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FRBと日本銀行

[Part1]終わりなき論争

photo : Semba Satoru


財政巡り変わる構図


この5年、日本銀行の中はすっかり様変わりした。総裁の黒田東彦が主導する異次元緩和への違和感を唱える声は、ほとんど出てこない。


日本銀行の元幹部は、現役職員たちと会うと、こう感じる。「目先の景気がいいので心地よい。数年前まで政府や与党から叩かれ続けてきたからなのか、褒められることがうれしいようだ」


黒田以前の日銀の路線に共感していた中堅職員は、声をひそめて語る。「今の政策がうまくいくかどうかわからないが、失敗したときの副作用の被害は莫大だ。国民を壮大な社会実験に巻き込んでしまった」


一方、大規模な金融緩和を支持する外部の識者や日銀内の現在の主流派は、黒田以前の日銀の政策が、あまりに消極的で、日本を長期のデフレや不況に追い込んだ「戦犯」だとみる。


リフレ派とは


「リフレ派」対「反リフレ派」。過去20年以上、金融政策を巡る議論は、この二つの派の対立でとらえられてきた。


そもそも、リフレ派とは──。その定義はあいまいで使用法もさまざまだが、ざっくり整理を試みよう。


リフレとは、リフレーション(通貨再膨張)の略語だ。リフレ派は、物価が下落する状態であるデフレーション(デフレ)が経済全体を収縮させる元凶だとして強く問題視する。日銀が大量の国債を購入するなどして市場に供給する通貨の量を大幅に増やしたり、物価上昇(インフレーション)の目標を明確に設定するなどして人々の「期待」に働きかけ、デフレからインフレに「転換」させることが重要だと主張するグループが、リフレ派と呼ばれてきた。


2013年、黒田が日銀総裁に就任した直後、日銀が長期国債を年間50兆円買い増す「異次元緩和」に踏み切ったとき、リフレ派は喝采した。その後、景気拡大は5年続き、失業率も歴史的に低い水準まで低下していることについて、リフレ派は、黒田緩和の大きな成果だとみている。


これに対し、反リフレ派の多くは、現在の日本経済の景気回復は、世界経済の回復が主因であり、失業率の低下も急速な労働人口減少によるところが大きいと考えている。また、日本経済の成長率低下は人口減少などによる潜在成長率低下によるものであり、物価下落が原因ではないという立場だ。


経済を成長させるには、規制改革などの構造改革で生産性を上げるという根治が重要であって、インフレ目標に無理に近づけようと、日銀が長期国債などを大量購入することは、財政規律を緩ませるといった弊害のほうが大きいとみる。


今の日本の景気が良くても、この路線を続ければ、中長期的には、国債価格や円の急落、ハイパーインフレ、金融システムの混乱などがやってくることを懸念する。


黒田以前の日銀の主流派は、長期国債の大量買い入れに慎重で、反リフレ派が多いとみられていた。


財政状況も論点


論争がさらに複雑になってきたのは、黒田やリフレ派が期待したように物価は上がらなかったからだ。大規模緩和にもかかわらず、現在のインフレ率は1%に達しておらず、2%という目標達成時期は6度も延期された。


リフレ派の中には、その理由が財政にあるとの見方が強まってきた。14年の消費税増税(5%→8%)が間違いであり、今後についても積極財政を行うべきという意見が強い。リフレ派の代表的な論客である早稲田大学教授の若田部昌澄は「2%の目標達成のためには政府と日銀の一層の協力が必要で、政府にも財政政策で配慮が欲しい」と話す。また、丸三証券経済調査部長の安達誠司は、来年に予定されている消費税増税(8%→10%)を見送るべきだと主張する。


これに対して、黒田は、最近は財政政策について口を閉ざしているが、前回の消費税増税には前向きだった経緯がある。財務省の出身でもあり、内心では財政再建を支持しているとみられている。


リフレ派の中にそもそもあった財政をめぐる見解の違いが、顕在化してきたとみることができる。現在の日銀幹部は「黒田総裁はリフレ派ではない」とし、積極財政派との距離を強調するが、これはリフレ派の定義をどうとらえるかの問題である。


では、政府の借金が、国内総生産(GDP)の2倍以上に達している日本の財政状況は、深刻なのかどうか。


リフレ派の一部は、政府には借金だけでなく資産もあるので、それを相殺して考えると問題がない範囲とみる。これに対し、反リフレ派は「国は、一つの家庭のように瞬時に資産と負債を相殺できない以上、借金の総額で考えるべきだ」(元日銀幹部)と話す。財政の健全性を示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字を解消する見通しも遠のき、財政問題は深刻だとみる。


リフレ派の多くは、まず安定的な物価上昇が達成できるまでは、金融政策の手綱は緩めず、FRBが実施しているような金利の引き上げなどの「出口」を探るべきではない、という立場である。2%を達成すれば、財政再建もしやすくなり、経済は安定軌道に乗るとみる。


一方、反リフレ派の論客で、元日銀金融研究所長の翁邦雄は「足元の景気が良いうちに、政策対応の余地を作っておくべきだ」と話す。今後不況になれば、日銀は打つ手がほとんどなくなる。政府がさらに歳出拡大に踏み切れば、市場は「財政再建ができない」と判断して、「円」の信認が揺らぎ、一気に円安に進むリスクがあるとみる。


リフレ派と反リフレ派の論争は、決着する気配がない。


現日銀総裁の任期は4月で切れる。財政政策のあり方が2%のインフレ率の達成とからむ中、どんな金融政策を進めるのか。黒田が続投するにせよしないにせよ、次の総裁の任務は、この5年以上に難しいものになりそうだ。


(福山亜希、山脇岳志)


(文中敬称略)


(「重荷背負わされた中央銀行」に続く)



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