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「庶民派」法王の成長物語、軍政下の苦悩~『ローマ法王になる日まで』

インタビューに答えるダニエーレ・ルケッティ監督=仙波理撮影



シネマニア・リポート Cinemania Report [#50] 藤えりか



米国とキューバの歴史的な国交回復を仲介し、排外主義的な発言を繰り出すトランプ米大統領を真っ向から批判、貧困や格差の問題に強い関心を寄せて教会改革にも取り組むローマ法王、フランシスコ(80)。気さくな人柄も手伝い、宗派を超えて熱烈に支持される「民衆の法王」として知られるが、若い頃は故国アルゼンチンの軍事独裁政権下、無数の虐殺を前に無力感にさいなまれていた。いかにして、毅然とした庶民派の聖職者へと成長していったのか。その半生を描いたイタリア映画『ローマ法王になる日まで』(原題: Chiamatemi Francesco - Il Papa della gente/英題: Call Me Francis)(2015年)が3日公開された。信者ではない目線から等身大の法王に肉薄したダニエーレ・ルケッティ監督(56)にインタビューした。

© TAODUE SRL 2015

物語は、後にフランシスコ法王となるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(セルヒオ・エルナンデス、60)が、コンクラーベ(教皇選挙)のため訪れたバチカンで半生を回想する形で始まる。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで信仰を志し、イエズス会に入った若きベルゴリオ(ロドリゴ・デ・ラ・セルナ、40)は南米イエズス会の管区長となるが、足元では1976年からの軍事独裁政権の恐怖政治が強まり、人々の拘束や失踪が相次いだ。軍政におもねる神父も出て、「教会は見て見ぬふりをしている」と批判も上がるなか、反政府的とされた神父が銃殺される。ベルゴリオは反政府運動に携わった神学生らを何とか逃すが、一方で、人道支援のため武装組織の家族たちを世話する神父2人には活動をやめるよう説得。だがイエス・キリストにならう形で聞き入れなかった2人は軍に連れ去られる。解放をめざして奔走するベルゴリオ。そうするうち恩師エステル(メルセデス・モラーン、61)が逮捕され、残虐な仕打ちを受ける。多くの人が葬られ、あるいは深い傷を負うなか、ベルゴリオは無力さに打ちのめされて嗚咽する――。


ローマ・カトリック教会の総本山、バチカンと接するイタリアの映画監督とはいえ、現役のローマ法王を映画にするとは非常にチャレンジングだ。これまでとは一味違う法王の登場にイタリア人プロデューサー、ピエトロ・ヴァルセッキ(63)が興味を持ったのがきっかけだという。

© TAODUE SRL 2015

フランシスコ法王は「清貧」を説いて専用車を使わず、誕生日をホームレスの人たちと祝い、同性愛を基本的に認めないカトリックにあって性的少数者(LGBT)の人たちとも対話。紛争解決のため各国首脳とも盛んに「法王外交」を進め、信者に限らず人心を引きつけている。 「彼について探求し、理解してみたい。彼を知る人たちと話してきてくれないか」とヴァルセッキはルケッティ監督にアルゼンチン行きを促した。ルケッティ監督自身、「彼が法王に選ばれた時、人々に語りかけるさまがとても現代的、直接的かつフランクだったのに驚いた。同性愛や社会問題への態度についても驚きを感じた」。脚本はすでにあったが、多くの文献にあたりながら、アルゼンチンで少なくとも40人と話をするうち、ほぼ一から書き直すことになったという。


ルケッティ監督は現地取材を振り返って言った。「彼はとても人気のある枢機卿だったから、彼の人生について研究した人たちも多くいる。彼は現地のテレビ番組にも出演していたし、彼の言葉は政治においてとても影響力があった。私は多くのジャーナリストに手助けを求めながら、彼が教師をしていた時の教え子や、司教時代の友人にも会った。彼に近かった人たちを中心に、彼には本当に助けられたという人たちがいた」

© TAODUE SRL 2015

だが、そうして彼を誇りに思う人たちが大勢いる一方で、アルゼンチンの忌まわしい時代に「軍事独裁政権による虐殺に手を貸した、当時何もできなかった、と言う人たちもいる。彼を許していない人たちもいた」とルケッティ監督。神父たちの拘束がベルゴリオにも責任がある、との批判もなお現地で根強かったという。「多くの人の証言や文献によると、ベルゴリオは神父たちを助けようとはしたが聞き入れられず、そのままにした。結局、彼らは拘束された。そうしたプロセスは彼自身も言っているし、神父たちも新聞のインタビューで後に語っている」。そうして「最もリアリティーのあるバージョンを今作に盛り込んだ」そうだ。


1983年まで7年にわたり続いた軍事独裁政権は、クーデターで政権に就いたホルヘ・ビデラ大統領(故人)が左派組織や労働組合の運動家を苛烈なまでに弾圧。拷問を含む厳しい取り調べや、生きたまま飛行機から川に突き落とすなど残虐な手法が横行、死者・行方不明者は推定約3万人に上り、「汚い戦争」と呼ばれている。非道がまかり通る恐怖政治に、当時は多くの人々が沈黙した。教会には迫害を受けた人たちの擁護に熱心だった聖職者たちもいたが、軍の要人にも信者が多かっただけに、教会は全体として軍との対立を避けてきたとされる。宗教を否定する共産主義を警戒した教会が、軍とあえて密接な関係を築く面もあった。

ダニエーレ・ルケッティ監督=仙波理撮影

ベルゴリオや教会への批判が現地でなお色濃く残るのは、恐怖政治の傷跡に今も苦しむ人たちが少なくない裏返しでもある。「今作の拷問の場面は当初アルゼンチンで撮ろうとしたが、実現しなかった。現地のクルーが撮影したがらなかったからだ。結局、イタリアで撮った。また、共同で脚本を書いたマルティン・サリナスもその妻も、独裁政権下できょうだいを殺されている。当時の記憶は今も生々しく、解決されていない政治問題が、見えない形でとても多く残っている」



(次ページへ続く)
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