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「認知症」という海

日本で「スウェーデン流ケア」はできるのか

舞浜倶楽部代表取締役社長 グスタフ・ストランデルさんに聞く

日本で2004年から有料老人ホームなどを経営している舞浜倶楽部(千葉県浦安市)のグスタフ・ストランデルさんは、母国スウェーデンから高齢者介護の理念や手法を導入し、認知症や看取りのケアに力を入れてきた。どのような工夫をしてきたのだろうか。二つの国の違いをどう見ているのだろうか。(聞き手・浜田陽太郎)

舞浜倶楽部を経営するグスタフ・ストランデルさん(右)

――スウェーデンから理念や手法をどうやって持ち込んだのですか?

職員を現地での実習や研修に出しています。ホームのオープン間もないころから、ほぼ隔年で、若い職員2人かそれ以上の人数を派遣し、スウェーデンのグループホームやデイサービスの現場で1カ月月間の実習をさせてきました。研修費、本人の給料、代替要員を確保する費用をあわせると1人100万円くらいかかります。


若い職員を研修に派遣する場合、2人同時に出すことが大切です。2人で意見交換できて、そこから生まれてくるものがあります。最初に派遣した3人のうち2人はいま、施設長になっています。


また、年に3~4回は、管理職を1週間ほど派遣して、認知症や看取りのケアを中心テーマに見学やレクチャーを受けさせています。私どもはこれを「刺激研修」と呼んでいて、1人30万円くらいです。


――派遣された職員たちは、何を持って返ってきたのでしょうか。

一つはコンタクト・パーソン制度です。これは、職員1人が、入居者3~4人を担当し、その方たちのケアプランだけでなく、生活歴、わがまま、好き嫌いまで把握することを目指します。そこから、個別ケア、個人を中心に置いたパーソン・センタード・ケアの姿が見えてくるのです。ご家族とのやりとりも担当します。


もう一つは、「時間の流れ」の大切さです。ゆったりとした時間の流れ、雰囲気をつくるために何が必要なのか。朝なかなか起きてこない人を無理に起こさない、食事の時間や場所を自由に選んでもらう。また、職員の様子で現場の雰囲気は大きく変わります。そのため、作業の進行状況確認を入居者のいる場所ではしない。職員が学んできた実践を、日本での研修に組み込んでいます。


スウェーデン生まれのタッチケアであるタクティール・ケアも導入しています。職員と入居者が静かな空間で1対1になって、手や背中を、押すのではなく包み込むようにして触れます。1人に20分くらい張り付きますから、「忙しいのに、そんな時間をかけるなんて非効率だ」という見方をされがちです。でも、興奮状態や不安感などの認知症による周辺症状を軽減する効果を実感すれば、まわりの職員の見方も「やってくれている」というように変わります。ですから、私どもの会社では、なるべく多くの職員に学んでもらうようにしています。


――個別ケアには、職員の人数が必要ですね。


介護保険制度が決めた「入居者3人に対して職員1人」という配置基準では、「人格の尊厳を守って個別ケアをする」という私どもの目標を実現するには無理がある。ですから、我が社では、1.5人に対して職員1人、最低でも2.5人に対して1人という配置にしています。


ただ、「パーソン・センタード・ケア」は、人数が多いだけでは実現しません。考え方の根本的な変更が必要です。


――どういうことですか?


どの国でも、政府が老人ホームをつくったとき、食事、睡眠、排泄といった「生理的欲求」と「安全・安定の欲求」の確保を優先しました。ほとんどの社会で、公的な財源で保障したのは、ここまでです。


でも、安全な環境で生理的欲求が満たされているだけ、という生活を望んでいる人がいるでしょうか。これと同じ仕組みで運営されているのが刑務所です。老人ホームは刑務所と同じ運営をしてはいけない。そうではなくて、入居者の自己実現が可能な環境を用意するという発想から始めると、ケアの仕方が変わってくるのです。


施設が生活を用意するのではなく、入居者が地域での生活を持って来る。逆転の発想です。もともとたばこを吸い、酒を飲んでいた人なら、禁止するのではなくて、どうやって続けてもらうかを考える。だって、ここは自分の家、住居ですから。この理念を徹底するため、私どもは入社試験で「たばこが吸いたいという入居者がいたら、どうしますか」と聞いて、「吸わせない」と答えた人は採用しません。 


