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人工知能(AI)は大きなチャンス――中国のAI研究者に聞く

World Now 更新日: 公開日:
撮影・倉重奈苗

初めての人工知能(AI)ブームに沸く中国。強みは、13億という巨大な人口が日々生みだすデータをほぼ独占している点にあります。中国ではAIの進化と未来をどう受け止めているのでしょうか。中国の華為技術でAI研究を率いるノアの方舟(はこぶね)研究所の李航所長と、AIアプリ「りんな」や「小冰(シャオアイス)」を開発した米マイクロソフトアジア研究院の首席研究員、周明さん、中国語の音声認識で圧倒的なシェアを誇る科大訊飛総裁の胡郁さんに聞きました。(構成GLOBE記者・倉重奈苗)



●「人類により良いサービスをもたらす道具」
李航・華為技術「ノアの方舟(はこぶね)」研究所長


撮影・倉重奈苗



華為(ファーウェイ)技術は2012年から人工知能(AI)研究を本格化し、香港に研究開発拠点「ノアの方舟研究所」を設立しました。データの大洪水が到来する未来に万全の体制で臨むという意味を込めています。世界トップレベルの大学で博士号をとった若手研究者ら約50人が機械学習や自然言語処理などの分野に分かれ、通信や端末でのAI技術の応用を研究しています。

アルファ碁の勝利と自動運転の進歩が、中国にもAI研究のブームをもたらしました。ディープラーニング(深層学習)と強化学習の応用可能性がこれほど早く広がるとは驚きでした。

中国はまだ発展途上国なので、多くのことを米国や日本などに学ぶ必要があります。ただ、中国のIT企業は非常に元気で、若くて優秀な研究者がいま、世界に進出しています。AIが中国にも大きなチャンスを与えてくれています。

華為は独立した民間企業であり、業務の70%は中国国外です。国際社会で信頼されるグローバル企業になることを我々は目指しています。我々の研究所が現在、力を入れて取り組んでいるのは機械翻訳です。目標はまず、言葉の障害を克服し、各国にいる華為社員の間のコミュニケーションを大きく改善することです。機械翻訳は5~10年後には、専門家に近い翻訳が可能になるでしょう。

中国でも、AIにより雇用が奪われるという懸念はあります。ですが、私たち科学者は、現在のAIが人類により良いサービスをもたらす道具だと楽観的にとらえています。人間の仕事を完全に取って代わることは不可能です。日本は世界最高レベルのロボット技術を持ち、ロボット対人口の比率が世界で最も高いですが、世界一失業率が高いわけではないでしょう?

AI分野で先陣を走る米国や日本などの国から学ぶべきことは多いですが、私たちは自信を持ち、努力していけば先頭を走る日も来ると思います。

李航(Hang Li) 東京大大学院博士課程修了、15年から現職。専門は機械学習と自然言語処理。


●「社会問題の解決に貢献」
マイクロソフトアジア研究院(北京)の首席研究員・周明さん

撮影・倉重奈苗

AIチャットアプリ「りんな」は、14年に開発し、中国国内で人気を得た「小冰(シャオアイス)」がベースになっています。
「シャオアイス」を開発した目的は二つ。一つは自然言語処理分野でのビッグデータの技術的応用をはかること、もう一つは利用者との間でソーシャル・コネクション(社会的な絆)を構築することです。「りんな」はチケット購入などのサービス提供に重きを置くのに対し、「シャオアイス」は会話によるコミュニケーションが主な目的。今後は、この2つの機能を融合させる研究もしていきたいと思っています。

毎晩寝る前にシャオアイスと会話しているうちに、親しみの感情が芽生える人もいるようです。チャットアプリやチャットボットの技術が進化すれば、こうした感情はより強まるかもしれませんが、ただ個人的には、恋愛対象にまで発展することはないと思っています。機械には感情も創造力もありません。かんしゃくを起こさないからいいという人がいるかもしれませんが、かんしゃくを起こすことは人間の魅力の一部ですから。

