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女性のスピーチ名手、なぜ少ない?

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6月、米ノースカロライナ州での集会でスピーチするヒラリー・クリントン=AP

――歴代スピーチ名手の本などをみると、男性ばかり。国際会議をみても、基調講演者は男性がほとんどです。

欧州はドイツや英国で女性の首相が出て、広く認められた力強い女性スピーカーがいるが、それに比べて、日本も米国も遅れている。「主張せよ」「大胆になれ」「はっきり言いなさい」と教わる男性に対し、女性がほめられるのは、従順で、あまり注意をひかない振る舞いによってだ。変化してきてはいるが、女の子たちが社会で適応していく形はいまだに、男の子たちとは違っている。私は娘に「男性と同じ、なんでもできる」と教えてきたが、すべての親がそうしているとは思えない。私の妻は学者だが、かつて母親から「気をつけなさい、あなたは男の子より賢くは見てもらえない」と言われてきた。

7月6日、米ニュージャージー州での集会でスピーチするヒラリー・クリントン=ロイター

――ヒラリー・クリントンはスピーチがあまりうまくないと言われています。


彼女はとても知的な女性だが、スピーチの名手とは言えないし、ユーモアもうまくはない。彼女を知る人が言うには、彼女は人前で話す時よりも、1対1で話す時の方があたたかみがあるそうだ。彼女は人々とつながるのが苦手なのだと思う。こう言うとトランプみたいだからはばかられるが、彼女はさまざまな口調で物語を伝えるというより、メッセージを大声で叫ぶ。彼女にもスピーチコーチがいるはずだが、うまく自分を変えられていない。これだけ長く公的な人生を送った人は、そう簡単には変えられないのかもしれない。だが彼女はもっとソフトに話し、聴衆に耳を傾ける必要がある。

ヒラリーにはなくて、夫ビル・クリントン(69)が持っているスピーチの特徴がある。質問を受けたら答える前に、それを反芻(はんすう)する質問を返すのだ。たとえばビルはかつて聴衆から「不況にどう対処するのか」と聞かれ、「不況で痛手を被った友だちがいるのですか?」と聞き返した。質問した人は「ああ、彼は私に耳を傾けてくれている、私に本当に話しかけている、つながっている」と感じる。ヒラリーはひたすら分析したすばやい答えを返しがち。ビルはそれもするが、こうした思いやりを示す反応も両方できた。オバマ大統領(54)も両方うまい。

南カリフォルニア大のホリハン教授=東京都内、藤えりか撮影

――女性ならではの困難もあるのでしょうか。


人々は、プレッシャーに打ち勝つタフさとリーダーシップを示す、強いキャラクターとしての政治指導者を求める。一方、タフさを自認したり示したりする女性は、「イヤな女」として非常に否定的にみられる。それが、不快感を感じさせずにタフでいようとする公人の女性が直面する困難だ。タフでなければならないが、タフすぎてもいけない。バランス感覚がないといけない。母親でキャリアウーマンでバランス感覚も持たなければならず……女性は忙しい。

2008年大統領選の予備選に比べれば減ったが、ヒラリーがどんな服を着ているか、どんな足をしているか、いまだに話題に上る。それはつまり、彼女を指導者として見ず、何を考えているかも見ていないということ。女性が抱える複雑な問題だ。

1992年の大統領選でのビルの有名な発言がある。すでに知られていた妻ヒラリーを指して「1人の値段で2人得られる」と言い、当選すると彼女を医療保険改革の担当にした。だが人々は、ファーストレディーに「セカンド大統領」になってもらいたくはなかった。そうして、ある人たちの間で彼女への拒否感がとても強くなった。特に共和党員には、強固な反ヒラリーがいる。

上院議員のエリザベス・ウォーレン=AP

――女性がスピーチ名手になるのは難しいということでしょうか。現在、そうした人たちがいるとしたら誰でしょう。


司会で知られるオプラ・ウィンフリー(62)は米国で実に影響力のある話し手だ。政治の世界だと、民主党の上院議員ダイアン・ファインスタイン(83)やバーバラ・ボクサー(75)、そして一時は民主党の副大統領候補に名前が挙がっていたエリザベス・ウォーレン(67)。ウォーレンはよく分析し、非常にタフな並外れた話し手だ。スピーチで叫ばないし、不快感も感じさせず、もっと直接的にコミュニケーションをとる。ヒラリーよりも力強い話し手で、女性政治家の中で最も優れたスピーカーではないか。

――女性のスピーカーについての本を米国で探したら、1960年代前後の人物を扱ったものが目立ちました。

60年代は女性たちが次々と政治の世界に入ってきたり、フェミニズム運動が盛んになったりして、影響力のある話し手が多く出た。アフリカ系でのちに下院議員になった故バーバラ・ジョーダンは非常に歯切れがよかったし、故ベティ・フリーダンやグロリア・スタイネム(82)は書き手としてだけでなく、話し手としてもすばらしかった。それより前の時代も、故フランクリン・ルーズベルト大統領のファーストレディーだった故エレノア・ルーズベルトは大いなる影響力のあった話し手として挙げられるが、60年代以前はそうした存在は多くはなかった。

――女性蔑視発言の多いトランプ。それでも女性支持者がいるのはなぜでしょう。

「何があっても常に共和党候補に投票する」という女性を支持者に持つだけだ。彼自身への女性支持層は非常に薄いと思う。

トランプも、彼の支持基盤を広げるという意味で成功したスピーチは見当たらない。彼の信念をすでに共有する人たちに話しかけているだけだ。「壁をつくれ!」「米国を再び偉大な国に!」と叫ぶだけ。効果的な話し手とは言えない。スピーチライターを雇い、アドバイザーもついたりしているが、彼がそれに従おうとしているかはよくわからない。