――具体的なケアには、どう影響してくるのでしょうか。


有料老人ホームとして、雑誌の評価を受けることがあります。また、入居をお考えになっている方やご家族からも評価されます。その時、必ず受ける質問の一つが、入浴の回数。私どもは週2回ですが、3回やる施設の方が雑誌などでの評価は高くなる。


でも、私どもは自信をもって「なぜ、ここでは週2回なのか」を説明します。お風呂の介助にはすごく時間がかかる。その回数を3回にしないかわりに、個別ケアに徹底的に時間をかけるのです。ただし、2回というのはあくまで基準で、必要な人には毎日、お風呂に入ってもらいます。それも個別ケアですから。


あとは食事。多くの有料老人ホームでは、肉か魚、パンかご飯といったように選択食をしています。私どもは、あえてやりません。限られた予算と職員数で選択食をやると、どちらかが手抜きになる可能性が高いからです。ただし、苦手な食材やアレルギーなどへの個別対応は徹底的にします。


――職員配置を手厚くし、これだけ充実したケアができるのは、相応の入居一時金(基本プランで富士見サンヴァーロが675万円、新浦安フォーラムで2520万円)を支払ってもらえるからでしょうか。


確かに入居一時金は高額ですが、何に使われているかは、しっかり情報公開しています。職員の給料は業界標準より高いですが、それにプラスして研修に時間とお金をかけています。


入居金と月額費用を払っているからこそ、ここに入居されている方やその家族は、「自分はこうしたい」という要望を口にしやすいという面もあります。そこは、スウェーデンの高齢者と共通しています。いざ要介護状態になった時、公的な高齢者特別住居やグループホームに入るための費用は高くないのですが、「自分は一生懸命働いて経済に貢献し、たくさんの税金を払って社会に貢献してきた」という意識がある。だから、「ちゃんとしたケアを、社会に期待しています」と言いやすい。

――日本は、そういった自己主張がしにくいのでしょうか。


日本の特別養護老人ホームの費用は高くない。ですが、待機者はたくさんいるし、「本来は家族が面倒を見るべきだ」という考え方もあるので、入れたとしても遠慮がちになって「文句が言えない」という雰囲気がないでしょうか。また、要介護者になった自分は社会の迷惑になっているという罪悪感があるように思います。自分が悪いから要介護状態になったわけじゃないし、迷惑でもないのに。そんな雰囲気をつくっている社会はよろしくないですよね。


そうなってしまう理由は何でしょうか。多くの日本人は、心のどこかで、ここ数十年かけて急速に積み上がった財政赤字をどこかで意識していると思います。公的な介護を受けることで国の財政に負担をかけ、社会に迷惑をかけているという感覚がある。日本のように財政の健全性に疑念が呈されるなかでは、要介護者は強い立場にはなりえません。


一方、スウェーデンの財政は健全で、持続可能性を維持しています。競争力のある経済と堅牢な財政がなければ、福祉は維持できないのです。

 

――スウェーデンは人口1000万に満たない小さな国です。福祉を大切にする国民性がもともとあったのではないですか。


それは、日本が福祉を充実させないことの言い訳だと思います。

スウェーデンは「福祉の充実した優しい国」というイメージがありますが、高齢者介護では暗い過去があります。19世紀前後までは、エッテクルッバ(一族のハンマー)という慣習があったと伝えられています。年老いた親族を、木づちでなぐって殺すのです。崖から突き落としていたという言い伝えもあります。日本の「うば捨て山」と同じですね。


また、スウェーデンの1960年代の老人ホームの写真を見ると、大部屋に八つのベッドが詰め込まれ、全員が寝たきりです。そうした状況から、大きく理念を変えて福祉国家への道を歩んだのです。


2014年のスウェーデンの国政選挙では、経済は好調だったにもかかわらず、与党が敗北しました。税金を下げたのはいいが、やり過ぎて福祉がおざなりになってしまったのではないかと多くの国民が感じていたからでしょう。それでも日本に比べれば高い税金を払っているのに、もうちょっと税金を上げて、福祉を強化しましょうという主張が通った。誰も1960年代より前の暗い過去に戻りたくないですから。


日本に20年住んでいますが、多くの日本人は行政を信頼していないので、税金は払いたくない。でもいざとなったら行政に頼りたいと思っている。これは危険な考え方だと思います。




Gustav Strandell

1974年生まれ。ストックホルム大卒。高校、大学時代に交換留学生として来日。日本とスウェーデン両国で福祉を研究。日本では250カ所以上の施設を見て回った。2009年に株式会社舞浜倶楽部の総支配人に。12年から現職。


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