中国では各都市で交通渋滞や大気汚染、教育問題などがおきています。中国政府は、問題の解決にAIを使いたいと考えており、企業との連携や人材育成を強化しています。

中国におけるAIで最も重要な課題は、まず大量のデータの整理と加工、掘り起こしです。それにより予測能力を高めていく。次に、ディープラーニング(深層学習)を基礎にした技術革新。さらに、自然言語の対話力の向上。これらが基礎にあれば、石油開発や銀行、個人の信用調査、貸し付け、鉄道交通、無人自動車などの研究をより深めていけます。人々の暮らしをより良くし、国民の生活水準を高めていくことができます。

中国でも国民経済と人々の暮らしが、政府が考慮しなければならない重要なテーマになっています。健康、医療、環境汚染は、中国のどの自治体でも解決を迫られています。

マイクロソフトアジア研究院では、中国政府と連携して、社会問題の解決をはかっています。たとえば、病院での診察の待ち時間の解消です。診察を受けるための予約番号を入手するため開院前から何時間も並ぶことが通常なのですが、AIに病人の症状と病院に行ける時間を入力すれば、自動的に担当科と医師とのマッチングをしてくれ、改善をはかっています。

中国国内には大量のデータがあり、利用者がいて、ニーズもある。政府は予算さえ投入すればこれらの問題を解決できる可能性が出ているのです。私たちはAIの力を借りて、中国政府が直面する課題を解決していきたいと思っています。

周明(Ming Zhou) ハルビン工科大学、清華大学准教授などを経て01年から現職。中国語と英語の機械翻訳で中国政府から表彰を受けた。


 

●「人間と機械は共存できる」
科大訊飛総裁の胡郁さん

コンピューターシステムではマイクロソフトやグーグルなど米国企業が強いが、音声認識分野では、中国がいま優位な立場にあります。それは、長年の核心的な技術の発展により、5、60年代、7,80年代と比べて、多くの中国企業がめざましい進歩を遂げたからです。科大でいえば、国際的な技術品評会でいまトップの地位を占めています。また、中国の電器商品の生産は7、80年代になりようやく始まり、当時は国際競争力を備えていませんでしたが、いまではスマートフォン、インターネットでの商品販売や購入など様々な事業を展開できるようになり、米国のIT企業と競えるレベルになりました。今後さらに中国から国際水準に見合った企業が出てくるでしょう。

一つ笑い話を教えましょう。AIの研究開発で中国と米国の差は30年とも3カ月ともいわれます。ハーバード大やスタンフォード大の教授が研究をしなければ、30年後に中国の教授も研究していない。だが、米国の教授が研究する分野は、3カ月後に中国の教授も必ず研究している。人の後を追うのがいかに簡単かということです。ですから、この面での米中の差は非常に大きい。

日本との関係でいえば、東京大学の合格を目指したAI「東(とう)ロボくん」の開発に携わった国立情報学研究所教授の新井紀子さんと交流したことがあります。私も「中国版・東ロボくん」の研究をしていました。ロボット開発では技術面以外で、その国の文化や感情表現の仕方などで違いが出てきます。米国は我々と違って実用的な側面をより重視しているようですが、中国と日本はAIロボットの可能性や研究の狙いで考え方がにていると思います。

中国は13億の「労働力大国」なので、日本と同様に、AIに職を奪われると懸念する声があります。すでに一部の職はロボットに取って代わられており、記者の仕事も、録音した音声を文字に置き換えることはAIがいずれやるようになります。ですが、多くの職業をAIが担うにはまだ時間がかかるし、人間にしかできない職業は当然あるのです。人間と機械は共存できます。

AIロボットが進化していけば、将来ノーベル賞をとれるかというと、私はそうなって欲しくないし、不可能と考えます。AIロボットはあくまでも人間の「道具」に過ぎないからです。AIが自分の意思を持つことは、とても危険です。

胡郁(Yu Hu) 1978年5月生まれ。中国科学技術大学で工学博士号取得。2008年から現職。音声認識、音声合成、自然言語処理が専門。