ところが、中国が初参加した2014年以降の現実は、期待の方向に進む兆候など全く生じず、それどころか威圧的行動がますます目立ち、覇権主義的海洋侵出政策が目に見える形で伸展したのだ。

たとえば、中国が南シナ海の南沙諸島に誕生させた人工島の進捗状況をみれば、いかに対中融和派の目論見が見当違いであったかが理解できる。

まず、2014年のリムパックが開催される数ヶ月前には、中国によって南沙諸島のジョンソンサウス礁、ガベン礁、クアテロン礁それにファイアリークロス礁での埋め立て作業が行われている状況が確認された。次いで、閉幕後の2014年秋にはそれら4つの環礁が人工島化している状況が確認された。対中強硬派はオバマ政権に対して、強い警告を発したが、オバマ政権は何らアクションを起こさなかった。

やがて2015年に入ると、4つの環礁に加えてスービ礁、ヒューズ礁勝、そしてミスチーフ礁でも人工島建設が進められている状況が明らかになり、いくつかの人工島では滑走路などの建設も確認された。2015年の秋には、ファイアリークロス礁、スービ礁、ミスチーフ礁に3000m級滑走路が誕生した。事態がここまで伸展すると、さすがのオバマ政権も対中強硬派の主張を—ほんの少し—受け入れて、中国に対する牽制行動(公海航行自由原則維持のための作戦:FONOP)の実施を許可した。しかしゴーサインが出たのは、米海軍が求めていた強い姿勢のFONOPではなく形式的なFONOPであった。

2016年正月には、ファイアリークロス礁に誕生した3000m級滑走路に民間ジェット旅客機が飛来し、滑走路の運用開始を公表した。米軍の分析によれば「エアバスが離着陸したということは、中国海軍や中国空軍が運用する各種戦闘機はもちろんのこと大型爆撃機の離着陸も全く問題ない」と言うことで、中国は南沙諸島に3つの「不沈空母」を手にしてしまったことになった。

それ以降も7つの人工島の建設・整備は進められ、何事もなかったかのように中国海軍は2016年のリムパックに参加した。「人工島基地群」は、まさに仕上げの段階へと達してしまった。

再び勝利した対中融和派

以上のように、関与戦略を信奉する対中融和派の期待は全く的外れであり、中国海洋戦力により南シナ海の軍事的優位が確立されつつある状況に鑑みて、「トランプ政権に変わった現在、まさか-2018年のリムパックに中国を招待することなどあり得ないだろう」と対中強硬派の海軍関係者たちは考えていたのであるが、ペンタゴンは中国の招待を決定した。またしても、対中強硬派の期待は脆くも消え去ったのだ。

ペンタゴンの決定にトランプ大統領が関与していたとは信じたくない対中強硬派の人々は、「トランプ大統領自身の判断ではなく、『ペンタゴンや国務省の対中融和派の人々が2014年、2016年と続けて招待した中国を2018年は招待しないのは、北朝鮮問題なども持ち上がっている現在、あまりにもタイミングが悪い』といった、まさに融和的姿勢によってなされたものであろう」と分析している。

とはいっても、対中強硬派の主張が再び退けられたことは、いまだに政府や国防当局の内部では対中融和派のほうが優勢であることを示している。

いくらトランプ大統領、マティス国防長官、それにティラーソン国務長官が南シナ海問題で中国に牽制的な言動をなしていても、そう簡単に「関与戦略」から「封じ込め戦略」へと対中軍事戦略を転換させることができないことを、リムパックへの中国招待問題は如実に示しているといえよう。